「幕末の天皇」について。

Q‥幕末維新というと、いままでは天皇のことは
   ほとんど話題になっていませんね。


A‥日本人は信長・秀吉・家康の話をしていれば
   日本を語っているつもりになっているようなところがあるけれど、
   その3人に匹敵するのが、藤田さんが指摘した
   幕末の光格天皇・孝明天皇・明治天皇なんです。
   よく「織田がこね、豊臣がつきし天下餅、食うは徳川」と戯れに言いますが、
   それに準(なぞら)えれば、光格が王権の復活を宣言し、
   孫の孝明がそれを王政復古のお餅にしたところを、
   すべて明治がパクッと食べたということになる。

Q‥光格天皇ってそんなにすごかったんですか。

A‥安土桃山でも最初の信長に
   すべての権力の形の実験が試みられていたように、
   幕末においても光格が「天皇は日本国の君主である」
   という神武以来の皇統を強く意識して、
   それまでまったく鳴かず飛ばずだった
   天皇の地位を引き上げたんですね。
   そんな天皇は江戸時代を通して初めてです。
   そこへ黒船が来て、次の孝明天皇が
   頑固なまでに日米通商条約に反対し、
   鎖国攘夷を主張しつづけた。この二人の天皇が
   尊王攘夷の民族意識のエネルギーを
   吸収していったんだとおもいます。
   天皇が僅かな期間だけれど国王型のカリスマになっていったから、
   薩長土肥も水戸も「王政」ということを
   現実化できると考えたんじゃないかとおもいます。

Q‥天皇には王政復古の意志はなかったんですか。

A‥ぼくはなかったとおもいます。


Q‥江戸時代の日本人は天皇を天皇と呼んでいないんですか。

A‥呼んでません。みんな「主上」とか「禁裏」と呼んでいた。

Q‥光格天皇は? 

A‥ちょっと話がややこしくなりますが、実は「光格」は諡(おくりな)で、
   生前は「兼仁」(かねひと=けんにん)というのが正式名です。
   いま、われわれが「光格天皇」という呼称をつかうのは
   死後の諡号によっている。
   おまけに「天皇」という称号もめったにつかわないのですから、
   そのことをいまから話しますが、当時の状況を理解するには、
   今日の常識からは判断しにくいんですね。
   しかも当時の状況も光格天皇の称号については
   異例なことがおこったんです。

Q‥うーん、ややこしいですね。どうもよくわからない。

A‥まず歴史の話からしますが、そもそも日本の天皇は
   生前も死後もめったに「天皇」とは呼ばれていない。
   江戸時代の公家目録のようなものに
   『雲上明覧』というリストがあるんですが、
   そこでは第62代の「村上天皇」から第119代の「光格天皇」まで、
   ずっと「天皇」とは書かれていない。

Q‥えっ、ではどのように称していたんですか。

A‥すべて「院」と書いてある。
   治天の君になって院政をした上皇だから「院」なのではなくて、
   すべて一条院とか花園院とか後水尾院というふうになってるんです。
   つまり天皇は長らく「なんとか院」というふうに呼ばれていたし、
   そう記録されてきた。
   だいたい歴代天皇を「天皇」で通してあらわすようになったのは
   大正14年に政府が決めてからのことなんです。
   それまでは大半が「院」です。
   ということは、光格も死後は「兼仁院」というふうになるのが
   予定通りだったんですが、そこで朝廷の側近たちが考えた。
   わが主上は践祚以来、故典旧儀を興復せられ、
   公事(くじ)の再興にも力を尽くされ、御在位三十有余年、
   古代にも稀な業績を残されたのだから、
   新たに諡号を贈るだけではなくて「天皇」とお呼びしよう、
   というふうになったんです。
   そこで「光格」と「天皇」という二つの新しい称号を贈って、くっつけた。
   そして幕府に申し出た。幕府も閑院宮のような父君のことではないし、
   偉大な光格天皇だったからというので、ついつい認めた。

Q・・幕府が折れた?

A・・うっかりね。しかし、これは880年代に在位していた
   第58代の「光孝天皇」以来のことで、
   いわば千年ぶりに復活したことだったんです。
   幕府はそこまで読み切っていなかったんでしょう。
   以来、歴史においても歴代天皇として光格を呼ぶときは
   兼仁ではなく光格天皇というふうに呼ぶようになっているわけですね。

Q‥なるほど。そういうことですか。
   それにしてもそんな異例のことが、よくすんなり決まりましたね。


A‥いや、容易ではなかったようで、いろいろ悶着はあったようですが、
   このころは公家や朝廷にも力がついてきたということでしょう。
   それになんといっても光格天皇のことはだれも文句がいえない。
   「日本という原型」に情熱を注いだわけですからね。
   ともかくも、こうして天皇家は、古代天皇さながらの
   「天皇」号の本来を光格天皇によって取り戻したということです。

Q‥これは意外でしたね。そうですか、
   近世の天皇号はやっと光格天皇からですか。
   いまの日本はそれを踏襲しているわけですか。


A‥いまは「元号+天皇」ですね。それが始まるのは明治からで、
   当時は「諡号+天皇」です。でも、まだ4代目の段階ですね。
   昭和天皇が第124代ですから。


松岡正剛の千夜千冊「幕末の天皇」(藤田覚・著)レビューから。
サイト内にもあるように、学校ではこういう話は教えない。
だからこそエキサイティングで、とても面白く読んだ。
タブーの話はいつでも興味深いが、特に日本における天皇はとりわけ面白い。
きわどい話題だからこそ、というのはあるよね。
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Commented at 2006-07-12 21:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by shinobu_kaki at 2006-07-13 10:41
>鍵さん

おや、健康には気をつけましょう。
復活を待ちます。
Commented by ユウイチロー at 2006-07-13 23:40 x
天皇の話題って確かにタブーって感じですよね。だからこそ面白いというか。
Commented by shinobu_kaki at 2006-07-14 07:14
>ユウイチローさん

こないだの吉本の芸人が空から降りちゃったやつも、
大変だったみたいだし…。
by shinobu_kaki | 2006-07-12 20:34 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(4)

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