ケータイ忘れた。

どうやらケータイを家に忘れてきました。
珍しく…。

いつも持っているケータイが手元にないのは、
やっぱりなんだか落ち着かない。
まあ僕は営業職でもフリーランスでもないし、
仕事の連絡を自分のケータイで受けるというケースは少ないから、
実際はそれほど困るというわけではないですけど。

僕はケータイを持つのが遅かったんだよね。
20代の後半頃だったと記憶している。
それまでは、連絡はすべて家の電話だった。
帰宅して留守電のランプが点滅しているかどうかを気にする、
ふた昔も前のドラマのシーンのような暮らしをしていた。

さらに仙台に住んでいた学生時の2年間は、家に電話すらなかった。
僕の家は学校に近かったので、朝になると友達が、
「おー、ガッコ行くぞー」という感じでいつも寄ってくれていたのだ。
その頃の僕は人生でもっとも怠惰を貪っていた時期だったので、
「眠いし、何だかめんどうくさい」とか言って、
迎えに来たはずの友達と一緒に学校をさぼることもしばしばだった。

バイト先や実家に連絡する必要がある時は、もっぱら公衆電話だった。
ニーズがないのだから当然だが、公衆電話も減ってきたよね。
こないだ帰りの駅のホームで公衆電話を使っている男性がいて、
その新鮮な光景になんだかすごくびっくりした記憶がある。
もちろん使うために電話が設置されてあるのだから、
別にびっくりすることはないのだが、やっぱり驚いてしまった。

電車の中もそうだが、鳴ってはいけないところで鳴ることがあるのが、
携帯電話のリスクと言えばリスクである。
こんなの事前に電源を切るか音量の設定をしておけばいいのだが、
人間ミスはあるもので、鳴って欲しくない時ほど鳴ってしまうようである。

「そんなにお忙しいなら、来ていただかなくて結構」
記者会見でそう言ったのは女子テニスの女王・ナブラチロワ。
これはコートにケータイの着信音が響いたことへの抗議だった。
ゴルフのショット前のアドレスにしてからがそうだが、
貴族的な来歴を持つスポーツは、観客に静けさを求める瞬間がある。
要するに上品なのだ。そして静寂をつんざくケータイ音というのは逆に、
状況を鑑みないという本来的な意味での下品さに満ちている。
言わば便利さと下品さは背中合わせなのである。
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by shinobu_kaki | 2009-02-03 10:41 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

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