スキナモノ。



好きなもの イチゴ珈琲花美人 懐手して宇宙見物

寺田寅彦




日々のニュースからがそうだが、
人はどうもネガティブなことが気になる性質のようである。
良いことや素敵なことはあまりニュースにならない。
きっと他人のそうした不幸を遠巻きに確認することで、
自らの平穏無事を確認し「マイナスでないことの幸福」をかみしめる、
そんな性質があるのではないかと思われる。

しかしそんな心根の貧しいことではいけない。
何しろ寂しいではないか。
ここはひとつ、あえて好きなものを挙げてみる遊びを提唱したい。
寺田寅彦の三十一文字のようにである。


夏の朝
夏は朝がいい。…とまあ、どこかで聞いたような言い回しですけど、
本家の夜に対して夏の朝の爽快さを愛しています。
朝は夏に限らず好きだけど、冬は寒すぎる。わろしというやつだ。

冷凍庫で20分冷やしたビール
これは自分なりに辿り着いた一種の黄金比。
グラスとともに缶ビール(350ml缶)を冷凍庫で冷やしておく。
それ以上冷やすとあっけなく凍ってしまうし(特にエビスは凍る)、
10分程度だと正直言って物足りない。
本来はビールをそうやって冷やすのは味を損なうらしいのだが、
ビールの醍醐味はのどごしにあると思っているので無視をする。
自分にとって一番美味しい形であることが何より大事だ。

アイデアを持ち寄る打ち合わせ
複数人で仕事をすることの醍醐味。
同じテーマで何人かでアイデアを出し合い、
自分の考えた以外の方向性や領域を見出した他人の案を見る、
これが非常に楽しいものなのである。

史実に基づいた長尺の映画
映画の中でも史実に基づいた映画が好きである。
基本的に映画はエンターテイメントであるから、
ディテールにおいては脚色が施されている。
その軸となる部分のストーリーに史実という動かしがたいものが加わると、
映画のリアリティは格段に増す。骨太になるのである。
その絶妙なさじ加減がたまらなく好きだ。
そういった映画は予算も比較的に潤沢であり、
見応えのある作品が多いと思われるのも理由のひとつである。

桜の昼
桜の咲く日はそれだけで幸せだ。
なんて綺麗な惑星に住んでいるのだろうと思わせる。
夜桜も見事だが、桜はやはり昼である。
あたたかな風など吹いて花びらの舞い散る季節がベストだ。
虫が多いとか縁起が悪いとかのネガティブな側面などくそくらえで、
あれだけ桜自体が奇跡のように綺麗なのだから、
悪い部分がまったくないのではバランスが取れない。
これでいいのだ。

サッカーを観ること
94年以降、すっかりサッカーを観ることが楽しみになってしまった。
スタジアム観戦も何度もあるが、その良さも捨てがたいながら、
テレビでの観戦が非常に好きである。
カメラワークによって、選手の動きがより近く感じられるからだ。
ちなみに特定のチームをサポートするという心情を解さない自分にとって、
サッカー日本代表は無条件に応援してしまう唯一のチームである。
自分の中のナショナリストがここで目覚めるのである。

大きな書店
書店に足を踏み入れると、独特の高揚感に襲われる。
読んでも読み切れないほどの小説、
日々更新される最新の雑誌、
自分がまったく知らない世界が綴られたジャンルの書籍。
どれもこれも気分を上げさせるには十分すぎるほどのポテンシャル。
蔵書の豊富な図書館においても気持ちの高揚は感じられるが、
新しさという部分を備えた書店はまた格別なのである。
個人的に書店は「知のプラットフォーム」という位置づけだ。

週末に妻子と外出すること
いつも週末が待ち遠しい。
特に娘を肩車するのがとても好きだし、娘も気に入っているようだ。
家の中でなく外出としたのは、自分自身が外出好きだから。

長編小説の世界に「入った」瞬間
長めの物語は一度入ってしまうと非常に快適な体験ができる。
物語世界に入ることさえできれば、長さというのはむしろプラスに作用する。
どんな分厚い本であっても「終わって欲しくない」と思わせる、
そんな読書体験は楽しいし、時間の進むのが違って感じられるものだ。

秋の夜
秋の夜は何というか「深い」感じがして好きである。
これは春にも夏にも、もちろん冬にもない微妙な感覚で、
自分にとって夜が似合うのはやはり秋なのである。
おそらく夜は終わりのニュアンスを含んだ時間帯であり、
その「暮れつつある心地よい疲労感」が、
いわゆる夏の疲れとどこかシンクロするからではないかと思っている。

風呂で本を読むこと
至福の時間。それ以外に形容できない。
時々眠ってしまうのは反省である。危ないしね。

鍼、マッサージ
命の糧!

知らない人と話すこと
話というのは「前提」があるものだ。
前提なしに話をするのは難しい。
それはお互いの立場だったり関係性だったりに立脚するもので、
前提がないならまず前段から切り出さなければならない。
例えば電話でどこかに問い合わせたりする、
まず自分の名を名乗り、用件と要望を伝える。
こうした一連の作業が実はけっこう好きなのである。
やり取りが成立したという感触を得られるからなのだろうか。
これは比較的安易な欲求および実感だと思うのだが、
自分にそういった部分があるのだから仕方がないのである。


と、久しく書いてなかったことに対しての、
まるでリハビリのように長々と綴っていってしまった。
おそらくここまで全て読んだ人はいないであろうと思われる。
そして、スキナモノは本当はもっともっと思いつくのだが、
そこはそれ、あまりに冗長になったとて、
後で自分で読み返すことすらキツくなるであろうからやめておく。

そういえば冒頭の寺田寅彦は、
たったの三十一文字でスキナモノ全て(かどうかは知らないが)を
見事に表現した。

短いことはいいことだ。
短くて済むならそれにこしたことはない。
短く出来ないのは頭が整理できていないからだ。


でも、実は、さっき書いたように、
長い文章というのも僕の「スキナモノ」だったりするのである、
書くにおいても読むにおいても。
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Commented by karino at 2010-07-20 22:05 x
寺田寅彦はいいですねぇ。昔、彼の随筆集を読んで、ああ、こんな昔にこんな人がいたのだなぁとしみじみ感心した記憶があります。
Commented by shinobu_kaki at 2010-07-21 10:24
>karinoさん

研究者としては「文人趣味で云々」という
言われ方もされたようですが、
なんというかものすごいマルチな才能ですよね。

あ、いま「マルチな才能」という言葉の軽さに
自分で愕然としました…w
by shinobu_kaki | 2010-07-20 20:42 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(2)

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