尊厳、幸福、平均寿命。

今朝、たまたまこんなページを読んでいたのですよ。
語っている方々への云々についてはおいといて、
高齢化社会における介護という問題は、
誰にとってもそれなりに心労をともなって受け取られる問題だ。
ヘビーである。

介護とは違うが、脳死状態、というケースがある。
もし自分自身が回復の見込みのない状態に陥って、
医療の力だけで生きながらえるしかないのだとしたら、
生命維持装置は外して欲しいと願っている。
この場合の尊厳とは、
患者本人の生き方のためにというニュアンスがあると思うのだが、
(今の例えの場合、僕の尊厳のためにということだ)、
本当の目的は遺族の経済的負担であると思う。
要するに「家族に不要な迷惑をかけたくない」ということなのである。

では「尊厳」と「介護」「痴呆」という問題はどうか。

上に書いたようなことでいうならば、
あくまで自分のケースとして、
自分自身の状態があまりに修羅場ばかりを生み出すようであれば、
やはり考えてしまう。
ただしこれはもちろん難しい。

あえて書いてみるが…。
ひとつには、痴呆とは「ほとんど死んでいる状態」とはほど遠いということ。
ひとつには、その人自身の判断能力がほとんどない状態で、
「もういいよ」と判断する人の責任が重すぎるということ。

話題を変える。
平均寿命ということについて。

日本の平均寿命の推移をグラフ化してみる

上によると、2012年における日本の平均寿命は、
男性が79.94歳、女性が86.41歳(2013年7月発表)。
かつて生産年齢が60歳までという文化のあった日本で、
これはなかなかアンバランスと言わなければならない。

なんだかんだ言っても生きるのには金がかかる。
それを誰が負担するの?という問題に、当たり前だが行きあたる。

人間の、特に日本人の寿命が延びたことについては色々な説がある。
どうして日本人は平均寿命が高いの? NAVERまとめ
戦後、日本人の平均寿命が伸びたわけ
日本人はなぜ長生きか

何においても理由というのはひとつではないので、
複数の要因があるのは間違いないと思うのだが、
医療の発達は大きな理由のひとつであろう。

だが、人の命を救おうとあらゆる手を尽くすことは、
シンプルに考えた場合、圧倒的な「善」である。

ただそれに、経済をはじめとした、
豊かに生きるための社会のしくみが追いついていないことで、
ある種の不幸が生まれているのは間違いないのだろう。

しくみが状況に追いついていない時、
どうなるかというと、個人が難しい判断を迫られるのである。
「責任」が個人に帰属するのだ。
これはけっこうきつい。

個人同士の関係においても、責任の所在というのはキーワードだ。
お互いが責任をどこに持って行くか、
その姿勢自体によって、生まれる争いは非常に多いからだ。

過去、難しくない時代なんかどこにもなかったのかもしれないけど、
やっぱり今は難しい時代なのかもと思ってしまう。
ねじれというか、ゆがみというか、
一種の構造的瑕疵のようなものが見えて来ているようで、
どこかぐにゃりとした世界の中で生きている、
そんな感じがしてしまう。
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by shinobu_kaki | 2013-12-30 09:10 | エウレーカ! | Trackback | Comments(0)

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