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さっきパソコンで「他社」とタイプしようとしたら、
「多謝」と打ち出された。
なるほど「他社」も大事だけれど、
「多謝」が最初に出てくるってのはなかなか良い事である。

月曜朝は駅の売店で日経とAERA。
合わせてちょうど500円なり。
AERAの表紙は宮沢和史。「THE BOOM」のあの人である。
ずいぶん久しぶりに見たので見違えた、
というかキャプションを見るまで誰だか分からなかった。
貫録がついたというか、老けたよね。
1966年生まれだから、42歳か?貫録がついて当然ではあるけど。
「表紙の人」紹介文の一行目は「寡黙できまじめな人だ」と始まる。
かつて近田春夫が「考えるヒット」の中で、
「存在に肩パットが入っている」と書いた宮沢和史。
個人的にはいつも問題意識を持っているミュージシャン、という感じ。
このポートレイトにも眉間に縦のシワが目立つ。

星野仙一、北京五輪で株を下げた。
もともと星野は日本シリーズで勝った事がなく、
短期決戦に弱い監督との喜ばしくない定評がある。
不調の岩瀬を使い続けたあの采配も見ていて疑問だったし、
何より個人的には、本職でないポジションで、
それぞれ野手を起用するのはどうしてだろうと思っていた。
ポジション含めて計算を立て、選手を選考してるんじゃないの?
チームとしての集中は見ていてもイマイチで、
涙を流すほどの想いでもって参加した選手達が気の毒ではあった。
いったい何だったんだろう?
男子サッカーもそうだけど「闘った」という感じがしない、
それ以前の構えの状態からもう負けていたような北京五輪でした。
サッカーと言えば、今から思うとシドニー五輪のメンバーは
夢のようなラインナップだったのだね。

連載「現代の肖像」は元財務官僚の高橋洋一氏。
財務官僚、と書くとまだ違和感がある(文科省と同じくらいある)。
つまり大蔵官僚、テクノクラートというやつで、
高橋氏は「竹中平蔵の懐刀」と言われた切れ者なのであった。
「中学時代は授業の進み方が遅すぎて退屈だったのだ。
朝、家を出ると近くの公園へ行って寝ていた。
それでも成績はトップクラス。特に数学のテストはいつも満点だった。
大学受験の模擬試験もいつも一番。
たくさん受けては商品の図書券をもらい『模試荒らし』と呼ばれた」
なんだかスゴイ人もいるもんである。
世の中の「優秀さ」の部分に非常にアジャストした人だったんだね。

最後、AERAと関係ないけど、
ウェブで見つけた面白い「崖の上のポニョ」の考察。
崖の上のポニョが神過ぎた件

まだ観ていない人はネタバレに注意だけど(僕も観てないけどね)、
「ポニョ見てガクガク震えた」
「怖すぎる」
という、神話や民俗学の観点での「ポニョ」の考察である。
これは何だか面白い。そして確かに少しぞっとする。
でも、こういうのにぞっとするというコードは何なのだろうか。
「意味」とか「暗示」というものが怖い、というのは。
まるで水も暖かく気持ちのいい海水浴場で、
ふと、足下を流れる冷たい海流に触れたような感じがするね。
by shinobu_kaki | 2008-09-01 15:55 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(0)
僕が毎週月曜にいつも買う「AERA」には、
山本モナのインタビュー記事が連載されている。
モナ、と言えばジャイアンツ・二岡とのスキャンダル報道だが、
各広告主がモナから手を引く自省、いや時世の中、
朝日はどう対応するのだろうと思っていた。
少し前のニュースリリースによると、
この連載「山本モナのあなたを知りたい」は今週号をもって、
しばらくの間休載となるそうだ。
まあ、休載と言うか打ち切りだよね。

最後の掲載回となる本日発売号のゲストは、古田敦也だった。
しかし扉ページから違和感がある。
いつもならゲストとモナのツーショット写真で始まるのだが、
今回はバットを持った古田が1人でいる。

顔、出さないんだ。やっぱり。
と思った。

対談は通常通り。モナと古田のダイアローグが載っている。
しかしそのページの写真にモナはいない。
最終ページの1カットに、ソファに座った後ろ姿が映っているのみだ。
あきらかに露出を自粛している。
そしてこの記事の最後にいつもある、
モナの「対談を終えて」といった内容のコメントの〆。

