【ネタバレあり】三田紀房「ドラゴン桜」二人の意味

週刊モーニング連載の「ドラゴン桜」が来週で完結である。
2003年からスタート、実に単行本は20巻ほどを数える長期連載。
この物語は、三流弁護士の桜木が自分の業績を上げるため、
ろくに勉強などしていなかった落ちこぼれ2人、
すなわち水野という女生徒と矢島という男子生徒にノウハウを叩き込み、
彼らを東大に合格させることで破産寸前の龍山高校を立て直す!
…というストーリーだったはずなのだが、
いつのまにか「東大受験ノウハウ漫画」に路線変更していた。
そしてこの「教えてやる、東大は簡単だ!」路線が大当たりし、
「ドラゴン桜」はかなりの話題作としての地位をものにした。
阿部寛の主演でドラマ化もされている。


最終回の1話前となった今週号は良かった。

静かに降る雨の中、東大合格発表を見に行く水野と矢島。
一緒に行こうかという親の申し出を断り、
それぞれ発表には自分一人だけで行くという。
それには桜木のアドバイスがあった。

「喜びも悲しみも一人で噛み締めさせる…
一人で現実と立ち向かって乗り越える日、それが今日なんだ
これから先あいつらは人生で何度も厳しい場面に直面するだろう…
そんな時最終的に頼りになるのは結局自分一人…
それを今身をもって経験させるんだ」

小雨降る東大の門をくぐり、合格発表の掲示板の前。
まさに悲喜交々、歓喜するもの、胴上げするもの、
静かに悲しみに打ちひしがれるもの。
水野は両手を合わせ、祈るようにして自分の番号を探す。
Aの42362…Aの42362…

あった。

受験票を何度も見直す。間違いない。合格だ。
1年間の血のにじむ苦労が報われた瞬間。
本人には会わないようにしながら番号を確認しに来ていた女教師が、
水野の番号を確認、興奮の面持ちで桜木に電話で知らせようと携帯を取り出す。
はっ、矢島君は?矢島君の番号は?ある?

「はい…そうか、わかった」
桜木に電話がかかってきた。

「どうだったの?」
職員室の教師たちが固唾をのんでいる。

「ん…」
桜木の反応はクールでよくわからない。

ふたたび場面は東大。
一人で確認して、一人で帰れ。桜木の教え通りに帰ろうとする水野。

「直美!」
ふと、声をかけられる。矢島だった。
ここの矢島の表情がすばらしい。この表情がすべてを表現している。
自分が落ちたつらさを押し殺し、しかし隠しきれず、
それでも合格した同胞・水野をせいいっぱい祝福しているという表情。
三田紀房はデッサンが狂ってるだの人物の髪型がおかしいだの言われるが、
いや実際にデッサンは狂ってるし人物の髪型がおかしいのだが、
伝達記号である漫画の絵としてこのコマはすばらしいのである。

「やったな…」
「勇介…」
「おめでとう」

泣き出す水野。矢島の胸をグーで叩く。

「何だよ、俺は…別にどってことないって」

雨が強くなった。
傘もささずに泣き続ける水野に、矢島は自分の傘をさしてやる。
1年前までただの不良高校生だった矢島の成長である。


読者の人気に寄り添った「一種の受験ノウハウ漫画」だった本作だが、
(まあ実際どれだけ実用的かどうかは置いといて)、
物語のフィナーレを迎えるにあたって、美しくまとまりそうではある。
多くの人が水野の合格、矢島の不合格を予想していたようだが、
実にそのとおりになった。
水野の家は水商売をしており、そんな母親を水野は嫌悪していた。
対して矢島は裕福な家庭の三男坊であり不良となっていたのもその甘えからだ。
水野が落ちて矢島が受かってしまっては、幸不幸のバランスがとれない、
そう思われたのかもしれない。実際僕も、矢島が落ちると思っていた。
二人ともが落ちてはこの漫画の受験ノウハウが嘘ということになるし、
二人ともが受かっては、「受験失敗」というドラマの一方が無くなってしまう。
せっかく二人いるのだから合格と不合格の両方を見せたいではないか。
そう、この物語は受験生が二人だったところがそもそもの伏線だったのである。
一人だけだともう合格しかありえない。二人だからこそ明と暗が映し合えるのだ。

来週の最終話だが、
タイトルにもなっている「ドラゴン桜」が登場するのは間違いない。
というか、この桜は物語の冒頭で出てきただけで忘れられている(笑)
すっかり物語からは退場していたのだが、「ドラゴン桜」とは、
龍山高校の校庭にある桜で、生徒の東大合格のための、
さらに龍山高校の立て直しと桜木自身の「大物弁護士への野心」のための、
(そういう設定もありましたね)、言わば「誓いの木」だったのである。

かなりの話題となった「ドラゴン桜」、人気に媚びすぎた部分はあるけれど、
メジャー商業誌の作品として大成功だったと言えるんでしょうね。
それにしても三田紀房は絵が上手くならないね。
本人も言っているけど、絵そのものにあまり執着がないとこうなる。
もうベテランの域と言える年齢ということもありますけど。
ただそういう割り切りのスタンスは僕も嫌いじゃないんですよね、実は。
今回の話なんかを読んでいると本当にそう思うなあ。
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Commented by こーさく at 2007-06-22 12:02 x
僕も読みました。よかった。
尺の長い漫画で今回の矢島みたいな
成長を描かれると否応ナシにグッと来ますね。

三田紀房はレール通りに物語を完結できる
希有な漫画家なんだと思う。
誠実ですよね。絵はやっぱり下手だけど。
Commented by shinobu_kaki at 2007-06-22 20:46
>こーさく

「クロカン」も「甲子園へ行こう!」もそうなんだけど、
長くはなってもちゃんとふさわしいフィナーレを用意できるというか、
なんだかんだとそれほどグダグダにならずに終わらせている、
そんな印象があるんだよね。
なんだかんだと戦略的にこしらえているからということかな。
作品に対して確かに誠実なのかもね。絵は下手だけど。
Commented by HIRA at 2007-06-25 01:52 x
確かに予想してました。もう10巻から読んでないのですぐにダッシュして借りてでも読まなきゃですw
Commented by shinobu_kaki at 2007-06-25 22:07
>HIRAさん

でもさ、いいのってホントにこの話だけで、
それまでの話はひたすらノウハウ漫画っぽい感じでどうかと思ったよね。
でも、もともと見せ方は作家さんではあると思うんだよね。
「クロカン」とかも良かったしさ。ただ、絵は下手だけど。
by shinobu_kaki | 2007-06-22 09:15 | エウレーカ! | Trackback | Comments(4)

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