Living without WORD.


暮らしというのは「毎日を過ごしていくこと」、
つまり日々暮れていくという事だ。
暮れては明けることの繰り返しが生活で、
生活に追われているとなかなか物事に明確な結論が出せない。
とりあえず寝て、起きて、食べて、排泄して、
また寝たら一日終わりである。
悩み事があっても「困ったな」と思っているうちに寝てしまうのだ。
そして朝は来る。
この、暮らすという現実の中で、理屈は邪魔だったりする。
実は暮らすというのはお天道さまへの宗教行為にすら近く、
どこかで言葉を拒否しているのだ。
田口ランディ「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」より


懐かしい一冊からの引用。

この場合の「言葉」から連想されるのは、
違和感や思想、さらに表現とほぼ同義だったりする。

平穏に、ただ太陽とともに暮らしている人にとって、
表現というのは必要のないものですらある。
僕自身が超のつく田園地帯の出身だから言うが、
字幕スーパーがなければ何を言っているのかわからないような方言と、
シャープな批判や熟考された思想は似合わない。
つまり問題意識が似合わないのである。
そういったあれこれについて、
「言葉が必要ない」と言ってしまえばそうだろう。

どちらが幸せかと問われれば、
表現する必要がないほうが幸せに決まっている。
表現というのは常に「やんごとなきもの」だからである。
何もしなくていいと思えるほうが幸福なのだ。
ただそれが「文化的に豊か」かどうかはわからない。是非は別として。

ところで、方言と標準語の両方を操る人というのは、
そのギャップの激しい2つの言語を使いこなすという意味で、
バイリンガル認定してもいいと僕は思っている。
東北弁と九州弁くらいの違いになると、
イタリア語とスペイン語以上に、
激しくかけはなれていると言えるのではないだろうか。

いや、イタリア語もスペイン語もよく知りませんけど。
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by shinobu_kaki | 2009-11-24 19:03 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

移動祝祭日


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