「私には何も力はありませんが、
今後も古田さんのご活躍を陰ながら応援させてください」

と、自粛モードのコメント。
最後が古田とは、つくづく野球選手に縁が…なんて、
むりやりこじつけられなくもないですね。


それにしても、
スキャンダルに対するバッシングというのは厳しい。
なんでここまで叩くんだろうという感じもする。
二岡との不倫行為に対して、二岡夫人が被害者として告訴するとか、
そういうのだったらまだ分かるのだが、
山本モナと関係がない第三者なのに「許せない」とか言う人って、

「許すとか許さないって、あなたが決める立場か?あなたは神か?」

と言いたくなるんですけど、こういうのおかしいですかね?
by shinobu_kaki | 2008-07-28 13:32 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(10)

日垣隆の100タイトル。


以前のエントリでも紹介した日垣隆。
「ラクをしないと成果は出ない」という本を上梓されていて、
そのコンテンツ一覧がリストで公式サイトに載っていた。
これだけでもけっこうすごい。総勢100本(という単位でいいのか?)。

全部は以下のリンクから辿ればよいとして、
この中で僕が共感したものをちょいとピックアップしてみました。

日垣隆公式サイト ガッキィファイターより


2 ゴールを必ずイメージしてから仕事に取りかかる

仕事は「終わらせるもの」という人もいます。

3 自分にできないことをしている人を、素朴に尊敬する

大事ですね。

11 「つまらない」と思ったら、できるだけ早く撤退する

引き際って難しいです。経験がいる。

12 情報収集にのめりこまない。情報とは「出合う」ものだからである

ロマンチックなあれではなく、そうですよね。

14 若いうちはテーマなしで一日一冊、四〇代は一日で五冊

そんなに読めねー。

18 ウソには必ず理由や背景がある。それを探るとインプットが効率的になる

ウソに限らず、という感じでいつもそう思っています。

20 図書館に行けば行くほど「無駄遣い」になる

最近図書館をよく利用する私です…。

21 いざという集まりには万難を排して参加する

そうしたいさっ。

27 人から薦められたものは、無理をしてでも即日取り入れる

これねー、僕はなかなかできないでいるんよね。

28 期待値を下げる

ああ、僕のデフォルトです(笑)

31 締切日に納品しても、返信がないような会社とは仕事をしない

わりかし多いかも知れません。

35 NGな人には説明しない。NGな人とはモメない

「関わらない」ってことかなあ。

39 苦手なこと」は人の手を借りて解決する

いつもそうしてます(笑)

43 今の仕事を30年後にもやっているかを自問。もしNOなら続かない

仕事のディテールは変わるかもだけど、このセンでやってる気がする。

48 「やりたいこと」を周囲に話しておく

あ、これね、ホントに大事と思うね。まわりの人がかなえてくれますよ。

54 「何をしないか」を明確にしてゆく

人は「何をするか」じゃなく「何をしないか」で他人を信用するよね。

60 今いるメンバーを前提にする。「上手くいかない」のを彼らのせいにしない

そうしないと現実逃避のスパイラルに陥る。

78 出欠を迷うイベントには行かない

あと、迷ったら買わない。

80 もう腕時計をしない

そういえばもう10年以上してないや。

81 ノウハウはどんどん公開する

するべき。オープンにされて困るノウハウに意味はない。

88 毎晩アルコールが欠かせない人は伸びない

ビールで晩酌という日がほとんどです。

90 「必要でないこと」は極力やらない

常に何かやってる、ということが偉いわけじゃない。

92 子どもができたら、「仕事で二〇年後にブレイクする」準備を始める

ほほー。

100 大切な人は命がけで守る

守りましょう。


「小見出しは、その後にくる文章を要約したものであるべし」
みたいな小論文の書き方があったと思いますが、
なんかもうこれだけで、エッセンスが十分伝わる充実のタイトルという感じ。
そういえば今週の週刊モーニングの「ドラゴン桜」じゃなかった「エンゼルバンク」、
自己啓発本を読んで「へー」と感心しているようじゃダメ、という内容だった。
僕は自己啓発本ってまず読まないんだけど(立ち読みしただけで疲れる)、
そういう本ばかり読むタイプの人もいますね。
自分にガソリンというか、燃料を入れている感覚なのだろうか?
いろんなやり方、頑張り方がある。僕はただそうじゃないというだけだ。
by shinobu_kaki | 2008-06-20 19:09 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(0)

今週の週刊モーニング。



今日は満月ですね。


さて木曜日は週刊モーニング発売日。
なんだかんだとモーニングの連載は粒ぞろいで面白いと思うのです。

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巻頭ページ、井上雄彦「最後のマンガ展」告知。
これはかなり人気らしいです。上野の森美術館にて。
それにしてもモーニングは強力な作家を手に入れたというか、
井上雄彦はちょっと漫画家の中でも別格な感じすらします。
「BRUTUS」や「SWITCH」で単独特集が組まれる漫画家というのは、
そう多くはないですよね。風格があるというか。
今の描いている時代物という題材も「巨匠化」に拍車を掛けているようで、
反面、「バガボンド」という作品は純粋な面白さから遠ざかっている気もする。
井上に関しては、編集者とかも「玉稿を賜る」という感じじゃないかな?


