岸田秀「不合理な言語」

言語というのは、もともと不合理なものですからね。
言語は事態を100%は表現しない。
われわれがある情景を何万語費やして描写しても、
すべてが言えるわけじゃないんです。
言語のはたらきは、目立たせることであって、
ある限られたポイントをピックアップすることによって、
相手に通じさせるわけです。
たとえば、4つのポイントを言えば、全体が表現できる。
この4つを聞けば、同じ文化の中ならば相手が全体を察知するわけです。
そのポイントの置き所や、数が、言語によって違うということですね。
正確な直訳が誤訳になるのもそのためです。
だから、言語というのはつねに、表現すべき対象とズレているんです。
ある言語が表現を固定させると、対象を目立たせることができなくなる。
したがって絶えず意味がズレてくるんです。(中略)
わかり切ったことならば、合理的な言語で表現できるんです。
しかし、言語というのはわかり切ったことは言わない。
言う必要がないわけで、わかり切っていないことを言うんですから、
合理的言語には本質的な矛盾があるんです。

岸田秀(心理学者、精神分析学者)


日常の会話というものがいかに理路整然としていないのかは、
インタビューや対談のテープ起こしをしてみるとわかるだろう。
余計な言葉は多いし、同じことを反復ばかりしているし、
文法はかなりめちゃくちゃであることが多い。
それでもある程度コミュニケーションに不都合がないのは、
そこで発せられている言葉が、単語だったりニュアンスだったりの、
ざっくりとしたポイントで捉えられているからだ。

そもそも言語化というのは変換・置換えする作業なので、
岸田秀の言うように100%のシンクロ率は望めない。

思考→伝達する言語→受け取る言語→理解(思考)

上記のそれぞれのポイントで、少しずつズレが生じるわけだ。
トータルするとズレは結構なものになるかもしれない。
受け取る側はそのズレた幅も含めて、
「こういう事を言っている」と理解するわけである。

でもあれですね、ここにこうして書き留めようと思っていると、
普段の読書が発見的というか、いつもポストイットを用意しているような、
そんな読書の姿勢になってきますね。
これはなかなか悪くないことだと思うなあ。
アウトプットがあればこそ、インプットに意識が働くというものですからね。
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by shinobu_kaki | 2009-01-16 10:39 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

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