2006年 04月 12日 ( 3 )

アフォリズム 川崎和男


「デザイナーは言葉を駆使できなければデザイナーではない」

川崎和男(インダストリアルデザイナー)



デザインと言葉。
別物だと思われがちくさいけど、
そうではないよね。

本質的には一緒だと思う。
コミュニケーションの手段であり、方法であり、
また、そのものである。
by shinobu_kaki | 2006-04-12 18:23 | アフォリズム | Trackback | Comments(4)

上京の母。

久しぶりに上京した母親とランチ。
母曰く、昔むかし恵比寿で食べたラーメン屋の
「山頭火」が美味しかったということで、
東京駅八重洲口にも店舗があるのを調べ、連れて行った。
それぞれ「とろ肉ラーメン」を食べる。
ちゃんと美味しい。ところで山頭火の恵比寿店って、
こないだ前を通ったらなくなってたような…。

そのあと、コーヒーを飲みに東京駅地下のスタバへ。
母親は「ラテ」というものが理解できない。
結局普通のコーヒーを頼み、ミルクを入れていた。
カスタマイズ。ある意味スタバを使いこなしていると言えなくもない。

話の内容は弟の件に決まっている。
彼についての話を聞くと、いつも疲弊する。
彼がこねる理屈はいつも、甘ったれのエクスキューズだ。
しかし非情になれないのは、母親のサガか。
これは仕方ないのかもしれない。

改札をくぐって、母は東海道線、僕は山手線。
弟に会いに東海方面へ行くという。
まあよろしく伝えといて、とだけ言って別れる。

仕事の合間に母親なんかと会うと、
まったくモードが違うため、その違和感によってやけに疲れる。
家族からかかってくる仕事中の電話にしてからが、
僕は昔から苦手なのだ。
まるで長距離を移動したかのような疲労感。
さながら東京-秋田間。
by shinobu_kaki | 2006-04-12 13:59 | ライフ イズ | Trackback | Comments(10)
「差別表現に関するハンドブック」みたいなのを
会社で読んでいたのだが、
メジャーリーグに「クリーブランド・インディアンス」ってあるけど
あれってOKなんだっけ?と思い調べていたら、
(OKだそうです。そうだよね)
永久欠番の欄にジャッキー・ロビンソンンの名前があった。

でもこれっておかしい。
ジャッキー・ロビンソンはインディアンスには在籍したことはない。
なのになぜ、永久欠番?

ジャッキー・ロビンソンンは有名だ。
それは開設されたばかりの新人王に史上初めて輝いた事や、
1949年にMVPを獲得している事などだが、
何といっても彼は黒人初のメジャー・リーガーだったのである。

若い頃、ニグロ・リーグ(名前が凄いね)に所属していたジャッキーは、
リーグのスターだった伝説的投手サチェル・ペイジや、
「黒いベーブ・ルース」と呼ばれたジョシュ・ギブソンを差し置いて、
黒人として初めてメジャーリーグの舞台に立った。
チームはドジャース。
今はL.A.だが、当時はN.Y.のブルックリンにチームがあった。

今では考えられないが、
白人からの反発は相当なもので、
彼と同じグラウンドでプレイするのを拒んで
移籍する選手すらいたという。
ジャッキーの自宅にも脅迫の手紙が届いたりしていた。
黒人のスーパースター、というのはあり得なかった時代なのだ。
ちなみに、黒人であるハンク・アーロンが
ベーブ・ルースの本塁打数記録を抜いた時も、
球界内外の反発がとても多かったらしい。

しかしジャッキーは野球の実力と、紳士的なふるまいで
周囲を黙らせることに成功した。
これは当時のアメリカの情勢を考えれば
とても画期的なことだった。
ジャッキー・ロビンソンは1947年から1956年まで
ドジャースでプレイし、生涯通産打率は.311。
1962年には野球殿堂入りを果たしている。

そして1997年には、
ジャッキーの背番号だった「42」が永久欠番とされた。
ドジャースだけではなく、
なんとメジャーリーグ全球団に関して、である。
(これ以前から「42」を付けていた選手は例外とされた)

クリーブランド・インディアンスの永久欠番選手リストに
ジャッキー・ロビンソンの名前があったのは、
実はそういうことなのである。

日本に来た外国人選手が背番号「42」をつけるのをよく見かける。
「42」は「死に」につながるとして、
日本人が避けているからだろうと思っていたが、
これはジャッキー・ロビンソンに対するリスペクトという意味もあるんだろうね。
by shinobu_kaki | 2006-04-12 08:37 | エウレーカ! | Trackback | Comments(4)

移動祝祭日


by Shinobu_kaki