宇宙兄弟(小山宙哉)
この人、モーニング編集部のプッシュがすごかったんだよね。
「ジジジイ」という元気なじいさんの話や、
「ハルジャン」というスキージャンプの話の時も、
編集部がものすごく期待している、もしくは売り出そうとしているのが
ビシビシと伝わるアオリ文の連発だったんだけど、
実際に読んでみると正直それほどでもなくて、それがちょっと格好悪かった。
今、連載している「宇宙兄弟」は比較的面白い。しっかり読んでいる。
要は映画「ライトスタッフ」のような設定で、今は宇宙飛行士試験の真っ最中。
この人の作画は、いろんなマンガからチョコチョコ頂いている感じがする。
妙に既視感のある絵柄なのだ。ただ、驚くほど動きがない。

天才柳沢教授の生活(山下和美)
うーん、この人に限ってこれはないと思っていたのだが、
ここんとこの「柳沢教授」はつまらなくなっている。
いや、こういう言い方は曖昧だな。「僕が面白いと思えなくなっている」か。
モーニングツーで連載している「不思議な少年」のほうは、
ものすごく僕が好きそうな設定だと思ったが、意外に入っていけなかった。
「柳沢教授」もちょっとこれに近い方向に行っている気がする。
かつての「柳沢教授」は、読んだ人に人生を肯定的に思わせるものがあった。
山下和美のすごさは、思想・表現的な作家としての部分と、
エンターテインメント職人としてのバランスにあると思っている。
それが、ちょっと作家寄りになっているという印象だなあ。
簡単に言うと、最近読んでも「響かない」のである。
これは作品との相性だとか、読み手である僕の変節とかではないと思う。

GIANT KILLING (綱本将也/ツジトモ)
ノッているマンガ。シンプルで元気、ダイナミックで動きのある作画がいい。
個人的には「今、一番面白いマンガのひとつ」としてプッシュしたいところだが、
シンプルすぎるところが薦める相手を選びそう。でもそれがいいんだよね。

ジパング(かわぐちかいじ)
大ベテラン。この人の描くキャラクターは総じて「目がかわいい」。
どちらかというと、ほのぼのマンガの系統に属する瞳である。
キャラの目がかわいすぎて、生殺与奪の場である戦場を描いている割には、
どうしても爽やかでソフトな印象が残ってしまう気がする。
それが良いほうに作用しているのかどうかはわからない。
あと、キャラの描き分けが苦手な作家さんの部類と思う。みんな顔が似ている。
この部類の極北はもちろん「キャプテン翼」である。

OL進化論(秋月りす)
いつまでたってもクオリティが下がらない…すごい。
ところで4コマ作家さん全般の原稿料が気になります。

特上カバチ!!(田島隆/東風孝広)
いつも思うのだが、主人公である田村に共感しづらいね。
あと、主要登場人物の心の変節をストーリーの幹にするのではなく、
こうして「依頼」という形で次々に色んな人のケースに絡めて行くのであれば、
この形式は超・長期連載になりうる構造と思う。
もともと「ナニワ金融道の不肖の息子」のような印象があったが(個人的にね)、
この作家さんの性格や物の見方がそうなのだろう、
ちょっとおせっかい要素の入った「泣き」の人情話を絡めてくるところが、
「ナニワ金融道」と大きく違うところ。クールじゃないのだ。

かぶく者(たなか亜希夫)
ひっくり返るほど面白くなった。これは驚いた。タイトルは「かぶくもん」と読む。
「その世界のルールを知らなくても面白く読ませる」のは大変な力量だ。
かつての「ヒカルの碁」なんかがそうだけどね。
井上雄彦に絵が似ている、という指摘がたまにあるが、逆だよね。
逆というか、たなか亜希夫のほうがキャリアの長いベテランだったりする。

ひまわりっ(東村アキコ)
自分自身が主人公のモデルのマンガ、であるらしい。
副主任とエビちゃんの絡みの部分は懐かしネタ満載でクスリと笑うが、
それ以外は健一の恐竜並の鈍さであるとか、父親のキャラにどうもなじめない。

神の雫(亜樹直/オキモト・シュウ)
なんか独特の様式美を確立しつつあるワイン蘊蓄マンガ。
今シリーズではマッターホルンに登りました。
ちなみに原作の亜樹直(あぎ・ただし)がMMRキバヤシのモデルなのは有名。
な、なんだってー!!

