詩神は渇く

“ノーベル文学賞を授与された生粋のアメリカ人七人のうちの
五人はアルコール中毒であった”
このセンセーショナルな一行を出発点として、
著者のトム・ダーディスは、アメリカの代表的文学者であると同時に
名だたる酒豪であった四人について、
その文学的才能がアルコールによって
いかに損なわれたかの詳細な検討に入る。
朝からウィスキーを片手に書いていたフォークナー。
とめどない飲酒のため入退院を繰り返さざるを得なかったフィッツジェラルド。
アルコール中毒と抑鬱症の挟み撃ちにあい
猟銃で自殺することになるヘミングウェイ。
そしてすでに十代でいっぱしの大酒呑みになっていたオニール…。

それにしても、なぜアメリカの作家はこうした激しい飲酒に走ることになるのか。
その原因のひとつは1920年代の禁酒法にあると著者は言う。
“いったんアルコールが規制品になると、
自主独立の心をもった多くの人々が、機会あるごとに禁酒法を破るのが
自分たちの精神的義務であると信じるように”なり、
禁酒法の撤廃後も「アルコール信仰」とでもいうべき
精神風土が残ってしまったというのだ。

実際、禁酒法後の世代であるカポーティもカーヴァーも、
酒との闘いに多くのエネルギーを割かざるを得なかった。
フォークナーもフィッツジェラルドも、
酒に溺れなかったらどれだけの傑作を生み出せたことだろう、
という著者の無念はよく理解できる。

だが、果たして酒は奪うだけのものだったのだろうか?

確かに彼らは酒によって多くのものを失った。
文学的才能ばかりでなく、命まで縮めてしまった作家もいる。
しかし、その彼らにも、酒によって手に入れたものもあったはずなのだ。
ドラッグのように着想やイメージを獲得したと言いたいのではない。
酒とそうした関わりを持った彼らの在り方そのものが
作品を支える根になったのではないか、ということなのだ。
オニールやカーヴァーは酒を断ってから目覚しい作品を書いたが、
最初からまったく酒に縁の無い男だったら
何も生まれなかったかもしれないのだ。

この(トム・ダーディスの)「詩神は渇く」という本を読んだら、
詩神ならぬ酒神はこんなことを言うかもしれない。
彼らが酒を呑まなかったらどんな傑作を書いただろうと思うのは勝手だが、
彼らから酒を抜いたらもう彼らではなくなってしまうのさ、と。

酒は、彼らの文学にとって代替可能な燃料のようなものではなく、
やはり本質的で宿命的な血液のようなものだったという気がしてならない。

沢木耕太郎「シネマと書店とスタジアム(新潮社)」より


作家や音楽家には病跡学(パトグラフィ)がつきものである。
もしくはまっしぐらに破滅へ走って早逝する若き天才、というのは数多くいた。
“天才ロック・ミュージシャン27死亡説”みたいなものもあって、
ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、ブライアン・ジョーンズ、
オーティス・レディング、ジム・モリソンなどがほぼ27歳で死んでいる。

話が逸れたが、沢木耕太郎言うところの、
“酒と関わりを持った彼らの在り方そのもの”が大事、というのは
ぼんやりとした感覚としてだが良くわかる気もする。
逆に、これ以上踏み込んでも、酒飲みの自己弁護としかとられまい。
沢木の筆は、ここから先の踏み込みをあえて拒んでいるようにも感じる。

ちなみに著名な音楽家たちはけっこうな割合で死因が梅毒なのだが、
(Mozart, Beethoven, Schubert, Chopin, Smetana…)
後世に残る、きわだって名曲と言われるものを書いた時期というのは、
感染してから梅毒が脳に至るまでの期間が多いと言われる。
これは興味深いね。
梅毒はコロンブスがアメリカ大陸から持ち帰ったとされ、
そういう意味では罪作りだよなコロンブス。
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Commented by はむ犬 at 2005-09-07 12:20 x
あぁ、ほんまや!
その他の夭折のミュージシャンっつったら、ニルヴァーナのカートコバーンしかり、日本だったら尾崎豊がその頃だ!
その年頃に薬物やアルコールを常用しちゃうとうつ状態に入りやすいのかもね。
Commented by shinobu_kaki at 2005-09-07 16:19
>はむ猫

>ニルヴァーナのカートコバーン

こばーんも夭折系ですね。
アルコールももちろんドラッグだから、
脳への作用が激しいとやばいよね、って当たり前だけど。

それにしても、罪作りだよコロンブス。
by shinobu_kaki | 2005-09-07 01:07 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(2)

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