仲間秀典「開高健の憂鬱」

「十五歳か、十六歳のときに、奇妙なことが発生しはじめた。
本を読んでいるさなかに文字が解体するのである。
(中略)文字は凝視に耐えられない。
文字はそこに一点たちどまって凝視してはならない。
それは一瞬、瞥見した瞬間になにごとかを感知し、
あとは眼をそむけなければならない。それとたわむれてはならない。
チューインガムのように噛みしめ、しゃぶりつくしてはならない。
初見の閃光や果汁をこそ味わうべきであって、
そのあとはそっとしておかなければならない」

開高健(「告白的文学論」『食後の花束』より引用)


開高自身はこれを「滅形の瞬間」としており、
ゲシュタルト崩壊というには少々ヘビーな病理の発露であったらしい。
精神科臨床上、離人症と言われる症状であった。
離人症とは、自己の身体や外界の事物に関する実在感の喪失、
さらに自己そのものの存在感の欠落、
あるいはもう1人のオルタナティブな自己が、
自己の姿を外部から眺めているような、
いわば対外離脱体験的な病態であるらしい。

仲間秀典の「開高健の憂鬱」という一冊は、
豪放磊落、博学多識、機知縦横、美味救真にして鯨飲馬食という、
まことに内部無きかのごとくポジティブな開高健氏のパブリックイメージに対し、
病跡学(パトグラフィ)的な見地から、その繊細さ危うさを綴ったものだ。
世界中を駆けた行動力も、釣りに熱中したその趣味人ぶりも、
自らによる一種のセラピー、「内なる鬱」に対する対症療法なのだという。

遺作となった「珠玉」を脱稿した2ヶ月後、
開高はがんとの戦いの末、肺炎を併発して死亡している。
平成元年12月9日のことだった。
がんの告知については悲しいエピソードがある。
夫人である牧羊子の不用意な発言により、
医者がひた隠しにしていたがんの症状を開高が知ってしまったのである。
以下、その状況を本書より引用する。

『11月19日、牧(夫人)特製の漢方スープを嫌がる開高に、
彼女が思わず「あんた、病院にだまされてるんや。
これ飲まな、ガン治りゃせんで!」と一喝してしまう。
「出てけ…」と病人は静かに言い、それからは闘病の意欲を失くしたらしい。
牧羊子の不用意な言葉に、谷沢永一は怒りを隠さない。
「私の知っている開高は、告知にふさわしい性格ではない。
誰に向かってであっても、私は、告知に、反対である。
ましてや、開高は、その気質は、じつのところ、繊弱、である。
かぼそく、もろく、よわい、のだ。彼は、豪傑、なんかではない。
見せかけ、山っけ、には、無縁である。生地を、さらして、きたのである。
その、いたわってやるべき男に、なんたることを」。
対して菊谷匡祐は、開高を救おうと努力した夫人を
責めることはできないとして、「悲しい話だ」とだけ書く。


さあ、今日はちょっとだけ仕事。
雨ですね。ちょっとじめじめします。
トラックバックURL : http://kakiwo.exblog.jp/tb/6279715
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Tracked from 哲学はなぜ間違うのか? at 2007-10-16 22:26
タイトル : 同じ物質構造の人体
科学を駆使して、この物質世界がどうなっているかということをいくら調べても、どの... more
by shinobu_kaki | 2007-10-08 14:10 | shinoBOOKS | Trackback(1) | Comments(0)

移動祝祭日


by Shinobu_kaki
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31