ディアスポリス(すぎむらしんいち/リチャード・ウー)
独特の世界観。「異邦警察」のサブタイトル通り、異邦人がよく描けていると思う。
次々と人が死んでいくハード・コアな物語ではあるのだが、
それほどエグさを感じないのはすぎむらしんいちの作画によるところが大きい。

シマシマ(山崎紗也夏)
滑り出しが素晴らしかったが最後が寂しかった「はるか17」の次作。
昼はアロマエステのオーナー、夜は「添い寝男子派遣業」の顔を持つ女性が主人公。
この話はまだテーマがいまいちよく見えていない印象。
「添い寝屋」を通して世の中の寂しい女性の群像を描くのかと思いきや、
そちらの展開もそこそこに、主人公の女性の恋愛話へとシフトしている。
さらに添い寝屋メンバーとして、何人かの魅力的な(設定の)男性も登場させており、
これらの素材をどう練り上げていくか、というのが待たれるところか。

しかしあれですね、「という印象」とか「待たれるところ」とか、
我ながら無責任というか適当というか、主語のない言い回しをしてますね(笑)

ラッキーマイン(鈴木マサカズ)
「カイジ」をやろうとしているのか?
あと、タイトル題字の吉川壽一(よしかわじゅんいち)、
「バガボンド」(今は変わってしまったが)、「ジパング」もそうだし、
上記2つは作品のテイストからして筆文字も合っていると思うけど、
このラッキーマインについてはちょっと違うんじゃない?という気がするんだが。

エンゼルバンク(三田紀房)
「ドラゴン桜」の続編だが、「就活」というテーマは時代のニーズとしてあるものの、
東大受験ほどの新鮮なインパクトはない。ので、難しいね。
「東大に受かるにはコレをしろ」という法則化ができるのが面白かったのに対し、
就職というのは一種マニュアル化できない部分であり、
「最終的にはその人それぞれの魅力と本気度」という結論が待っていそうで、
そうなると「2本目のドラゴン桜」として読み始めた読者にとっては、
どうしても消化不良を起こさざるをえない構造になってしまう。

華和家の四姉妹(柴門ふみ)
申し訳ないがやはり「すでに終わった時代の徒花」という印象しかない。
「トレンディ」という言葉が恥ずかしい過去となったように、
柴門ふみが今まで許されてきた作画の荒さだとかご都合主義だとかが、
今こうして「冷静に」見ると、もう辛いところが正直ある。
「華和家の四姉妹」は今週で最終回。
終盤は正三郎絡みのエピソードに終始してしまい、
全体としてのバランスを欠いた気がする。

営業の牧田です。(かわすみひろし)
「大使閣下の料理人」はすごく良かった。次の「プラチナ」はこけて、
今回の「営業の牧田です。」もいま一つ冴えがない。
主人公のサラリーマン、牧田のキャラが中途半端なのがいけないのか。
中途半端というのは例えば、このマンガを知らない人に伝える時に、
「これこれこんな人がこういうことをするマンガ」と要約して言いづらいのだ。
「ビール会社の営業の男が…」…はて、何をしているんだろう。
かわすみひろし描く人物はマンガ的で魅力があるだけに、
「プラチナ」「営業の牧田です。」はここのところがもったいない気がする。
その点、「大使閣下の料理人」はシンプルに言えるものね。


面白い、読んでるといいながら辛口になっている気がする(笑)
でも褒めているだけじゃ気持ち悪いですからね、とフォロー。

総じてモーニングは大人の観賞に耐えるというか、
ちゃんと面白くてテーマもしっかりしているマンガが多いと思います。
あと、進取の気風に富むというか、新しいことをやろうとする姿勢がいいと思う。
わりかし実験的な作品をポンと載せちゃったりするのもモーニングの魅力だしね。
by shinobu_kaki | 2008-06-19 12:11 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(2)
坂本勇人はジャイアンツの新しいショートストップである。
高卒2年目、まだ19歳だ。
ジャイアンツのショートと言えば二岡智宏がいるわけだが、
開幕後に二岡がケガで戦線離脱してからは、
ショートのレギュラーとして連続出場を果たしている。

