森博嗣「上手いとは何か」


絵が上手い人は、手に技術があるのではない。
目が精確に形を捉えていて、手が描く線の狂いを感知できる。
つまり、「上手い」というのは、
ほとんどの場合、「測定精度の高さ」なのである。
たとえば、料理の上手い下手は、
最終的にはその人の舌の精度に行き着く。
(中略)どれくらい好きか、という物差しだけでも、
しっかりと持っていれば、少なくとも自分の好きなものは書ける。
ただ、この1本の物差しだけでは、プロにはなれない。
森博嗣(作家)



何かを形にする時に必要なのが、作っている自分の他に、
それをジャッジする立場の裁定者としての自分である。
つまり作ったものを自分でチェック、ダメ出しするわけだ。
その作業をしなければ、自己修正はできない。
自己修正の行われていない成果物は、独りよがりのものになりがちである。
独りよがりのものは「思い」が先行しているため、
熱さは確かにあるものの、熱さだけしかない。
それは熟成のない熱されただけのスープだ。
だから冷めると食べられないものになることが多い。

夜に書いたラブレターをそのまま出してはいけないというのはこのパターン。
前夜に綴った言葉のあれこれが、朝、冷静になってから見ると、
とても相手に読ませられない、出すべきモノではないことが分かる。
受け取り手は、書き手が制作過程で込めた思いや苦労を知らないので、
当然ながらアウトプットのみで判断することになる。
つまり基本的に冷めているというか、ニュートラルな状態で受け取る。
そのような、冷静な精神コンディションの人間の心が、
「思い」が空まわっただけの言葉では動かないであろう。
読み手の心を動かすのがラブレターの目的に違いないのだから、
この一連の作業は失敗ということになってしまう。

現在、それが奏功していたのかどうかは知らないが、
僕は仕事を始めてわりと初期の段階から、案を広く出すことを心掛けた。
複数人でアイデアを出す時に「自分ひとりだったらどうするか」という前提で、
要するに網羅的に案を出す、考えられるすべての可能性を考えるのである。
これはトレーニングとしてはなかなか良かった気がする。


さて、今日から仕事始め。
2009年がゆるりと始まった。
年末の大掃除で席の周りはキレイで快適。
しかし、今朝はとても寒かったね。
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by shinobu_kaki | 2009-01-05 11:29 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

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