森博嗣「ミスについて」

MORI LOG ACADEMYより、
「ミスがあったときの対処」について。


ミスがあったときの対処について書こう。もちろん、最初にすべきことは、同様のミスがほかにもないか、という調査である。そして、その確認が終わったら、将来に向けて、どのような手を打つかを決めることだ。
 たとえば僕の場合、自分でミスをしたら、やり方を変える。誰かに仕事を依頼して、そこでミスがあったときには、その依頼方法を必ず変更する。同じ手順では、また同じミスが起こる可能性がある。その人が「今後は充分に気をつけます」といくら謝っても、変更は必要だ。これは、その人間を責めているのではなく、僕の依頼のし方が悪かった、と反省しているためである。その人は大丈夫でも、違う担当者になったら、またミスが出るかもしれない。人に伝達されたときには、「以後はしっかりやろう」という意気込みまでは伝わらないのである。
 しかし、出版関係の仕事をして、これまでに、ミスがあったあとに方法を変更すると言ってきたところはない。スバル氏にそれを話したら、「世間ではそれが当たり前。特に文系の仕事とはそういうものだ」と言う。そうかもしれない。人の命が関わっているわけではないのだから、ミスがあれば頭を下げれば良い、というスタンスなのだろう。
 技術系ではこんなことはたぶん許されない。スペースシャトルの事故のあと、「以後、充分に気をつけます」と幹部が揃って頭を下げ、謝罪文をいくら発表しても、それで済む問題だろうか? そんなことでは、人類はとても宇宙へ行けなかっただろう。
 多少面倒かもしれないけれど、以後はシステムを改善し、チェック機構を増設するなり、なんらかの対処の証を見せるべきである。「そんなことをしたら仕事がまた増える」と言うかもしれない。それは、日頃から作業をよく観察し、省けるものを省き、安全ならば手順を省略する、という合理化が行われていればなんでもないことだ。こうした面倒なシステムでしばらく続け、安全が確認されたら、また別の合理化を考えれば良い。
 「今後は、私が責任を持って確認をいたします」と口で決意を語るよりも、たとえば、「今後は、確認した者に捺印させます」といった手続きの変更だけでも良いので、「具体的な方策」を示すべきである。赤福だってそれをやったでしょう?

 蛇足だが、僕は個人を恨んだり、攻撃したりしたことは一度もない。ミスがあっても、ミスをした人が悪いのではない、ミスを許したシステムに問題がある、と考える。非難するときは必ず、そのシステムの不合理さを訴えている。人が悪いとは考えない。
(MORI LOG ACADEMY 2008.2.11)


どんな時でもミスは起こるし、ミスをしてしまうと落ち込むよね。
「ミスをしてしまうダメな自分」という方向に心が働いてしまうからだ。
他人事としてクールに考えれば、例えミスが起こったって気にしないで、
次は同じことをしないように前向きにやればいい、となるんだけれど、
自分自身がその当事者になってしまった時はなかなかそうは考えられない。
ミスの目は順調な時にこっそり生まれ、知らぬ間に少しずつ育ち、
一番来て欲しくないタイミングで顕在化する。
ミスを防ぐために必要なのは集中力とかガッツとか、
どうやらそういうことじゃないようだ。
ミスを防ぐには「ミスの出ない、もしくは出にくい体制」を作るのがいいのだろう。
ミスを完全に防ぐことは難しい。でもミスを最小化することは可能だ。
僕もやはりそれをしてしまうとしっかり落ち込むほうなので、
やはり、なるべくならミスには出会いたくないものである。
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by shinobu_kaki | 2008-02-15 14:18 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

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