アイドル不在の時代。

こないだの「アイドル不在」の話の続き。
現代では、かつての文脈での「アイドル」は存在し得ず、
だいたい何かしら「手に職」をつけている気がする、と書いた。
まあ昔も「アイドル」という職業があるわけではなくて、
だいたいがみんな歌を歌わされるために肩書きは「歌手」であった。

そして知り合いが言った。
「アイドルの定義は、道を普通に歩けないことだ」と。

なるほど、そうかもしれない。
多少有名な女優が道を歩いていたとして、
「ちょっと、あれ女優の○○○○じゃない?」
「えっ、えっ、ホントだー!顔ちっちゃーい!」
などと、遠巻きに言われるのが関の山だろう。
その程度の注目度ではアイドルなどと呼べない。

知り合いはさらに言った。
「なんか、キャーキャー言われる人が、アイドルだ」と。

そうなのだ。
言ってみればアイドルかどうかというのは、
「オーディエンスの温度」によって決められるとも言える。
古くはビートルズ。その女性ファン達は歌そのものよりも、
彼らが歌っているという事実に熱狂し、卒倒し、時に失神した。
ここまでくれば誰が何と言おうと彼らはアイドルなのだ。

つまりアイドルとは言わばレベルのようなものだったのだ。
彼を、彼女を、熱狂的盲目的に捉えるファンがいるかぎり、
その人はアイドルと呼ばれるものとなる。
それはさながらファシズム体制における為政者の存在と重なる。
カリスマは、その人をカリスマと呼ぶ周辺の人々によって、
初めて存在することができるのだ。

例えばジャニーズなどの男性アイドルはいるが、
女性アイドルが思いつかない、という現代の状態は、
この「アイドルは周辺が決める」という構造で説明できる。

ポイントは「キャーキャー言うのは女性のみの特権」ということだ。
男性アイドルがいる。女性が騒ぐ。握手を求めに駆け寄ったり、
何か言葉を掛けに近寄る。または大勢で取り巻く。これはいい。
韓流ブームの嚆矢、○ン様ブームを思い出すといい。
だが、同じ事を女性アイドルに対して男性が行なうとどうだろうか。
これは実に不公平だとは思うのだが、
なんか一気に犯罪っぽくなってしまうのである。
「ファンが、キャーキャー騒いで取り巻く」
ということを(旧時代的な)アイドルの定義とするならば、
その行為自体が男性にとって微妙というか、どこか許されていないのだ。
だから、女性アイドルが存在し得ないのは時代の必然なのである。
「行動力のある、かなりの熱狂的ファン」と「ストーカー」は、
限りなく近い意味合いで語られてしまうのが現代という時代なのだ。


というわけで、いんちきな考察はここまで。
真剣にこういうの研究している人、
怒って反論メールとかしてこないでください。ね。


さて、雨の金曜日ですね。週末は晴れるかな。
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by shinobu_kaki | 2008-10-24 12:33 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

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