イナ・バウアー

イナ・バウアーが地球上にいられる時間はあとわずかだった。
イナ・バウアーはついさっき自らが倒した怪獣の長い尻尾を両腕でしっかりつかむと、
2度3度、その場でぐるぐると回転してから中空めがけて思いっきり放り投げた。
怪獣はみるみる小さくなり、間違いなく大気圏外まで飛んでいっただろうと思われた。
放り投げられた怪獣はもう地球に戻ってくることはあるまい。
痛い目にあった動物がもうその場所に寄りつかなくなるように、怪獣も学習するのだ。
イナ・バウアーは長い怪獣退治の経験からそのことをよく知っていた。
だから本当は怪獣に対し、いつもとどめを刺す必要はないことも知っているのだが、
もともと短気でせっかちな性格のイナ・バウアーは、
V字のような形状の胸のプレートから摂氏4000度を超える熱光線を放射して、
ひと思いに決着をつけることがしばしばあった。そうしたほうが明らかに楽だからだ。
イナ・バウアーがいつもそれをしないのは、ちょっとしたリスクが伴うからだった。
つまり、瞬間的に高温を発するために軽いオーバーヒートのような状態になるのだ。
イナ・バウアーはそうなることを望まなかった。
イナ・バウアーが怪獣と戦った足元を見ると、たくさんのビルが瓦礫と化している。
さらに目を凝らしてみると、瓦礫の下にはつぶれてしまった人間の死体が見えた。
いつもそうなのだが、大きなものを守ろうとすると小さなものを犠牲にしてしまう。
イナ・バウアーはそれについて仕方のないことだと割り切ってはいたが、
いつも戦いのたびに少しだけ心が痛むのを感じていた。
だが、もともと自分に心などあったのだろうか?
イナ・バウアーは人間のように自問してみようとたびたび試みたが、
結局いつもよくわからないままだった。そもそも心などないのかもしれなかった。
瓦礫の向こうから、運よく難を免れた人間たちが大勢こちらを見ている。
彼らは心配そうに、身長60メートルほどの人の形をした鋼鉄の塊を見上げていた。
怪獣が暴れだすたびに現れるこの正体不明の巨大なロボットのようなものは、
いつまでこうやって我々のもとまで怪獣を退治しに来てくれるのだろうか。
人々はイナ・バウアーがどこから来ているのか、何もわからなかった。
さらに言えばイナ・バウアーという名前すらも人々は知らないのだった。
春先の夕焼けが反射して、イナ・バウアーの赤いボディがさらに真っ赤に見えた。
イナ・バウアーはいつもそうするように一度体を小さくかがめてから、
「じゅあっ」だか「だあっ」だかわからないような声を発して、
さっき怪獣を放り投げたほうとは反対側の空へまっすぐ飛んでいった。
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Commented at 2006-03-04 10:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by mk-happyman at 2006-03-04 13:01
(笑)。
イナバウアー、たしかにスーパーロボット見たいな名前ですね。
Commented by cube at 2006-03-05 21:28 x
これってご本人かしら???
Commented by shinobu_kaki at 2006-03-05 21:42
>鍵様

いいんですよ。
Commented by shinobu_kaki at 2006-03-05 21:43
>mkさん

そうなんですよね。それを間接的に書いたという(笑)
Commented by shinobu_kaki at 2006-03-05 21:50
>cubeさん

本人…本人が書いたかどうか、ということです?
それならば「yes」ですが、
「イナ・バウアーとはシノブ本人か」という問いならば、
「no」でございます(笑)
Commented by くべ at 2006-03-06 09:39 x
>軽いオーバーヒートのような状態になるのだ・・のくだりあたり
なんともいえずw

Commented by shinobu_kaki at 2006-03-06 10:09
>くべさま

そう、軽いオーバーヒートのような状態になるのです。
イナ・バウアーもラクじゃない。
by shinobu_kaki | 2006-03-03 15:08 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(8)

移動祝祭日


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