アイデンティファイ

気づくとブログをたたんでいる人が多い。
久しぶりのブックマークからアクセスすると消えている、
という状態に出くわして寂しくなる。

ブログだけで認識していた人は、
ブログがなくなってしまうと目の前から消えたのも同じだ。
おそらく二度と会うことはない(かもしれない)。
まあ、「会」ってもいないので二度とも何もないのだが。

それでも、一度でもやりとりをしたことがある相手なら、
その人に対して何がしかのイメージは持つことになる。
得たイメージが更新されることがなくなるから、「寂しい」と感じる。

「自分」にとって「他人」とは、
ある意味自分の中のイメージである、という言い方もできる。
もちろん相手は実体としてそこにいるのだが、
存在している実体を自分の中に保存することはできない。
だからスキャンして、イメージ化する必要があるのだ。

そしてそのイメージ化の段階で、
各人の傾向に沿って(無意識に、あるいは作為的に)変換が行われる。
当然それは人によって全部違う。
それぞれのスキャナーの性能や設定によって、
画像データの精度や色が変わるように、違う。

例えば一人の人間がいる。
とある人の前での彼の振る舞いと、
別の人の前での彼の振る舞いが違ったとする。
そうするとそれは、ほとんど別人のイメージとして、
対した人によるスキャンがそれぞれ行われることになる。
誰の前でもまったく同じ温度や態度という人というのはありえないから、
こういうケースは逆に当たり前とも言える。
「誰かの前の自分と、また違う人の前の自分はそれぞれ違う人間」
という人もいる。これはひとつの真理かもしれない。

それでも、一人の人間が行うこととしての確かなバイアスがあるため、
トータルではほぼアンデンティファイ(同一化)される。
何とか一人の人間として他人の中で認識されるのである。
だがそれは非常に危うく、不確かなものだ。

だから常に確認が必要になる。
例えば今日いきなり、自分の知っている人全員から、
「あなたなんか知らない」と言われたら誰でも発狂する、という話がある。
鏡に自分の姿が映らなかったとしたら…、
これは確かに恐ろしい。

動かない、というのは生きていないということに非常に近い。
仕事でも遊びでも歩くことでもしゃべるでも何でもいいから、
動いてその軌跡を残し、他人に映ったイメージを日々更新する、
大げさではなく、生きるというのは結局そういうことではないかと思う。
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Commented by colorcube at 2006-06-20 13:06
わたくしほそぼそと生きながらえております・・・
テーマを持つと言うかそれが変化してもその変化そのものが生きている証なんだよねえ。これがおもしろいw
Commented by shinobu_kaki at 2006-06-20 13:12
>いしし

テーマって変わりますよね。
飽きちゃうしね。

私もなんとか生きております…。
ブログって要は「生存報告」なのかもね。
基本的に。今思ったけど。
by shinobu_kaki | 2006-06-20 11:31 | ライフ イズ | Trackback | Comments(2)

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