ライド ライド ライド

 こんな話がある。
 世界一周の旅に出て二ヶ月ぐらいが過ぎた頃、チベットにいた。海抜4,500メートル、世界の屋根をヒッチハイクで抜けようとしていた。だが、見渡す荒野に私を乗せる車はなかった。非常食を持たない無知な私は、体を縮めて夜の寒さに耐えていた。満天の星の中に私の星があるのなら、その星の運命はあとわずかに思われた。とにかく願いはただひとつ、朝が早く来ますようにと祈っていた。太陽が昇れば凍死はないだろうと。
 そして、明け方にこんな夢を見た。人は死が近づくと走馬灯を見るという。今まで生きてきた中での出来事が一遍に蘇るというあれだ。薄い空気でさえ張りつめる朝の寒さに耐えながら見た夢は、まさに走馬灯のようだった。今まで28年間生きてきて、恋し愛した女たちがすべて走り抜けた。冷たかった女、優しかった女、目の大きい女、髪の長い女、足の短い女、別の男を好きになった女、金を貸してくれた女。もう忘れてしまったすべての女たちがぱっと蘇り、すぐに走り消えた。
 目覚めると、涙が出ていた。もうすぐ朝になろうとしていた。今日こそ車を止めないとやばいなと思った。私はチベットの荒野に大の字になり、寒さに耐え、女の思い出にしみったれてはいたが、天を突く愛と情熱の怒号、朝立ちを忘れてはいなかった。
 旅をしよう。出来るだけ多くの女を知ろう。

(藤代冥砂「ライドライドライド」より/スイッチ・パブリッシング)


吉本ばななをして「こんな文章を書きたい」と言わしめた、
カメラマン・藤代冥砂のテキストが凄く好きだったりする。

数年前の「SWITCH」に特集で載っていた、
「ゴールデン」という詩もとても良かった。
ネットには落ちてない。
バックナンバーを買おうかとも思テル。
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by shinobu_kaki | 2004-06-08 09:17 | エウレーカ! | Trackback | Comments(0)

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