孤独について。

人間死ぬ時はみな独りだ、などとよく言われる。
「死ぬ」というのは非常に個人的な作業であることを思えば、
その言葉は真実だ。

では、生まれる時はどうか?
生まれた時に赤ちゃんが孤独であったなら、
たちまち生きてはいけないだろう。
「体外胎児」とも言われる赤ちゃんは、
少なくとも数年のあいだ、誰かの世話にならなければ生きては行けない。
生まれた時に孤独ではなかったからこそ、我々はいま生きている。
もともとは、誰もが孤独ではなかったのである。

「死ぬ時はみな独り」という言葉は一般的に、
「いま寂しくてもみんなそういうもんなんだから落ち込んじゃいけないよ」
といったエールの意味で使われることが多い。
または自分への慰めだ。

孤独であることとは、同時にしがらみから解放されるということで、
そういった意味では楽である。
しかし管理から逃れて自由になると面倒くささが増すように、
孤独でいるためには「強さ」が必要で、それはセットになっている。
「寂しさ」というのは人間の感情の中で、もっとも厄介なものの一つだ。
「怒り」よりも多分、タチが悪い。それに耐えるのはなかなか難しい。
「寂しさ」とは言わば穴のようなものだから何かで埋めなければいけない。
埋める何かが見つからなければ「寂しさ」からはなかなか解放されない。

ところで「孤独」に一見似た言葉で「孤高」というのがあるが、
これは主に褒め言葉に近い意味で使われることが多い。
そして自分のことを「孤高」と言う人はいない。
あくまで外から見た、他人を形容する言葉である。
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by shinobu_kaki | 2006-08-10 08:43 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

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