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白い打ち上げ花火[前編]

キノコ雲を見たことがある。

色褪せたモノクロ写真になる現代史の教科書のそれではなく、この目で実際に見たことがある。それは僕がずいぶんと小さい頃だったが(小学校低学年くらいだったと思う)、その時起きたさまざまな事柄はひとつの分かちがたい塊となって、鮮やかなカレイドスコープのようにぐるぐると僕の記憶の中を回遊している。それは幼い僕にとっても、また閑静というか閑散とした僕の地元一帯の人々にとっても、事件と呼んでさしつかえないものだったからだ。というわけでこの話は実話である。

晴れた日の夕方だった、という事は記憶している。僕は近所のひとけのない児童館で、幼友達のTと何をするともなく遊んでいた。小さい男の子にとって、遊びというのは非常にあいまいなものだといえる。○○時から遊ぼう、と約束をしたにしても、特に予定を立てるでもなしに、ただ一緒にそこにあるもので過ごすことが十分に楽しかった。それだけで時間を忘れることができた。僕と彼がときどき立ち寄っていたその児童館だが、それは施設というにはあまりにも貧弱な代物であると言わなければならなかった。20畳ほどの床張りのスペース、トイレ、キッチン、古い少年ジャンプと絵本が無造作に押し込まれた大きめの本棚。保育園にあるようなプラスチックのカラフルなブロック。裏には2台のブランコとシーソー。掃除も行き届いているとは言えない平屋づくりのその建物は、町内の祭りであるとかイベントであるとか、また納会であるとかのタイミングに大人たちが集まる場として開放され、それ以外の日々(ほとんどがそれ以外の日々だ)は近所の子供たちがときおり立ち寄るだけのささやかな空間に過ぎなかった。その日たまたま我々、つまり幼き僕とTがうらぶれた児童館にいたのはまったくの偶然だったのだが、おそらくその偶然はラッキーと言えるものだった。なぜラッキーだったのか分かったのは、この小さく静かな町に似付かわしくない激しい轟音を我々が耳にしてから15分ほど後のことだった。

はじめ車の衝突かと思った。我々のいた児童館はそれくらい激しく揺れた。児童館の建物と車の通る道路の間は駐車場というか広場になっており、スピードに乗った車が直接ぶつかるような事態は考えづらいのだが、その時は本当に建物自体になにか強烈なショックが加わったのだと信じて疑わなかった。つまり、それくらい激しかったのだ。我々は恐る恐る建物の外を見渡したが、もちろん車などどこにもありはしなかった。代わりに、あたりの家々から飛び出すように出てくる人々の姿があった。我々は子供の無邪気な好奇心でもって、靴を履いて外に出た。人々が一目散に向かう先へ走っていった。まるでパニック映画のようだ。その頃まだ僕は映画というものを観たことは無かったが、今思うとそんな感じだったという事だ。児童館を出て50メートルほど先の駄菓子屋を右に曲がる。つまり、僕の家に向かう方角でなにかが起きていた。それは奇妙な現象だった。そちら、つまり僕の家のほうへ向かって駆け寄る人々とは逆に、僕の家の方向から人々が逃げ走ってくるのだ。逃げる大人たちとすれ違うように(かき分けるほど人口は多くなかった)僕は家に向かって走り出した。Tの家はさっきの曲がり角付近にあるため、親に呼ばれてそこに留まったようだった。僕は一人で向かっていった。悲鳴が聞こえる。ゆるくカーブする道の右側に僕の家がある。材木工場と一緒の敷地のため、広めといえば広めの一軒家だ。見慣れた自分の家越しに、向こうの高台を見て僕は言葉を失った。

鈍色の空に白くキノコ雲が上がっていた。


(つづく)
by shinobu_kaki | 2004-10-14 20:46 | ライフ イズ

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