白い打ち上げ花火[後編]

僕の実家を出てすぐ目にする風景といえば、それは青々とした田園であり、家の前から50mほどに小さな川が、そしてその150mほど先は小高い丘というか高台があった。その高台への登り口の途中に小さな赤い屋根の小屋があった。小屋の青く錆びついたトタン張りの壁には白い看板があり、赤文字で大きく「秋田火工」と書かれたそれは、花火工場だった。僕の遊び友達の家がその高台を越えた先に何軒か集中しており、小さい僕はよくその小屋の前を通って遊びに行っていた。さらに小屋の先には細い道が続いていて、緑の生い茂ったその山道のわきには山葡萄が群生していた。僕は手を真っ赤にしながら小さな山葡萄をつまんで食べるのがとても好きだった。帰りが遅くなったりすると、外灯ひとつないその細い道はとたんに恐怖の対象となったが、曲がり角を曲がって小屋の前のあたりにさしかかると、高台からは見下ろすように僕の家の明かりを認めることができてほっとした。ここまでくれば家はすぐそこだ、と。小屋から家までは近く、距離にして200mもなかったからだ。

キノコ雲が上がっていたのはまさにその小屋からだった。僕は眼前の光景をすぐには理解することができず、初めて目にするビジュアル・ショックにぼう然としていた。逃げる人々と逆行するようによろよろと歩き出すと、2度目の爆発があった。そのショックで家の2階のガラスが割れ、僕の前方20mほど先の地面にガラスが降り注いだ。さすがに危険を感じた僕は、いまだ空に向かって育ち続ける2段重ねの巨大なキノコ雲から逃げるように歩き出した。近所の家々から全員が外に避難したようだったが、地震というわけではないので本来は逃げる必要もなかった。静かな町に起きたただならぬ事態に、全員が何をどうしたら良いかを見いだせずにいた。一応の避難場所としてさっきまで我々が遊んでいた児童館が割りあてられ、なんの事はない、僕とTは元の場所に戻っただけだった。町の人間は口々にいろんなことを言いあったが、状況は非常にシンプルだったので、意見の対立する必要もなかった。爆発したのは花火工場で、職人が火薬の配合中に火の不始末かなにかで不用心に着火させてしまったのだ。しかも花火工場であるから、花火も一発では済まなかったのだろう。そして時期的にまだ花火玉としての配合作業までいっていない、単なる火薬の段階で着火してしまったのだろう。それがいちどきに爆発したため、まるで大きな爆弾の爆発のようにキノコ雲が発生したのだった。この事件はその日の夕方のニュースでも報道され、それによると被害者は工場内で作業していた1名だけだったということだった。消防車が出動し、安全宣言が出されたのはそれからしばらくしてからのことだ。家に帰るまでのことは憶えていない。しかし、あれだけの大爆発で被害者が1名(事故を引き起こした本人だ)で済んだのは最小限度の被害で済んだと言わなければならなかった。

家に帰ると、窓ガラスのいくつかが割れていた。爆発がいかに大きかったかという痕跡だった。家族が無事だったことを不幸中の幸いと思いながら家の中を見て回ると、僕の目線よりもちょっと上にぶら下げてある鳥カゴの中の鳥が見あたらないのに気がついた。爆発のショックでカゴが壊れて逃げたのかと思ったが、そうではなかった。僕が、僕の家がその時飼っていた鳥は3羽のジュウシマツだったが、3羽とも鳥カゴの底のほうに仲良く並んで死んでいたのだった。被害者は人間1名と、ジュウシマツ3羽。これが僕が認められた限りの、爆発事故の被害者数だった。

翌日の朝はよく晴れていた。僕は学校へ行こうと家を出ると、振り返ってあの花火工場の姿を遠目に見た。赤い屋根も青いトタンの壁も白い看板も赤い文字ももはや黒焦げで、かつての姿は跡形もなかった。あたりはとても静かで、いつもの朝と同じように鳥が鳴いていた。静かな朝だった。その静けさが、昨日の大事故の光景をさらに現実味のないものとさせた。外から2階を見上げると、窓ガラスはしかし割れたままだった。鋭利な窓ガラスの破片が、僕をリアルへと引き戻した。まだ耳に残る爆音を思いだしつつ、僕はいつものように学校へと歩き出した。
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Commented by あい at 2004-10-15 18:41 x
去年、花火工場の爆発事故がありました。

ある日の昼下がり、爆発音が3発。
最初は桜島かと思ったけど、噴煙は見えず。

後のニュースで、20km以上も離れたところであった
事故の事を知りました。犠牲者は10人。
飛ばされて遠く離れた場所で見つかった方もいたようです。
時期的には量産期。現場は跡形もなく、おそらくその周辺は
シノブさんが幼い頃に見た光景だったと思います。

今年2年ぶりに花火大会がありました。
この花火には、職人さんの思いや魂がたくさん込められて
いるんだろうな、思いながら眺めていました。

だから、格別に綺麗に見えたのでした。
Commented by shinobu_kaki at 2004-10-15 19:29
>あいさん

10人とは被害甚大だね。
花火ってずいぶん前から何ヶ月も(時には一年以上も)、
手塩にかけて準備して、見てもらえるのはほんの一瞬。
しかも、ほかの花火たちと一緒だから、
印象的にはOne of them。
でも、だからこそ美しいといえるかもしれない。

2年ぶりの花火、色々と感慨深そうですね。
花火師は命懸けの仕事だ。
Commented by いづみ at 2004-10-15 22:13 x
シノブくん、泣かずによく頑張りましたのでご褒美をあげますね(笑)

花火職人てカッコイイイメージ。
なんとなくだけど、映画とかで使えそうじゃない?(笑)

花火。ここ何年も観てないな。
Commented by シホ/ at 2004-10-16 01:37 x
昔、花火職人、って憧れた事がちょっとあった。
時間をかけて作り上げた物が一瞬の美しさで終わるってのが、ちょっと惹かれた所があって。

でも花火の事故が怖くて本気でなろうとは思わなかったんだな。(その程度かい!)
「危険さ」と「美しさ」が伴うモノって今でもちょっと憧れる。。
Commented by shinobu_kaki at 2004-10-16 09:12
>いづみおねえちゃん

ごほうび、随時受付です(笑)

花火職人の映画っていいかも。
ドラマになりそう。
親方との「花火観」についての確執とかね。ライバルとか。
そしてなにより、
クライマックスが鮮やかになりそうでイイ!
Commented by shinobu_kaki at 2004-10-16 09:15
>シホさん

いま花火職人のシホさんを想像してみました。
なんか、やけに似合ってませんか?(笑)

>時間をかけて作り上げた物が一瞬の美しさで終わる

これちょっといいですよね。
潔くって美しい。

そういう意味では似ていると思うが、
「ドミノ職人」は花火ほど美しく感じないのはなぜだろう。
ていうか、いるのか「ドミノ職人」。
by shinobu_kaki | 2004-10-15 17:39 | ライフ イズ | Trackback | Comments(6)

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