近田春夫による、1999年の宇多田ヒカル評。


週刊文春連載の近田春夫「考えるヒット」が好きで、
文庫本も数冊持っている。
彼の文章の的確な形容がとてもしっくりきて、
自分もこういう文章を書けるといいなと思う一人なのである。

さて先般、活動休止が報じられた宇多田ヒカル。
彼女について近田氏の書いた文章が手元にある。
1999年のもので、宇多田ヒカルが「Automatic」をひっさげ、
突然、世界にその姿を現した時のものだ。
少々長くなるが、引用してみる。

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たしか15歳と聞いた。曲も詞も本人の作だ。
その出来の良さクオリティの高さには、ちょっと舌を巻いてしまう。
とにかく一から十まで、これが15歳とは思えぬ、
と書けば間違いないのが宇多田ヒカルである。
十年たっても25歳。ワシャいやんなってしまうですよ。
『Automatic』を聴いて、まず力を認識させられるのがメロディである。
柔軟で多様性があって、そしてひとかたまりごとのラインの息が長い。
だから、ゆったりしているのに肌理(きめ)が細かい感じがする。
AメロBメロCメロ、とどれも似たような表情を持ちながら
刻々とニュアンスは変わってゆく。盛り上がるというより、ある種、
大きなくり返しの快感が勝っているのも、このメロディの特徴である。

別の書き方をすると、彼女の書くメロディは、重量感がありながら、
どこか引力と切り離されていて、どのフレーズも、
次のフレーズと空中でつながっているようなところがある。
重いものが重さをたたえながら浮遊している。
そういう心地よさをこの人のメロディは持っていると思うのである。
シンプルに聴こえるが、相当に高度なメロディである。
そこに何の苦労の跡も見出せないのだから、本当に大したものだ。脱帽。

そうした“すごい才能”を感じさせるメロディに対し、歌詞はというと、
こちらは実に歳相応の素直さを持っていて、聴くものをホッとさせてくれる。
と書くと「じゃ、作詞に関しては15歳ビックリ説は当てはまらないじゃないか」
といいたくなる人もいるでしょうが、そうじゃあない。
なるほど15歳だ、と思わせながらキチンと普遍性を持った歌詞なぞ、
なかなか書けるものじゃあないよ、ということ。
人が人を好きになる。その喜びを知ってからまだ時間の浅い様子が、
宇多田ヒカルのコトバには、キラキラと溢れているのである。

♪嫌なことがあった日も/君に会うと全部フッ飛んじゃうよ
♪抱きしめられると 君とParadiseにいるみたい

こまっしゃくれていない。かといって子供っぽくない。
15歳の「大人の感情」が実にさわやかに描かれていると思いませんか?

そして声である。豊かでそして何より自然なのだ。
どうも和製R&Bシンガーって上手いんだけど「つくり声」っぽい人が多いじゃないさ。
アレってちょっと聴いてると耳がこそばゆくなる時がある。
そういうのがないんだねこのヒトに限っては。

近田春夫「考えるヒット」(1999.1.21)

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まあ、ベタ褒めである。
でも彼女が出てきた時は、他の女性シンガーがほとんど霞むくらいに、
非常に鮮烈なインパクトを覚えた。
宇多田ヒカルに「ハズレ曲」はあっただろうか?
もしかしたら彼女にしてはちょっと…というものもあったのかもしれないが、
僕の記憶の中の宇多田ヒカルは「間違いのない」シンガーだったので、
あまりそういう印象がないのである。
「まだ若いから」というエクスキューズがまったく必要なかった、
すでにしてプロフェッショナルなシンガーでした。
活動休止の報は残念ではあるけれど、
そういった自然体に見えるあれこれがとても彼女らしく、
それもまた宇多田ヒカルかな、と思わせるところがいいね。

存在を同時代で楽しめたのは本当に幸運だった、
そう思わせる数少ないアーティストだったのではないだろうか。
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Commented by hirA at 2010-10-23 04:00 x
カラオケではホントお世話になりましたね~。だって歌ってて気持ちいい歌が多いんだもん。上手だったのねぇ。いろんな意味で。
Commented by yukachin at 2010-10-23 12:44 x
びびりましたよ、彼女が出てきたときは。
これで私より学年1つ上なだけ?
なんだったのさ今まで聞いてた邦楽はと。
それから彼女の歌を聴きながら年月重ねたので、
なんだか他人の気がしないです。
寂しくはなるけど、まぁまた戻ってきてくれるでしょ。
Commented at 2010-10-23 20:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by shinobu_kaki at 2010-10-24 00:38
>hiraさん

一昔前だったら「天才少女」みたいな言い方をされてたと思うんだけど、
そんな平易な形容じゃなく、
メディアも彼女を「完成されたプロ」として扱っていたような気がします。
Commented by shinobu_kaki at 2010-10-24 00:40
>yukachin

年が近いとまた違う印象があるんでしょうね。
それじゃなくても色々と圧倒的な存在感がありましたね。
Commented by shinobu_kaki at 2010-10-24 00:41
>鍵氏

そうでした、失礼。ご指摘ありがとう。


というわけで文中にあった「引退」は、
「活動休止」に修正しました。失礼いたしました。
by shinobu_kaki | 2010-10-23 01:12 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(6)

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