集合知


あらゆる仕事は、最初は手探りだったはずだ。

今でこそ「その道のプロ」という人が各ジャンルに存在するが、
原始、まだ社会が成熟していない頃の人間たちは、
誰にも経験のない事は手探りでやってみるしかなかったはず。

例えて言うなら、それはナマコやホヤを食べる事に似ている。
要は、見た目グロテスクな食べ物を最初に食べた人は偉いというアレだ。
そこには生牡蠣を食べて当たるといった事故もあったと思われる。
もちろん華やかなカラーリングを誇る毒キノコも然りである。
しかし、そういった誰かの犠牲を伴った試行錯誤を繰り返し、
我々人類はナマコやホヤ、アワビやキノコ類に至るまで、
生死に関わるリスクを冒す事なく美味しい食事を楽しめるのである。

これを「集合知」と言わずしてなんと言おう。

あらゆる文化的体系は人間が創り上げたものではあるけれど、
その細分化と複雑化ゆえに当の人間達ですらわからなくなる事がままある
(一種の法律のように、わざとわかりづらくしている部分もあるが)。

いや、もっと身近な、例えば役所の手続きや契約等についても、
今や我々は、自分一人だけの力で事態を解決する事が難しい。
専門家に聞くか、何かの資料をたよりに調べなくてはならないのだ。
考えてみればこれは異常な事態であると言わなければならない。
もっと誰でもわかるようなシンプルさが求められるはずなのだが、
それを許さない何らかの理由があるのだろう。

いつも使っているが実はしくみがよくわかっていない、
問題が起きても自分で修復できないという意味で、
世の中のブラックボックス的な仕組みというのはコンピュータに似ている。
例えばネットをブラウズすることひとつとっても、
よく考えたらどうして画面がこんな鮮明なのかとか、
マウスをクリックするだけでどうして画面の操作ができるのかがわからない。
(「そういうシステムを組んでいるからだ」という突っ込みは無しね)
考えだすとわからなくなる事ばかりなのである。

考えだすと先に進めないので、こういうのは思考停止するに限る。
「とにかくそういうことなのだよ」と前提してやっていく。
実に乱暴な話ではあるが、とにかくそういうことなのである。
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by shinobu_kaki | 2009-05-19 15:01 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

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