「ノルウェイの森」の謎。

 以前村上春樹の、小説ではなくて何か読者とのやりとりのようなインタラクティブな企画における文章を読んでいて、ビートルズの歌詞の解釈について触れたものがあった。それは村上春樹本人のベストセラー小説のタイトルにもなった「ノルウェイの森(Norwegian Wood)」と、後にユッスー・ンドゥールがカバーし、「こどもといっしょにどこいこう」のホンダステップワゴンのCFでも使われた「オブラディ・オブラダ」の2曲である。

 「ノルウェイの森(Norwegian Wood)」という日本語タイトルをつけたのはもちろん日本のレコード会社の誰かということになると思うのだが、ビートルズの曲はもとより、村上春樹の小説においても「ノルウェイの森」という言葉から喚起される清廉で透明感のあるイメージ~例えば、深い霧のたちこめる針葉樹の森~が、マーケットとのコミュニケーションにおいて良い印象をもたらしたことは確かである。平たく言うと「タイトルのおかげで素敵なものとして世の中に登場できた」ということね。

 そもそもNorwegian Woodという言葉の解釈にはいくつかの説があって、それは日本語訳のとおり「ノルウェイの森」だったり「ノルウェイ製の木製家具」だったりするのだが、ここはやはりもうひとつの解釈である"Isn't it good,knowing she would"(彼女がやらせてくれるってわかっているのは素敵だよね)というフレーズの音に沿った言葉遊び、という案がもっとも面白い。knowing she wouldがNorwegian Woodになったというわけだ。
 さらにNorwegian Woodがマリファナの隠語だとか、歌詞の中のSo I lit a fire.が字義通りの「タバコに火をつけた」ではなくて「家に火を放った」さらに「家中が火を放ったように(幻覚が)見えた」というような、もはやサイケデリックというべき“ビートルズらしい”解釈がいろいろな人によってなされているが、こうした喧々囂々たるあれこれは、雲上のジョン・レノンの手のひらの上、思わずニヤリとほくそ笑むところであろう。すべては詩人の掌中なのである。

 次に「オブラディ・オブラダ」の件だが、この曲名の由来はちょっと不透明。曲そのものはジャマイカで生まれたレゲエにインスピレーションを受けているらしいのだが、タイトルはナイジェリアのヨルバ族の言葉に端を発しているとの噂もある(しかし、この説は否定されている)。
 特にサビの部分、“Ob-La-Di, Ob-La-Da Life goes on bra!”の最後の“bra!”が謎といえば謎で、前述の村上春樹のナニガシカにおいては“bra!”は「ブラジャー」のことを指し、「人生は山あり谷ありである」というまるで笑点の大喜利における小遊三師匠のネタのような意見すら出ていた。この味わい豊かなひねり具合に山田君に頼んで座布団などあげたいところだが、残念ながらこれは間違いなく誤りであろう。
 その、春樹なんちゃらには上らなかった意見だが、実は信憑性の高い説がひとつある。“bra!”という掛け声は、ジャマイカ人がピストルの発砲音としておよそポピュラーに表現する音だというのだ。英語でいう“bang!”といった程度のフレーズだったのである。

 それにしても「ユッスー・ンドゥール」という名前はいかにもアフリカ的で(ンドゥールはセネガル出身である)、名前がすでにシンコペートしていて面白い。ちなみに昔Jリーグのガンバ大阪にいたカメルーンのパトリック・エムボマも、正式には「ンボマ」である。さすがに日本人には発音しづらいという理由で「エムボマ」とされた。アクセント・イントネーションとは文化的ではなく、もっと肉体的・フィジカルに近いものだ。文物として頭で覚えて一朝一夕に駆使できるようなものではない。僕にしてからが、昔の記憶の中での会話というのは全て秋田弁だったという事実を忘れかけている。急に方言を話せと言われても、東京にいるこの場ですぐには出てこない。しかし秋田においてなら、少々アジャストのための時間はかかるものの話すことはできるだろう。只中にいることで誰しも自然となじんでゆく、空気とか水とかそういったものに近いという意味で、アクセントやイントネーションはつまり肉体的なのだ。
 
 
ちなみに、「村上朝日堂」ホームページ。
期間限定の再開らしいですが、懐かしいね。
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by shinobu_kaki | 2006-04-19 16:51 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

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