哲学的。

哲学で博士号取る予定の俺が、どんな質問にも哲学的に答える
ってのがあったんだけど、読んでいて、
まあ共感できるところってのがいくつもあった。
学問としての哲学など指先ほども触れたことのない僕だが、
つきつめて概念的な思考に言葉を与えると、
哲学的になるのだと思っている。


Q.哲学って人間がより良く生きるための学問って 位置づけでおk?

A.それはちょっと違う。 もちろん、それも哲学であり得るけれど。
本来の意味では『絶対に正しいことはナンだ?』
っていう学問だったんだけど
「正しいことは何も無い」っていうことを
証明するための学問みたいになりつつある。

まぁ、現実的に考えると。
概念を作る学問だと思う。
世界に名前を与えるための学問、かなぁ。



人は名前のないものについては思考できない。
名前とはつまるところ関係性だ。
前にも書いたが、
何かが世界にたった1つしかなければ名前などいらない。
人間が2人いるならば2つの名前が必要だ。
そして世界は無数の関係性でできているから、
それらすべてに名前をつける必要があるのだろう。


Q.人を殺すのが何で悪いの?を哲学的に反論

A.共同体の安寧のためにそう規定される必要があるから。
そういうシステムが便利だから。だから、殺してもいいけど
共同体からハジかれることは覚悟しろよ、
とフーコーさんが狂気について言ってた。

でも、それはそれで「狂気」「理性」の対立のために
世の中には必要なものだから、ほどほどにやってくれ、みたいな。



フーコーは知らないが、確かにそうだよね。
回答の後半の2行まで同意だね、
もちろんモラルじゃなくて概念的にはってことだけど。

いま地球上に人間が増えすぎているから何らかの人口調節が必要、
というのは理屈の上ではその通りなのかもしれないが、
自分や自分の身近な人が死んでしまったりするのは嫌だろう。
つまりそこで論理の自家撞着がおこっているわけだけど、
それは客観的に言えばロジックと血肉が乖離しているってこと。
人は死なない方がいいに決まっている。
でも、人が増えたことで地球そのものが緩やかな死を迎えつつあるとしたら?
こんなの一介の人間には答えられない問いではある。

そして後半2行、「狂気」「理性」の対立のくだりだが、
さっき名前と関係性の話を書いた。構造的にはこれとまったく同じことで、
「狂気」がなければ「理性」もない。「悪」がなければ「善」もないように。
だからどっちも必要、というわけではないけれど、
(血肉としては「狂気」も「悪」もないほうがいいわけだから)、
概念的にはどうしてもそうなってしまう。
陰と陽。明と暗。上と下。右と左。苦と楽。
世界はどこまでいっても、2つ以上のものに細分化されるのかもしれない。


Q.鉄拳一発で哲学者が涙目でひれ伏す世界で
暴力は哲学的にどういう位置付け?

A.お、スゲーいい質問だと思う。
暴力っていうのは、権力を支えるものなんだ。
実際わかると思うけれど、
この現代でも全ての権力は暴力によって支えられている。
だから、暴力ってのは「どう使うか」だけが問題であって、善や悪ではない。
政治学の基礎概念だよ、それ。


そうなんだよね。かつてのローマ帝国から日本の幕府に至るまで、
いわゆる「権力」として人を組み強いてきたものには必ず暴力があった。
暴力という言葉がショッキングなら「兵力」でもいいけれど。
言葉も人種も違う、つまりコミュニケーション困難な他者に対して、
主従という一種の関係性を持とうとするなら、
もっともシンプルかつ原初的なコミュニケーションである暴力しかない。
暴力はこの世界においてたくさんの悲劇を生んだ。
時代が進むごとにそういった血なまぐささというのは薄れた気もするけれど、
もちろん本質は変わっていない。今でも悲劇は至るところで起こっている。
言わば単に直接的、肉体的でなくなっているということで、
それは「洗練」というオブラートを何重にも重ねているだけなのだ。


Q.哲学なんてのは大学でやるより
個人がそれぞれやるって方が有意義だと思うんだが

A.知は集積することでエライことになる場合がある。



最後に。
僕は、人の脳というか思考は「外部化」できると思っているので、
この回答には同意という立場をとる。
一番わかりやすい形が2chのようなインターネットの掲示板で、
たくさんの人がひとつの話題に関して様々な見方を提示することで、
一人ではなしえない「気づき」を得られたりすることがある。
人数が集まれば集まるほど確率論的には平均化されるから、
通常一人の脳内で行われている「発想」「検証」「表現」のプロセスが、
よりハイパーで重層的かつ多様な状態でアウトプットされることになるよね。
それはとても面白いことだ。
ちょっと不気味でもあるけどね。SF的、近未来的な感じがする。


長くなったのでそろそろ。
土曜日の昨日は週明けのプレゼンのために出社、
物量があったので総勢6人掛かりで仕事をしていた。
立場上僕が陣頭指揮をとってやっていたのだが、
全員が全員きちんと機能する形で、なかなか上手く回っていたと思う。
大変ではあったけど(僕は相変わらず体調が悪いしね)、
終わった後は皆の表情に充実の色が見えていて、なかなか良い時間だった。
今日は一日休み。相変わらずイマイチな体調の回復に努めよう。

やれやれ、早くビールの飲める身体になりたいよ。
そう、概念としてのビールじゃなく「血肉」としての美味しいビールをね。
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Commented by itochan at 2007-11-12 03:06 x
てくてく糸巻きのitochanです(あわせて読みたい~相互ですね)
足跡代わりにコメントしていきます。

>>世界に名前を与えるための学問、かなぁ。
>人は名前のないものについては思考できない。
「はじめに言葉ありき」を出発点にするなら、隠された名前を見つける作業なのかもしれませんね。

>人は死なない方がいいに決まっている。
そのコマが取られる(死ぬ)ことが勝利への近道なのかもしれませんが、それはプレイヤー(神)のみが知るところ。人間は目先のコマ損をあきらめきれません。
まあ、完璧な未来予知ができるようになれば、死ぬべき人を断定できるでしょうが、それはできないことだし、それまでは未来ではなくその人の過去から判断して「死刑」を決めざるをえないですね。
Commented by shinobu_kaki at 2007-11-12 13:21
>itochanさん

どうも、いらっしゃいまし。

以前読んだ「Q.E.D.」っていう漫画の中で、
ある研究者がぱっとした研究成果を残せず、
「この世で永遠不滅のものはたったひとつ、それは『名前』だ」
みたいな感じで、自分のことを覚えてもらうのに腐心する…
みたいな話があったですけど、
考えてみればこの世で認識されている証拠は、
「名前があること」みたいに言うこともできますよね。

>人間は目先のコマ損をあきらめきれません。

人が固執できるレベルはきっとせいぜい目先のことで、
鳥瞰的に見ようとすることは大事でも、
本当に鳥瞰的に見ることは、一介の人間にとっては僭越なのでしょうね。
Commented by たまらん at 2007-12-25 08:09 x
意見交換 ","日記は更新する、非常に!!助言する! ","p(#^▽゜)q
Commented by shinobu_kaki at 2007-12-25 15:30
>たまらん様

むむ…なんか難しかったです。翻訳プリーズ
by shinobu_kaki | 2007-11-11 08:55 | エウレーカ! | Trackback | Comments(4)

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