明晰さと真摯さと誠実さと。


「明晰さ」と言えばゴダールかドラッカー、
という感じがするんだけど。

逆に、発明家は明晰ではない。
アインシュタインとかああいった人たちは明晰というよりは、
どこか蒙昧でないと新しい事はできないだろう。
「明晰さ」とは「わかっている」ということだし、
「蒙昧さ」とは「バカ」ということだ。
世の中にはバカじゃないとできないことがある。
それは突き進む力のようなものだ。
わかっていると、人はリスクを回避するから、
フロンティアを切り開く事が難しいのだ。
だって、コロンブスとかマゼランなんかの探検家って、
言わば命知らずのバカだと思いません?

こないだ「女子マネドラッカー」を読んだ事もあるが、
もうちょっと真面目なドラッカー本を読んだりしている。
堅苦しく見える本ではあるが、
知的というのは言ってみればいつもアナーキーなものだ。
古い文学が実はそうであるように、ロックで、刺激的で、面白い。
ドラッカーと言えばマネジメントなわけだが、
「経営管理」と言えども書かれているのは企業のことばかりではない。
そういった個人についてのマネジメントの話は、
非常に身につまされるし、当事者意識を持って読む事ができる。

ドラッカーのキーワードは「真摯さ」ということである。
ドラッカー本人も説明に窮している感のあるこの言葉だが、
キリスト教的宗教観を持たない僕にとっては、
「誰も見ていない時でも誰かに見られているかのように考え、振る舞う事」
というニュアンスが近いかな。
真面目というのでもない、切実というのでもない、
向かう対象や、それをする自分自身の姿勢や時間に対して誠実な事。
誠実と言うのはつまり、
「生涯で一回しかできないとしたら、その一回がこれでいいのか」
と自問する事。
虚飾を交えずに書くとそういう事かな、自分にとってはね。

明晰さについてもう少し書くと、
「深く考え、次の展開を読んで行動すること」と言えると思う。
どんな人間にもすべてのことは経験できない。
しかし経験した事しかわからない、というのは知的な態度とは言えない。
色んな事の本質は、遡ると共通点があるものだ。
探り当てた共通点を考えのベースに、先を見通す目を持つこと。
それが「明晰さ」ということだと思う。

しかしあれだね、こういった話は語るに落ちるというか、
「じゃあお前は明晰なのかよ?」と言われたら、
「…すみません」と小さくつぶやいて後ろ向きに引き下がるしかないんですけどね。
まあ、わからないなりにわかる範囲のことでわかる部分はあるってことです。
はい。
もしくは「わかったつもり」ね。
それでもいいじゃない。


というわけで連休もあっという間にあと2日。
早いねえ。
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by shinobu_kaki | 2010-05-04 09:08 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

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