朝らしい朝と信頼関係。

今朝は朝らしい朝だった、と思う。

どのへんが「朝らしい朝」なのか、と言われると、
実は自分でもよく分かっていない事が露呈するのだが、
あえて言うならば「陽射しがまぶしかった」とかになるだろう。
朝が朝を主張していたのだ。

なんせこの土日ともに一日中薄曇りで、
昼間でもどこかぼんやりした天気だったからね。
駅前や、娘の生まれた病院のほうへお出かけなどしたものの、
基本的には完全休養という感じで、
ほとんど全てをシャットアウトして過ごしていた。
そのせいか、あっという間に日曜の夕方になった気がしたね。

娘は最近、ゴキゲンな時にニコニコと笑うようになってきた。
赤ちゃんの笑顔というのはとにかく可愛いくて、
破壊力抜群、とにかく参ってしまう。
しかも自分の娘がこちらをじっと見てニコッとするのだから、
日々の疲れがその瞬間、雲散霧消するほどのチカラがあるですよね。


人の少なく、広々としたショッピングセンターで、
べビーカーを押しながらぼんやりと考えていた。

どんなにその人のことを理解したと思っても、理解しきれるわけはない。
例えば、ある小説家の著作を全部、何度も読んだとて、
その作家の「小説でもって表現された一部分」に触れたにすぎない。
人間は日々変化している。細胞も入れ替わっている(らしい)。
時間が経てば、その人自身を取り巻く状況も何もかもが移ろっていく。
情報というのは宿命的にいつも古いものだ。
その瞬間に触れた情報、それは常に「過去の情報」でしかありえない。
他人に対して我々は、その影や轍を確認することしかできないのだ。

かつて作家の平野啓一郎は自身のブログで、
「小説を通して自分の“複数性”を理解されつつある」と書き、
それが「感動」的である、と続けた。
「他人の複数性を理解する」という言い方は、
すごくよく分かる気がする。

ちなみに他人に対する信頼関係というのは、
「こういう時にこれをしてくれる」という部分で発生するのではなく、
「こういう時でもこれを絶対にしない・言わない」という、
「やらない部分」の証明において確立されるものだ。

この人はこういう部分もある、
でもこういう部分もあると認識した上で、
それでもコレはしないので信頼できる、というのが、
正しく健康的な信頼関係という気がする。
だからどうだ、という話でもないですけど。
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by shinobu_kaki | 2008-10-27 12:57 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

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