プランニング・ライフ。


今日は久しぶりにライフプランナーが家に来た。
現在の家に越してからは初めてなので、
ゆうに一年以上ぶりということになる。

まあ頻繁に会うような相手でもないので、
思い返してみても実に3〜4回目程度しか顔を合わせていない。
だが当然、話す内容がある意味ほかの何よりも重要な事柄であるため、
一回一回の印象の密度は非常に濃い。

まずライフプランナーは「大きくなったね」と娘に声をかけ、
以前の住まいとの比較で「いいですね。快適でしょう」と感想を述べた。
確かに通勤時間は小一時間とそれなりだが、生活自体は快適に思う。
妻ものんびりとした郊外のペースが気に入っているようだし、
娘はなにしろ生まれた時からこの土地なので、
郊外っ子というのだろうか、元気で、大らかに育っていると思う。
外を歩いたりするのが好きなのは父親の血かもしれない。

今回の話は保険の見直しが必要かどうかの確認と、
長期的経済計画の確認である。

もちろん、先のことは誰にもわからない。
人生の本質は不確定要素で出来ているようなものだからだ。
かといって明日を考えずに放蕩に生きるには、
僕は少々あれこれと荷物を背負ってしまっているようである。
それは言ってみれば妻にしてもお互い様で、
さらに言えば娘にとってもそうじゃないかと思う。
要は同じひとつの小舟に乗って船出に漕ぎだしたようなものなのだ。
今はメインエンジンを僕が担当している、そういうことだ。
エンジンがいかに馬力を上げてがんばっても、
船の上のいっさいを調整してくれる役目がいなければ、
その船旅はおぼつかないものになってしまう。
どちらがどちら、ではないのである。

そんなあらゆることをふまえながら話していたら、
一時間程度のつもりが二時間半ほどの打ち合わせになってしまった。
だがおかげで、けっこう具体的なところまで話ができたように思う。

人生に正解はない。
どんな道を選んでもどう転ぶかはわからないし、
損得勘定をやりだすときりがない。
最終的には自分が納得して、「これでいいんだ」と思えれば最上だろう。
特に大きな決断をする時などは、失敗ではないかとか、
選択が違ってるのではないかと悩むことがある。
でもパラレルな「もうひとつの選択」が正しいかどうかの検証は不可能だ。
ゆえに最後は自分の生き方としての得心、
言ってみれば哲学の問題になる。
それは信念という言葉でも人生観でも死生観でも何でもいい。
根は同じだ。
メリット・デメリットを他人と比べるのではなく、
この世に唯一無二の自分の選択として誇りを持つこと、とでも言うのかな。

あらためて言うまでもないかもしれないが、
自分の時間、自分の人生は、誰が何と言おうと自分のものだ。
もちろんさまざまな制約や限界はあるけれど、
基本的に我々は、自分の未来を自分で描くことができるし、
あわよくば自分の望む一番近いものになることができるのである。
それはとても贅沢なことじゃないかと思う。

そりゃ何にだって終わりはあるだろう。
でも、少なくとも終わるまではゲームは続くのである。

楽しもうよ。



涼しき秋の土曜の夜、ビールではなくコーヒーを飲みながら。
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by shinobu_kaki | 2010-09-25 23:27 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

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