2006年 12月 29日
伊坂幸太郎「アヒルと鴨のコインロッカー」
目を見開くような、頭を心地よく叩かれたような、
そんなディライトな瞬間をもたらす小説は良い小説だと思う。
伊坂幸太郎「アヒルと鴨のコインロッカー」は、まさにそんな一作だ。
二つの物語が交互に進んでいくカットバックのような形式、
村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」に見られるあれだ。
ここでは「現在」の物語と「2年前」の物語が交互に語られる。
2つの物語が溶け合い絡みだしてクライマックへとなだれ込む様は圧巻、
さらに伊坂幸太郎に用意されたある「仕掛け」によって、
あなたは気持ちの良い裏切りを感じることになるだろう。
おおっ、なるほど、そうだったんだ…。
それにしても伊坂幸太郎はアイデアのある小説を書く人である。
僕はミステリをもともと読まないので、全てがとても新鮮に感じる。
随所に伏線をちりばめて、それらを次々に「消化」していく。
そういう意味で、読み終わった後にはさっぱりと何も残らない。
例えば村上春樹の文章は個人的な手紙を読むような独特のリズムがあって、
その語り口に浸ること自体が読む楽しみとして機能する作家である。
伊坂幸太郎の文章そのものは特別なものとしては機能しない。
文章はアイデアを伝える、物語を読み進ませるためのツールと思わせる。
読んだ人に何かを残し、心情的変化をもたらすものが文学だとすれば、
伊坂作品は文学にあらず、しかしまぎれもない良質なエンターテイメントだ。
アイデアといえばもう一つ、僕がこの人の作品で気に入っていることがある。
それは、ある作品の登場人物が別の作品にも出てくる、というもので、
伊坂作品の世界は繋がっている、リンクしあっていると言えるのだ。
手塚治虫の作品に顕著なのだが「スターシステム」という方法がある。
漫画の登場人物を俳優(スター)のように扱うやり方で、
いろいろな作品に、同じキャラクターが名前を変えて登場し活躍するというもの。
ややもすると作者の自己満足に留まってしまうかもしれないが、
読者としては、その作者の世界に対してより一層の親近感を抱くことができる。
伊坂幸太郎の作品世界のつながりは、このスターシステムを連想させる。
彼の作品を読むにあたって、新たな楽しみが生まれるのである。
「アヒルと鴨のコインロッカー」を読み終わったばかりだが、
すぐに2回目を読みだした。僕にしては珍しいことだ。
しかし、先に書いた「仕掛け」を知ってからはもう一度読まずにはいられない。
読み終えていたはずのエピソードの全てが、違う角度でもって立ち上がってくる。
思考の死角を突かれた感じ。オセロのように視点ががらりと変わる。
スティング。してやられた。そんな心地よい裏切りの味わえる良作である。
「WEB本の雑誌」によるレビュー集