グレン・グールドとカナダ人。

 グールドは6月なのにオーバーを着込んでマフラーで首を覆い、帽子をかぶって手袋をしてスタジオにやってきた。さらに数枚のセーターが鞄につめてある。おまけに何枚ものタオルと大瓶のミネラルウォーター2本と錠剤入りの小瓶5本を持参した。
 ピアノに向かう前にグールドがしたことはもっと異様だった。まず洗面所にこもって両手をお湯に20分にわたって浸けた。その手を何度もタオルで拭きしだく。それから何やら声を出す。
 ピアノの前にはすでに、グールド持参の指定の椅子が用意されていた。あの有名な低すぎる椅子である。床上35.6センチ。父親がわが子のために作った椅子だ。グールドはそこに坐り、それから声を出し、そうかとおもうと歩きまわり、そのまま録音室から外に出ていって、スタッフがやきもきしているなかを、首を激しく振りながら戻ってきた。そしてまったく何の前触れも合図もなく、突然に体がピアノになっていったのだ。
 録音室の全員が、グールドの手首が鍵盤より下にありながら、まるで飛魚のように鍵盤を動かしていくのを見て、茫然とした。
 もはや誰もが何も信じられなくなったのだが、レコードは爆発的に売れた。ミネラルウォーターはグールドがニューヨークの水を信用していなかったせいだった。

 2年後、レナード・バーンスタインがニューヨーク・フィルのベートーヴェン『ピアノ協奏曲第2番』にグールドをピアニストとして招いたときも、まったく同じことが再現された。
 カーネギーホールにグールドが到着したのは、出番の2分前。やはり毛皮のコートの下に服を二重に着込んで、その下にセーターを着ていた。バーンスタインはさすがに驚いた。グールドはセーターのまま舞台に出るつもりだったので、バーンスタインはなんとかそれだけをやめさせた。
 バーンスタインがもっと驚いたのは、グールドが体を斜めにしたまま第1楽章を弾きはじめたことだ。聴衆は誰もグールドの顔を確認できないまま息を呑んでいた。第2楽章、今度はグールドは口をいっぱいにあけ、目を天井に向けた。最終楽章ではついにふんぞりかえり、椅子から落ちそうになって弾きまくった。その恰好では絶対に鍵盤が見えるはずがない。
 この演奏は、ニューヨーク・フィルのメンバー全員を絶賛させたが、聴衆にはピアニストがピアノになるにはどんなことも許されていいのかという疑問をもたらした。けれどもグールドは、このあともこの姿勢を一度も変更しなかった。
 のちにバーンスタインが語っている。「グールドには、彼がピアノになるための環境をつくることが演奏の開始だったんです」。
 グールドの演奏ぶりはフィルムとビデオに残っている。これが見られるのは、至福に近いものがある。ぼくも何度も何度もグールドのピアノ演奏のフィルムや白黒時代のドキュメンタリーを見てきた。
 1966年にユーディ・メニューインと競演している映像はとくに忘れられないものとなった。そこではグールドは顎を使って自分の手や指に合図を出し、喉をたえず動かして唇を鼓舞し、空いたほうの手を空中に文字を綴るように動かしていた。
 いや、ありとあらゆる体の部分が動いていたといったほうがいいのだろう。全身を動かしているのではない。体の個別の部位がそれぞれアーティキュレーションを担当して、演奏音楽そのものになっていくわけなのだ。


松岡正剛の千夜千冊


以前これを読んで、改めてグールドのDVDを買いに行ったナ…
ちなみにグールドはカナダ人。
カナダ出身の有名人って誰がいたっけ?と調べてみた。

マイク・マイヤーズ 、ジム・キャリー 、マイケル・J・フォックス、
ダン・エイクロイド 、ニール・ヤング、アラニス・モリセット 、セリーヌ・ディオン、
…このへんがカナダ出身だった。

カナダ人については「サウスパーク」で辛らつなジョークの対象になってた。
あれは、とある笑い芸人が元になってアメリカとカナダが戦争をする話。
「カナダ人はみんな点みたいな目をしている」
「カナダなんていんちきだ」とか、ひどい言われようだった。

今はむしろ、アメリカのが悪役かな…。
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Commented by ユウイチロー at 2006-07-21 23:21 x
カナダ出身ではないが、カナダの有名人というとベン・ジョンソンを思い出します。
カナダってなんか不思議な国ですね。存在感が薄いというか。
アメリカみたいなアメリカじゃない国というか。
Commented by mk-happyman at 2006-07-22 12:00
グレン・グルード。
超絶技巧なピアニストという印象しかなかったですが、そんな情念のピアニストだったんですねー。
ちょっとそのDVDに興味アリです。
Commented by shinobu_kaki at 2006-07-23 10:19
>ユウイチローさん

僕らの世代だと熱いとこですよね、ベン・ジョンソン。
そしてカール・ルイス。

やっぱりジョークで、
「アメリカから○○を抜くとカナダになる」
っていうのがあったような…○○は失念。残念。
Commented by shinobu_kaki at 2006-07-23 10:20
>mkさん

正直僕も「プレイヤー」の印象でした。知る前は。
著述するようなタイプの人だったとは、と。
by shinobu_kaki | 2006-07-21 17:51 | エウレーカ! | Trackback | Comments(4)

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