ドラえもんを作ったのは、

ドラえもんを作ったのは、
実はキテレツくんこと木手英一氏だったらしい


キテレツくんが大きくなって死ぬ前に設計図を完成させていたらしい

キテレツくんは10代半ばにしてドラえもんのプロトタイプ計画の
約80%を完成させていたらしい

30代半ばに最終理論を完成させたらしい

その後結婚したらしい

その設計図は21世紀末に何故かホテルつづれ屋から発掘されたらしい

ドラえもんのプロトタイプを完成させた後は
こまごまとした物を作る程度だったらしい

新たな発明研究は息子には托すこともなかったらしい

晩年、キテレツくんは奇天烈大百科を新しく書き直すことに費したらしい

新奇天烈大百科は22世紀辺りには世の常識的技術となり、
大百科そのものが重要視されることはなくなったらしい

ドラえもんの道具のプロトタイプはほとんどが
旧奇天烈大百科に掲載されている物らしい

キテレツくんの最大の功績はドラえもんのプロトタイプの設計らしい

コロ助はドラえもんのプロトタイプのプロトタイプらしい

よってドラえもんはある意味武士らしい

コロ助はバージョンアップを繰り返しキテレツくんの死後も
木手家で稼働し続けていたらしい

ドラえもんの汎用球型マニュピレータは
コロ助タイプとほとんど同じらしい、ある意味エポック社

コロッケが好きなコロ助だが、その大好物機能も
どら焼き大好き行動からわかるようにちゃっかり継承しているらしい

大好物機能があることによって
エネルギー供給欲が強力に実装されているらしい

お気に入りのエネルギー供給所探査機能、
つまりお気に入りのお店もちゃんと決めるらしい

コロ助の刀は危ないので道具・ウェポン類は
後に発明された四次元ポケットに収納されることになったらしい

探せばコロ助の刀も四次元ポケットに入ってるらしい

野比家にドラえもんがやってきた理由は諸説あるが、
本当は大体漫画版ドラえもんでドラえもんが語ってる通りらしい

のび太の眼鏡にはドラえもんの心情回路をくすぐる何かがあるらしい

木手家と野比家は所在地が近いだけで特に濃い血縁関係はないらしい



というネタですが、なかなか楽しいです。
違う作品どうしがリンクするのは伊坂幸太郎が好んでよく使う技法。
「ホテルつづれ屋」とは、あの「21エモン」の実家ですね。
藤子・F・不二雄氏いわく、「21エモン」はかなりの意欲作だったそうですが、
作者の思い入れに反してそれほど人気はなかったようです。
そもそも「未来の日常」的な設定が、淡々としてしまった原因かもしれません。
「ドラえもん」や「オバケのQ太郎」だって、
「日常の中に紛れ込んだ非日常」という設定が良かったわけだしね。
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by shinobu_kaki | 2007-06-06 09:27 | エウレーカ! | Trackback | Comments(0)

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