人生のコストパフォーマンス。

もうすぐ年俸交渉の時期なのでまた変わるかもしれないのだが、
自分の仕事における「時給」を計算したら、2,000円ちょっとだった。
決して高くない。しかも通勤時間を入れると、もっと安くなる。

コストパフォーマンスは「費用対効果」などと訳され、
ものの価値の計り方のひとつとして用いられる。
すなわちコスト、お金である。

僕は拝金主義でもなんでもないが
(むしろ「廃金主義」とすら言いたくなるタイプだが)、
お金というのは確かにひとつの明確な価値基準になりうる。
価値基準とは「共通のものさし」ということだ。
主観的な「満足度」であるとか、「喜びの深さ」というものは、
ものすごく大事ではあるのだがものさしになりえない。
人によって目盛りの幅が違いすぎるからだ。
日々レートは変動すれども、基本的にお金というものは、
まるで交差点の信号のように一定だ。

コストパフォーマンスの悪い人生を歩いて来た。
いやずっと同じ仕事を続けてこられたのだから、
むしろコストパフォーマンスのいい人生じゃないか、と言う人もいる。
なるほどその部分においてはそう見えるかもしれない。
でも僕は、その愚かさにおいて、さらにその浅薄さにおいて、
さまざまな不効率な選択肢を選んで来たのだ、と思う。

しかし、これは誰もがそうだが、そのうねった回り道であるとか、
それた脇道であるとか、開けるべきでなかった「大きいツヅラ」であるとか、
それらすべての間違いを含めた総体が、今の自分自身なのだとも思う。

まったく同じことをもう一度やれと言われれば絶対に嫌だけれど、
今のところ、なんとかここまで生き延びている。
小さい頃はとっくに破綻していると思っていた人生だが、
素晴らしいスペックというわけではないにしろ、どうにか歩いている。
もちろん危機や凋落の可能性というのは背中合わせに存在しているが、
ともかくこれからも生き延びる為に何かしようと思える、
それだけで僕としてはなかなか上出来じゃないかと思う。
朝のコーヒーもおいしいしね。

このところ天気の波がやたらに激しい。
見たことの無いほどの激しい雷雨が降り注いだと思えば、
今朝のように夏の陽射しが帰ってくることもある。
地球のコンディションを心配してしまうほどの急激な天気の変動である。

「一度、何もかも壊れてしまえばいっそ爽快じゃないかと思いますよ」
以前、同僚がそういったことがある。
僕も以前はそう思っていた。そうして、よくそんな想像をしていた。
自分たちの住む街が、例えば洪水に飲み込まれるさまを。
戦時中さながらに戦闘機が空を飛び回り、人々が家の中で震えるさまを。
巨大な地震が東京を揺るがし、高速道路や高いビルが倒壊するさまを。
それもいい、と思っていた。一度ゼロになればスッキリする。

でも、今はそう思わない。
家族ができたからね(ちなみに同僚は独身だ)。
そんなことになったら、嫁と、生まれたばかりの(多分)無力な娘が、
怖い目に会うかもしれないじゃないか。
まあ、実はこの娘に「サイボーグ00なんちゃら」みたいな
超能力がありました、みたいなオチだったら別だが。
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by shinobu_kaki | 2008-09-23 09:09 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

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