ドラゴンクエストの世界。

そうね、山陽公(献帝)の目線から見た三国志、
っていうのは面白いかもしれない。
ちょうど時代の目撃者的なポジションだしね。
でも、視点が鳥瞰的にならざるを得ないからつまんないかな。
映画の最初と最後に「回想する人」として出てくるような感じになってしまう。
例えば「タイタニック」のおばあさんとか、
「ニュー・シネマ・パラダイス」のジャック・ペランとか、
「世にも奇妙な物語」のタモリとかね。
それにしても「献」帝っていうのは見事な諡号だよなあ。

ドラクエシリーズの世界観についての考察。
RPGの時代:野安の電子遊戯工房
こじつけといえばこじつけという感もあるが、なかなか面白い。
特に以下の引用部分なんかね。

(以下引用)

1:
アリアハンから脱出するときに使ったアイテムを
おぼえているだろうか?
「魔法の玉」だ。
これで、いざないの洞窟の壁を爆破したはずだ。
なお、『1』や『2』には、
何かを爆発させるアイテムは登場しない。

2:
ポルトガから船に乗れるようになる。
つまり、大航海時代が始まっている。

3:
セーブの方法が変化した。
復活の呪文ではなく、冒険の書になった。
書物に書き込めるようになった。
それを複製することもできた。

これは、何を意味するのか?
簡単だ。つまり、
1:火薬
2:羅針盤
3:活版印刷

なのである。

これらが、ルネサンスの3大発明であることは
説明する必要もないだろう。
ルネサンスを想起させるアイテム・出来事は、
すべて『ドラゴンクエスト3』から登場するのだ。
『1』や『2』には、登場しない。

(引用おわり)

聖書や神話世界、そして現実世界を引用する面白さ。
シヴィライゼーション レボリューションや、
あの新世紀エヴァンゲリオンがまさにそうだよね。
僕はドラクエシリーズに、ツギハギではない、
ひんやりするほどに強固な通奏低音的世界観を感じていた。
初期ドラクエは主にテクノロジーの縛りにより、
(つまり出来る技術がまだ限られていたので)、
かわいらしいドット絵でもって世界が表現されていたわけだが、
ドット絵の記号性が世界観の「切なさ」とミスマッチになっていて、
むしろ情感が効果的に伝わっていたと思う。
ディテールが具体的じゃないから、ユーザ側が補完するわけだ。

ところでドラクエシリーズには、
「せかいじゅのは」というアイテムが存在する。
僕はこの「せかいじゅ(世界樹)」というネーミングが好きだった。
てっきりこの言葉はドラクエオリジナルだと思っていたのだが、
北欧神話の、世界を体現する「ユグドラシル」という樹のことらしい。

出ればプレイしていたドラクエシリーズだが、
ここ何作かは遊んでいない。
腰を据えてRPGにどっぷりはまる時間がなくなってきたのと、
(そこまでゲームにはまるよりも面白いことが多くなったのと)、
中途半端に精緻になったグラフィックになじめない、という部分もある。
でもテクノロジーが退化することはありえない。
つまり今さらドット絵に戻ることはないのだろうが、
今思えばあのドット絵のグラフィックというのは、
制約がクリエイティブの魅力を生むという典型だったと思うのである。
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Commented by KH at 2009-01-14 14:36 x
いまDS-i買ったのでⅤをやってます。笑
Commented by shinobu_kaki at 2009-01-14 22:35
>KHさん

「天空のヨメ」ってやつですね。

昔は携帯ゲーム機でドラクエができたらなあ、
なんて思っていましたが、
そーゆー時代になっちゃいましたね。
by shinobu_kaki | 2009-01-14 10:21 | エウレーカ! | Trackback | Comments(2)

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