「龍−RON−」に見る、物語の終わらせ方。

土曜日は盛りだくさん。
午後からいつもの鍼を打ってもらいに世田谷へ。
暑い。すっかり夏の日差し。道に落ちる影が濃い。
針灸師の先生に「最近、運動不足でしょ?」と指摘される。
ジムは遠くなりにけり。川原を走るべし。

二子玉に移動、今日は髪を切る日。
するとにわかに夕立。スコールのようだ。
パニック映画のごとくに逃げまとう人々。薬局で安い傘を買う。
美容室。カット、カラー、マッサージシャンプー。
オプションをつけたり色々しても、
前に通っていた青山の店よりもずいぶん安い。
そして腕も良い。ヘアチェックもしてくれる(今回はやらなかった)。
とても良い店である。シャンプーでは少し寝てしまった。

二子玉の居酒屋で夕食、そして久しぶりに「珠玉」へ。
まったくの偶然なのだが、見知った顔が数人揃っていた。
うち一人は誕生日。久しぶりの「Happy Birthday」合唱。
音合わせから。懐かしい。昔はよくやったものだ。

で、ビッグコミックオリジナルを買った。「龍−RON−」最終回。
終戦に伴う満州国の消滅から、主人公達が秘宝とともに飛行機でチベットへ。
そこで終わった前回から、時は流れて2001年。
京都・祇園、事故で視力を失った89歳の小鈴が物語を締める。
広げた風呂敷が巨大すぎたために、ばたばたした感は否めないが、
きちんと物語を「終わらせた」ということで良い最終回だったと思う。

物語の終わらせ方というのは色々ある。
主人公がひたすら抱いていた目標をついに果たす、
主人公が死ぬ、主人公が熱い思いを抱いて出発せんと欲す、
などなどあるわけだが、この「龍−RON−」のように、
「○○年後の未来に舞台が移って、周辺人物の回想で主人公が語られる」
というのも終わらせ方のパターンの一つだ。
長期連載という「実時間」に対して、ぎゅっと凝縮された「物語内時間」を
最後にもってくることによって、アンカーとしてのバランスをとるのだ。
思えば、目標を果たしたり、死んだり、再出発したりというのは、
終わるための風格を携えた新しくも盛大なイベントなのであり、
最終回というただ1回の短い「実時間」において、
アンカーとなるべきふさわしさを持つために必要な「重さ」を持っている。
「○○年後の未来に舞台が移る」というのも、まさにこれである。
小さくても重さのある鉛玉をことりと置くように、
最終回は広げた風呂敷をたたんで、その上にそっと乗せる最後の石だ。
これが軽いと風呂敷がとっちらかってまとまらない。
必要な重さというのがあるのだ。

「龍−RON−」の連載15年はもちろん驚嘆すべき偉大なる長さなのだが、
それがちっとも特別じゃないところがビッグコミックオリジナルという
漫画雑誌の凄いところで、もっと長い連載作品がいくつもあって現役だ。
ちょっと長期連載の順に書き出してみる。

あぶさん(水島新司)1973年〜
浮浪雲(ジョージ秋山)1973年〜
三丁目の夕日(西岸良平)1974年〜
ヒゲとボイン(小島功)1974年〜
釣りバカ日誌(北見けんいち)1980年〜

恐ろしい雑誌である。ビッグコミックオリジナル。
漫画界には他にも「ゴルゴ13」(さいとうたかを)というモンスターも存在する。
実に、1968年からの連載である。

そういえばこのあいだ、「浮浪雲」の1巻を文庫で手に入れた。
今の浮浪はちょっとした完璧超人として描かれているが、
新連載当時はもっと人間臭い。キッタハッタもあるし、
女の子にもモテない、何しろひとり言が多くて逡巡したりしている。
しかし30年以上経っている。まあキャラの人格も変わろうというものだ。

ででーん。
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by shinobu_kaki | 2006-05-21 12:54 | shinoBOOKS | Trackback(1) | Comments(0)

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