感嘆符で記憶されるものたち。


例えばバビロニアのハンムラビ法典について
「目には目を、歯には歯を」しか知らない人は多いはずだ。

聖徳太子の十七条の憲法。
第一条「和をもって尊しとなす」は知っているが、
残りの十六条についてはよくわからない。

ムンクが描いた絵は「叫び」だけではないし、
大事マンブラザーズバンドは「それが大事」しか歌ってないわけじゃない。
プロコル・ハルムの持ち歌は「青い影」一曲だけじゃないし、
三木道三の「LIFETIME RESPECT」も同様だ。

よく知らない対象に対して、
人の記憶は一つのフレーズ、一つの要素に
集約されてしまう。

しかし、そのワン・フレーズが対象の本質を表しているかというと、
それはまったく別の問題である。
記憶されるフレーズの条件はただひとつ「インパクト」にあるのであって、
それが網羅的であるとか包括的であるかどうかは関係ない。
そうでしょう?

人はすべての他人に対してそれほど親切ではいられない。
自分にとって近しいものでなければ、
それほど踏み込む事はせずに「片付けて」しまう。
なぜなら自分の人生にさほど関係がないと思われるものに、
破格の労力を割くことは無駄であり、
何より本当に大事なものに費やす時間が圧迫されるからだ。

もちろんそれが、その人にとって本当に必要であるかどうかはわからない。
人はしばしば間違える。
「ああ、あの人。別に…」と思っていた相手が、実は深くつきあってみると、
自分を考えても見なかった高みまで引き上げてくれる、
一種のエンジェルかもしれないのである。
だが未来が(予想はできても)完全に見えている人はいないので、
「気になりもしなかった可能性」については、
多くの場合はそれ自体がなかったことにされてしまう。
パラレル・ワールドは概念的にしか存在しないのである。

話が逸れたが、
少なくとも自分にとって関係ないと思われる事象について、
人が何かを記憶するのに大きな影響を与えるものは、
「かすかな将来性」だったり「堅実な継続性」だったりといった
質実的な要素ではなく、もっと瞬間的で感覚的なものであろう。
つまり「えっ、何コレ、変!」という違和感であったり、
「おおー」という見事な言い回しだったりといった強い印象が必要なのだ。
つまり、まず「!」や「?」といった感嘆符でもって迎えられる、
それが人の気持ちに残像を残す強いインパクトとなるのである。

何が言いたいのかわからなくなってきたな。

えーと、月曜日ですね。
僕は今週金曜から夏休みをいただくので、
木曜日までの四日間、がんばります。

それでは良い一週間を。
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by shinobu_kaki | 2010-08-09 09:14 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

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