外部と許容。

例えば、アイデア出しの仕事の半分は資料集めである。
それはつまりイメージをかき集めるということ。
基本的に、人間の中には何もない。
ただ以前から蓄えたイメージの断片がいくつもあるだけだ。
それらは繋がったり変質したりして頭の中にたゆたってはいるが、
少なくとも「今」の要素を含んだ新鮮なものではない。
そして、出すためには何かを入れる必要がある。
少なくとも僕はそうだ。
自分の中で古びてしまったイメージを押しのけるように、
新しい外部からのイメージを「呼吸」する。
それは自分を信じすぎないということ。
そして謙虚であるということ。

外部、つまり外に意識を向けることで、
自分自身と向き合わずに済む。
すべての時間は過去なのだから、
向き合う対象としての自分も過去である。
過去に向き合って生み出せることはあまりない。
時間はいつも前へ前へと進んでいる。
だから自分の意識も、前へ前へと向いていく。
それは過去の自分の意識の外へ出る作業だ。
外へ出ると外からしか見えないものが見えてくる。

会社を辞めるとその会社のことを冷静に見れるように。
田舎から出ると田舎の良さを認識するように。
日本を出て初めて日本人である自分を再発見するように。

内側にいた時はあれほど許せなかったあれこれが、
懐かしさに優しさをともない、許すことができるようになる。
自分の中で相対化が完了したのだ。
それは新しい視野を獲得した瞬間でもある。
解放に似ている。

そして目の前のちょっとした人の評価だとか、
そこにあるネガティブな話に一喜一憂する必要がないことがわかるのである。
何もかもは一部に過ぎない。全体の中では小さなものだ。
時々ルックアップしないと忘れてしまう、ちょっとした、でも大事なこと。
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by shinobu_kaki | 2009-05-20 13:51 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

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