「歴史をかえた誤訳」鳥飼玖美子

a0022014_23384532.jpg

著者は「NHKテレビ英会話」の講師であり日本翻訳家協会理事ほか、
数々の肩書きと著書を持つ女性教授。
昼休みに買ったんだけど、これは面白かったね。
「すべての翻訳は誤訳である」といった一種のレトリックは
「翻訳夜話」で村上春樹と柴田元幸も語っていたと思うけれども、
翻訳・通訳というのは常にギャップがつきまとうもの。
それはミスとかそういう次元じゃなくて、
言葉のニュアンスの捉え方というのは文化的背景を抜きには語れないということ。

例えば日本語の「前向きに善処します」は、
「その意見には反対しないけど、具体的には何もしないよ」
といった意味が含まれていると思うけど(考えるとひどい話だが)、
英語的なニュアンスで捉えると「なんらかの対応策をとります」という、
具体的なアクションの話になってしまう。
こういった齟齬が常にあるのだ。

あと「ヒロシマへの原爆投下を招いた誤訳」と言われているものもある。
太平洋戦争末期にポツダム宣言が発表されたとき、
時の首相である鈴木貫太郎はこれに「黙殺する」とコメント、
(「黙殺」というのもちょっとハードな言葉ではある)、
これを通訳が「ポツダム宣言を拒否する」と伝えてしまったというもの。
アメリカは「宣言の受諾なくば、迅速かつ完全な壊滅あるのみ」としていたため、
その10日後、つまり8月6日の悲劇につながったというもの。
いまなら「ノーコメント」という言い方があるけれども、
当時の日本側はそういう英語表現は誰も知らなかったらしい。
まあ、戦争自体の是非は置いておいても、ちょっとシャレにならない話である。

英語が堪能とされる首相ほどミスをしている、という指摘も面白い。
すなわち中曽根康弘・宮沢喜一両首相である。
中曽根はレーガンに対し致命的な誤訳コメントを何度もしているし、
宮沢に至ってはクリントンの円高容認コメントを聞き流してしまい、
それがために責任を問われ首相の座を追われたのだった。
生半可に得意がっていると痛い目に遭うということか。
通訳をつけるならちゃんとつけるというのはどうやら大事なようだ。

日米の比較文化論という部分では、「フェア」と「公平」が挙げられる。
アメリカ的平等感である「フェア」というのは言わば「機会の平等」、
誰にもチャンスは等しく与えられるべきという概念だ。
だが、日本の「公平」というのは「結果の平等」を指し、
つまり「出過ぎた杭は叩かれる」というか、一人だけ良い目に遭うのは許せない、
例えそれが努力の結果であろうと抜け駆けは許さぬ、
というメンタリティがあるように思われる。考えてみるとちょっと怖い。
巧妙にすり替えられた社会主義、という気がしないでもないね。
日本の「野球」とアメリカの「ベースボール」が、
同じようでいてある意味まったく違うスポーツであるように、
「フェア」と「公平」はこんなに違うのだ。

余談。
イラクのフセイン元大統領だが、本来非常に饒舌な人で、
彼がアラビア語で話すのを聞くと「非常に説得力があり」「演説上手」らしい。
だが、お付きのアラブ人通訳が英語に訳したその結果、
国際的にはフセイン大統領は「支離滅裂」で「パラノイド」に見えた、と言われる。
コミュニケーションのとりづらい得体のしれない国、
というネガティブな印象を世界に与えていなかったか。

NHK情報ネットワークの水野氏は以下のように述べている。
「当時のフセインをはじめとするイラク側の発言は、
支離滅裂で、わけがわからないものが多かった気がする。
通訳が国際世論の形成にわずかながら影響を及ぼした例かもしれない」
トラックバックURL : http://kakiwo.exblog.jp/tb/2800052
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Tracked from wesqdae at 2006-09-09 01:11
タイトル : wesqdae
flzjclc sjqksui vpteqed yiuhrbh ebwrcpj... more
Commented by mk-happyman at 2005-12-11 15:38
むむっ、面白そうな本ですね。
僕も本屋で探してみます。


全然話のレベルは違いますが、
外国人プロ選手のヒーローインタビューとか、
一回直訳で聞いてみたいものですね。
通訳は絶対意図的にいい子ちゃん発言に訳してると思うし。

 『上原のボケが舐めくさった球ぁ放ってきよったけど、
  ワシの鋭いスイングの前にはひとたまりもなかっようやな。』 とか、
 『ウルさいタイガースファンの連中を黙らせることが出来て光栄だ。
  神に感謝するぜ!』
とか言ってたりしてね(笑)。
(「REGGIE」(漫画)ではないですけど(笑))

あと、英語得意な人に言わせると
ディビッド・ベッカムはひどいズーズー弁英語を喋ってるそうですね。
「方言訳」ってのもあったら面白いなぁ…。
Commented by 誤ってん at 2005-12-12 10:40 x
医療系の翻訳をやっている方の
プレッシャーは相当なものだとか。

翻訳業、昔憧れてました、はい。
Commented by shinobu_kaki at 2005-12-13 07:22
>mkさん

「REGGIE」懐かしい!
あの、ヒロシマのチームがやけに柄悪いのが良かったですね(笑)
選手の名前も吉原、雄琴って…風俗街かよ!みたいな。

ベッカムのマンチェスター訛りは有名みたいですね。
僕はもちろん聞いてもわかりませんが(笑)
しかもドナルドダック・ボイスですね。
Commented by shinobu_kaki at 2005-12-13 07:23
>ごってん

医療系…人の命をあずかるだけにね。
翻訳者になりたかったの?
by shinobu_kaki | 2005-12-08 23:24 | shinoBOOKS | Trackback(1) | Comments(4)

移動祝祭日


by Shinobu_kaki
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31