「のび太の恐竜」

前にも書いたが僕の実家はけっこうな田舎で、それは風景画を描くと緑の絵の具だけがどんどん無くなる感じと書くと分かってもらえるだろうか。家の近くには文化的な施設は皆無で、本屋もなく、そんなわけでもちろん映画館もなかった。そこに住む人たちがなにを思ってか映画を観たいと言い出したなら、車を30分ほど走らせて近隣でただ一ケ所のさびれた映画館まではるばる足を運び、東京の封切りからおそらく数カ月は遅れた選択の余地のない2本立ての映画を、すえた匂いのするシートに座って観るほかはなかった。もっと新しい映画が観たければ、今度は車で1時間半はかかる県庁所在地まで行かねばならなかった。

そういった貧弱な文化環境に生を受けた僕は、近所のタバコ屋の店先に置いてある数少ない漫画や雑誌を買っては何度も読み、家に置いてある誰が買ったともしれない外国の絵本を寝る前に穴があくほど眺め、それでも飽き足らず自分でノートにくだらない漫画を描いたりしていた。小さな僕は物語に飢えていた。

その頃の僕はその年代の子供がそうであるようにドラえもんが大好きで、毎月コロコロコミックや単行本を買いあさったり、やはり自分でドラえもんの似顔絵をノートに描いて友達にあげたりしていた。そんなドラえもんが長篇映画になると聞いた僕は、普段行かない映画館に連れて行ってほしいと親にせがんだ。僕は母親が連れて行ってくれるものだと思ったのだが(その頃まだ母は家を飛び出していなかった)、彼女の都合が悪く映画館へは父親が同行することになった。自営業を営む父は非常に無口な人だったが、夜になると酒を飲んで母親や祖母たちと派手な喧嘩を始めるため、子供である僕と弟にとっては恐い存在でもあったのだった。そんな父親も昼間は静かだった。まだ小さい弟(兄である僕も十分小さかったのだが)を含めた3人で映画館に着くと、父親は窓口で子供用のチケットを2枚買い「じゃ、終わる頃に迎えにくるから」と言い残してどこかへ行ってしまった。おそらくパチンコにでも行っていたのだろう。無口な父親は大長編ドラえもんに興味がないようだった。

映画はとても感動的だった。原作となった漫画も持っていた僕はプロットをすべて知ってはいたが、大好きだったドラえもんが大きなスクリーンで動いていること自体にも圧倒されていた。併映の漫画映画があったように思うが、よく覚えていない。時間はあっという間に過ぎていった。感動のエンディング。

僕と弟が二人で映画館のチケット売り場のあたりまで戻ると、父親が迎えに来ていた。
「腹へったか」「うん」
360度の田園風景である家の近辺に比べると、映画館の周辺は魅力的な店だらけだった。買い物などで街に来た時の僕はデパートの最上階のレストランが大好きで、そこで御飯を食べるのが何よりの楽しみだった。僕はハンバーグステーキが食べたいと言い、3人でデパートのレストランでハンバーグステーキを食べた。父親はもっと軽いものを食べていたかもしれないし、飲み物だけだったかもしれない。あまりに昔の事でそのあたりの記憶は無い。

僕が大きくなるにつれて父親とどこかに出かけるという事はなくなってしまった。僕自身が親と一緒に行動するのは照れくさいと思った事もあるが、彼はいつでもどこへ行ってもつまらなそうにしており、さらにそれが家族と一緒だった時には喧嘩になって怒鳴り合いが始まる事が常だった。子供だった僕はどうしてもっと仲良くできないのだろうと悲しむと同時に、なぜ父はいつも不機嫌そうにしているのだろうと思っていた。僕と弟と3人で食事をしても怒鳴りはしないものの、やっぱりつまらないのだろうかと。しかしそれが、彼のシャイな性格からくる「照れ」である事を知ったのはもっとずっと後になってからだった。どこに自分の子供達と食事をするのが楽しくない父親がいるだろう?いま思うと、父親は僕と弟と一泊ほどのちょっとした旅行をする事を好んだ。旅行を提案されると僕は渋ったが、今思うとそれは、家の中には安らぎは無かったであろう彼の、人生の貴重な楽しみだったのかもしれなかった。

