周辺の幸福論。

いわゆる「幸せ」の定義については色々あるが、
ひとつだけ確かなことがある。
それは「自分の周りの人が幸せでなければ、自分は幸せではない」
ということだ。一意見ではない。これは真理だ。

結局、人間の豊かさというのはその周辺に帰属する。
つまり「自分」というものは実はそもそもなくて、
自分をかたちづくるあらゆる要素の総体が言わば「自分」なのだ。
その周辺要素には当然人間関係が含まれる。
というか、むしろそれが、メインだ。

自分自身では、自分そのものは見えない。
例えば誰かに対しての発言、何か起こった時の自分の対応、
そういった影のような、プリズムのような映された部分にこそ自分がある。
その時、光源となるのはいつも他人や、周りの事象だ。
何かがあって、それに対する意見であるとか行動であるとかに、
自分の、その人の「個性」がある(「個性」とはつまり「差異」だ)。

だから、自分が幸せで豊かであるためには、
自分の周りの人間が幸せで豊かである必要がある。
周りに不幸があって、それに比例して自分の幸せを認識するという心象は、
すでにその時点で豊かな精神性とは言えない。
例えば笑顔は人に向けてするものだが、
その笑顔は同時に自分に向けられてもいる。笑顔は肯定のサインだ。
自分も周辺もまとめて肯定し祝福できる気持ちのありようならば、
その人は幸せであると、とりあえず言えると思う。

他人は鏡だ、とよく言われる。
例えば自分が周りにいらだつような状態である時、
それは実は自分にいらだっている、というようなレトリックだ。
人々が奇妙に見えるとき、それは自分が奇妙なのだ、
とジム・モリスンも歌っている。つまり表裏一体なのだ。

自分を鮮やかに見せたいなら、鏡を磨くとよいのだろう。
すべては周辺にある。
「自分」などというものは、実は空洞なのである。


そういえば話は変わるけど、
「とんかつブログ」でググると、当ブログが1ページ目に表示されます。
まったく、ウチはとんかつブログじゃないって言ってんのに。
ですが、この上記エントリの理屈で行くと、
僕がいくら否定したとて周りが「とんかつブログ」と呼んだなら、
その時点でKHAKIDAYSは「とんかつブログ」だということになります。ぶう。
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Tracked from 解放への幻想 at 2006-11-05 19:38
タイトル : LaRondeLunaire
今日は美しい満月で。卯年ですがウサギ男ではありません。""death"onyhasmeaningtothoseleftbehind,*snip*then,"life"onlyhasmeaningtothoseliving."「死というものは残された者達にとっては意味があるんだな(中略)逆に生というのは生きている本人にだけ意味があるんだ...... more
Tracked from ユウイチロー日記 at 2006-11-07 01:10
タイトル : とんかつブログ論。
いわゆる「とんかつ」の定義については色々あるが、 ひとつだけ確かなことがある。 それは「豚肉に衣を付けて揚げたものでなければ、とんかつではない」 ということだ。一意見ではない。これは真理だ。 結局... more
Commented by マノロ at 2006-11-06 12:30 x
新事実発見ですね!
まさか自分のブログが上位に来てると思わなかったでしょ?(笑)

他人は自分を映す鏡。
なんだか、なるほどです。
Commented by shinobu_kaki at 2006-11-06 14:31
>マノロさん

しかもコメント欄のワードがヒットしているような…おかげさまで。
とんかつとんかつ。とんかつDAYS。
by shinobu_kaki | 2006-11-04 23:24 | 言葉は踊る。 | Trackback(2) | Comments(2)

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