それは負けじゃない。

「勝てそうにないときは、逃げていい。それは負けじゃない」
「日本軍はね、退却するのは恥だと思ってた。
それで局所的な戦いで力を出し尽くして、勝った勝ったなんて喜んでた」
「ところがアメリカはどうだ、さっさと退却して作戦を練り直して、
もっと効果的なところで打って出た」
「逃げていいんだよ。そして勝てそうなときに出ていくんだ」
「つまりゲリラね」

逃げていいんだ、つまりゲリラね、
という言葉を今もよく思い出して、その意味を考える。
退却しながら弾を打ったりするのは弾のムダだ。
背中を見せたら撃たれるなんて思い込むことはない。上手く逃げるんだ。

上手く逃げて、とにかく生き延びる。
そして勝てそうなときに出て行く。人生は長い。

ゲリラ的人生 (はてこはだいたい家にいる)



人生を苦しくさせるものがあるとすれば、
それは自分自身である事が多い。

悩みというのは自分で設定した理想と現実のギャップのことだし、
劣等感というのも自分で設定した比較対象との差異から生まれる。
ある事象が「逃げ」かどうかというのも、人によって基準が異なる。
莫大な借金をしたって、それはそれと割り切って、
カラカラと笑って過ごすような人種もいる。

積極的逃避が必要な時もあるのだ。

おそらくだが、一番良くないのは、
元気がなくなるような状況をいつまでも続ける事だ。
人は本来、絶対やりたくないことを続けられるようにはできていない。
精神をやられて病気になってしまうのだ。
それは自分と状況があまりにも合わないのであって、
そう、それだけなのであって、
何ら恥じることなく逃避していいのである。

それをさせないのは、自分自身の慎重さという防御本能にほかならない。
その慎重さは様々なリスクからあなたを守ってきた。
だがいずれ、慎重さを外さなければならない時がやってくる。
ちょっとしたリスクを負わなければならない時がある。
多少の痛みはこらえて、本能にしたがうべき時があるのだ。

それに、「逃げる」という選択肢がなければ、
我々はいずれ全滅するしかないんじゃないか?
ドラゴンクエストだって「にげる」というコマンドはあった。
「にげる」がなかったら切り抜けられない場面だってあったはずだ。
だがそれの、どこが恥なのだろうか?

しかもゲームと違って、実人生は全滅したらそこで終了なんだぜ。

逃げろ、逃げろ。
上手に逃げろ、勝手に逃げろ。
逃げて生き延びるんだ。

所詮人生は自己責任。
誰かの命令を忠実に聞いたって、
その人が人生の責任まで取ってくれるわけじゃない。
自分で「まずい」と思った時、それが逃げる時だ。
人に委ねるんじゃない。自分で決めろ。
自分で決めていいんだ。

その選択も結果も、
そしてその時間すべては、他でもない、
あなたのものだ。

もう一度言う。
誰かのものじゃない。あなたのものだ。

だからもっと、好きにしていいんだよ。
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Commented by karino at 2010-05-03 01:36 x
「逃げる」という言葉のイメージがよくないのでしょうね。

選択肢の一つとして撤退を選択するというのは、別になんの問題もないと思います。
Commented by shinobu_kaki at 2010-05-03 07:40
>karinoさん

言葉のイメージが思想を定義しちゃうケースってありますよね。
「かわす」とか「てったい」とか「かいひする」でもいいような気がします。

と、ここまで書いて戦時中の大本営発表を思い出したり…。
日本人はプライドが高いってのもありますね。
by shinobu_kaki | 2010-05-01 16:59 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(2)

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