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「さらばわが愛〜覇王別姫〜」

「張國栄は蝶衣になってしまった」

張國栄(レスリー・チャン)が自死したというニュースを聞き、
映画監督である陳凱歌(チェン・カイコー)が言ったとされるコメント。
蝶衣、とは劇中でレスリー・チャン演じる京劇の女形で、
蝶衣は自ら演じる虞美人をなぞるような最期を迎えるのだが、
ストーリーの説明については控える。ともかく必見の映画。

僕はその時21歳で、東京で一人暮らしを始めてから1年が経っていた。
もともと東京には知り合いが皆無と言っていい状態だったので、
休みの日は一人でぶらぶらと過ごすことが多かった。
映画もそんなひまつぶし的娯楽のひとつで、
映画館で観る事もあれば、時にはレンタルビデオを借りて来て一人で観た。

ある夜、眠れなくなった。時計は午前の1時半を差している。
今なら夜は泥のように眠ってしまう僕なのだが、
当時は眠れない夜というのが多々あった。その夜もそうだった。
次の日の朝が仕事で早ければ無理にでも寝る努力をするのだが、
幸い次の日は日曜で、そんな必要も心配も無かった。

「河川敷が気持ちいい」という理由だけで二子玉に住んでいた僕の、
家から歩いて3分ほどの場所にレンタルビデオ屋があった。
営業時間は2時まで。まだ間に合うと、着替えて家を出た。
深夜の閉店間際の静かなビデオ屋。人はレジのバイトだけだ。
僕はどれを借りようか迷い、なぜそれを選んだのかは忘れてしまったのだが、
「覇王別姫」を眠れぬ夜のお供に決めたのだった。
しかし部屋に戻り、ラベルを見て3時間の大作ということに気付いた。
思ったより長いが、まあいい。明日は昼過ぎまで寝ていられるのだ。
電気を消し、25インチのテレビを映画館のスクリーンに見立て、
2時から5時までの3時間、僕はその映画に釘付けになっていた。

もともと「史実と絡めた映画」に弱い傾向がある。
イギリスの対アラブ外交を背景にした「アラビアのロレンス」が好きだし、
「プラハの春」に翻弄された男女を描いた「存在の耐えられない軽さ」もいい。
最近で言えば、「グッバイ、レーニン!」は大ヒットだった。
好きなだけに、辛口になる部分もある。
例えば「ラストエンペラー」はとても美しくて面白い映画だったが、
会話が英語だし、いかにもヨーロッパ人の見た中国の歴史、といった趣で、
元来ヨーロッパなどより歴史の古い中国の頽廃と、
(巨大な砂の城を作っては崩しを繰り返したような国だ、)
そこからくる華麗さと洗練の部分が無かったように思った。

ラストまでひっぱられ、エンディングまで圧倒される映画というのは
僕の場合そんなにない。
今回とは違った意味で「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は圧倒されたし、
「ニュー・シネマ・パラダイス」はラストにハラハラとしたカタルシスが訪れた。
しかし読後感ならぬ「観後感」で言うならば、この「覇王別姫」が圧倒的だった。
一夜にしてこの作品は、僕にとって特別な映画になってしまった。

観た時間帯があまりにディープだったからかも知れない。
21歳の感受性がその夜だけ、あまりに無防備な状態であっただけかも知れない。
だが、なぜこの映画を観ようと思ったのかがどうしても思い出せないところも含めて、
今まで観た映画の中でのベストをと言われれば、僕はいまだにこの一本なのである。

陳凱歌はその後「始皇帝暗殺」「北京ヴァイオリン」など、
美しい映像の映画を何本か撮ってはいるが、どれも「覇王〜」を超えてはいないと思う。
そういった意味でも奇跡のような映画と言える。
さらにレスリーの死のエピソードが、
映画の完璧さに伝説を付与する形となったのだった。
たとえそれが、意図せぬ事であったとしても。


あなたは今まで観た映画の中で、
ベストの一本をと言われれば何を挙げるでしょうか?
by shinobu_kaki | 2004-06-25 02:18 | 人生は映画とともに

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