シャイで神経質、照れ屋でそしてナイーブで、
後年は寝酒に度数の強い焼酎を毎晩一本ずつ開けるほどのアル中で、
さらに酒乱で、
その酒とストレスが原因で肝臓を患った父親は病院に2ヶ月ほど入院し、
そして息を引き取った。
49歳だった。
その日の病院の空気は皮膚感覚としてよく覚えている。
セミの鳴き声まで覚えている。
今日のように暑い、夏の盛りだった。

父親の事を思い出すたび、僕は「楽しんで生きること」について考える。

父の名前は非常に珍しく、
「強く行く」と書いて「強行(つよゆき)」といった。
名前の通りの人であり、また名前と真逆の人でもあったと思う。
でも子供たちには一貫してとても優しかった。

もう10年も前の話。



「のび太の恐竜」(1980年)

製作:小学館、シンエイ動画
配給:東宝
原作:藤子不二雄
監督:福富博
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Tracked from 日々雑感 at 2004-07-13 00:40
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Tracked from 【徒然なるままに・・・】.. at 2006-03-12 08:31
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Tracked from hronwxa at 2006-09-09 00:42
タイトル : hronwxa
okovqdm kftbnie vxkoycs gptkqyz sucdwrw... more
Commented by みかち at 2004-07-09 13:51 x
残された者には、役目がある。
人生楽しんで、生きていこうね。
Commented by チェス at 2004-07-10 02:25 x
僕もコロコロっ子でドラえもん好きでした。「のび太の恐竜」懐かしい!幼稚園だか小1の頃です。映画見に行ってパンフレット買ってもらって、家に帰ってトレペ使ってタイムパトロールの船を鉛筆で書き写してました(←トレペ使うガキってのもどうかと)。

父親と息子のかかわりかたって、なかなか微妙なとこありますよね。もちろんシノブさんとはまた事情が異なるのだけれど、僕もその微妙さゆえに覚えていることがいっぱいあります。今思い出すとちょっと切なく思ったりします。あのときの親父の気持ちってこんなんだったんだろなとか想像すると。そういうことが大人になってからわかるというのが非常に切ないです。
Commented by sasa at 2004-07-10 10:03 x
月岡?
私もあそこでそれ観てますよ。
ピー助の声が漫画のイメージと違って気色悪かったのを覚えてます(もちろん子供なりに感動したけど)。

あと関係ないんだけどさあ
今日柿氏んちに行く夢見てさぁ。新居とかで。
トイレが八畳ぐらいあんの。
で、送水の管が竹で、便器はバーナーで焦がし目をつけた白木なんだ。
男子のアサガオはなくって、玉石の上にすんの。小砂がふりまいてあって跳ね返ってこない仕組みね。
で、事後はバーを下げると小川がちろちろ流れてくるという。
ああ、何か情緒ある厠を作ったもんだね柿氏は、と夢の中でほほーっとした私でした。
Commented by shinobu_kaki at 2004-07-10 13:14
そう月岡。
うちらは映画、あそこで観てるよねどうしても。

風雅的新居、素敵ですね。
これからの人生、
そういった厠のある家に住めることを
目標に生きて行くとしますか。

つうかおまいさん、
最近歌舞伎とか和風に行ってるから
そんな雅びな夢を見るのでは?(笑
その後どう?(笑
Commented by shinobu_kaki at 2004-07-10 15:15
>チェス氏

10ヶ月の妊娠期間、そして出産という「痛みを伴う実感」をもって母親となる女性と違い、男親の場合はあくまで「社会的に」父親になるしかありません。僕は父親ではないのでまだ分かり得ない訳ですが、父親にとって子供はいつ「自分の子供」になるのか?そんな事を考えたりします。一緒に過ごした時間とその経験でしか、「父」と「子」の密接な関係を築き得ないのではないか、と。だから男親ってなんか切ないんですよね。
Commented by あい at 2004-07-12 09:25 x
昨日それこそ、風景画を描くと緑の絵の具だけが
どんどん無くなる感じの場所へいってきました。
そこは熊本なんですけど、ああ、こんな感じなのだろうかと、
このblogを思い出しました。

Commented by shinobu_kaki at 2004-07-12 11:14
普段から結構な都心に生息していることもあり、
ルーツが田舎もんの僕はどうも自然を求める傾向があるようです。
こないだの真鶴とかもそうですね。
あいさん、電車の旅でしたよね?
熊本の絵の具も鮮やかなのでしょうね。
by shinobu_kaki | 2004-07-09 09:53 | 人生は映画とともに | Trackback(3) | Comments(7)

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