坂本の特長としてあるのが「内角低めにめっぽう強いこと」だ。
ヒザ元への速いボールを、すくい上げるようにして軽々打ち返す、
そんな新人らしからぬバッティングを得意としている。
4月6日の阪神戦ではプロ初ホームランを記録したのだが、
これもインローのストレートをゴルフのようなスイングで捉えたもの。
おまけに19歳3ヶ月での満塁ホームランはセ・リーグ最年少記録だそうだ。

坂本は少年野球時代、あの東北楽天・田中将大と同じチームで、
バッテリーを組んでいたことがあるそうだ。
ちなみに坂本がピッチャー、田中がキャッチャーである。


…という記事を、購読している講談社の「本」という雑誌で読んだ。
かつての「一党独裁制」も今は昔、人気の凋落して久しいジャイアンツ。
(ジャイアンツの人気失墜はテレビメディアのそれとシンクロしているように見える)
「外様」の選手が主力を努めることが多い中、待望の生え抜きとあって、
坂本はメディアに注目される機会が多い気がする。

「僕はボールをバーンと叩いてスピンをかけるのではなく、
(ピッチャーから)ラインを引いてきて、そのラインに自分のスイングの
軌道を合わせることを考えています。ストレートならそのままですが、
スッと落ちたらすくい上げる。そんなイメージです」

なかなか恐れ入るレベルの19歳である。

ところで今朝「ビッグコミックオリジナル」を駅の売店で買ったのだが、
ここにもちょうど坂本の記事が出ていた。
講談社「本」と同じように、いかに坂本がインローに強いかが紹介されていたのだ。
これは一種のシンクロか、と思ったが、なんのことはない、
よく見るとどちらの記事もライターは同じ二宮清純なのであった。
同一のネタをそれぞれ、違う雑誌に書き分けていただけなのである。
by shinobu_kaki | 2008-05-20 13:09 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(2)

今週のAERA。

AERAは毎週買って読んでいる。
月曜朝のルーティンだよね。

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表紙はポール・スミス。
なのでAERAのロゴもこんなふうにストライプだ。
表紙を自分がデザインしたとしてもこうしたかもしれない。
それにしても「カラフルなストライプ=ポール・スミス」というイメージが、
こういうふうに確立しているのは凄いと思った。
だってストライプなんてかなり普通なエレメントでしょ?

特集「ママカースト」。
こういうのを見ると、AERAの想定対象読者は女性なのだなと思う。
育児、教育、女性の生き方…こういった傾向の切り口が多い。
「ママカースト」とは、かつての「公園デビュー」にも似た、
ママ同士の関係におけるプライドと劣等感のせめぎ合いだ。
同じマンションの住人同士だと特にステイタス感のやりとりが激しく、
会ってすぐに「お宅は何階?ご主人の年収は?」と聞かれ、
その人よりグレードの高い部屋に住んでいると答えようものなら、
翌日から完全に無視されてしまうなんていう話が結構あるらしい。
なんだか凄い。いきなり年収を聞くのって恥ずかしいと思うんだけどね。

「食」によくフォーカスを当てるのもAERAの特徴。
と言えば今は「毒ギョーザ」の話題しかない。
ウチはもともと冷凍食品系は食べないのだけれど、
身体に入れるものだけにこんなロシアンルーレットには参加したくない、
というのが誰にとっても本音だと思うよね。
買う側にとってもいやな話だけど、何より冷凍食品を扱っている業者にとって、
今回の話は死活問題もいいところ。飲食系はイメージがものすごく大事で、
「不潔」という噂が立っただけでも店から人は遠のくものだからだ。

サッカー、岡田ジャパンの戦いぶりをAERAは「こまねずみ戦法」と断ずる。
大きくて強い相手に対し人数をかけてちょこまかとすり抜ける。
ラグビーにおける「接近・連続・展開」を代表サッカーにも持ち込んだ。
ボスニア戦は3-0と結果を出したけれど、
本番は2月6日、ワールドカップアジア予選の初戦、タイとの真剣勝負。
98年の岡田ジャパンは好きなチームだったが、
ここ一番における選手の起用の仕方にストレスを感じた。
今回はどうなるのか期待して見ていたいね。

「現代の肖像」は蜷川美花。
父親はあの蜷川幸雄だが、いわゆる七光りの才能ではない。
この人、撮った写真を見ると「あ、蜷川美花だ」と分かるのが凄いよね。
すでに作家としてのスタイルが確立されているんだろう。
僕と同じ年の生まれということは30代半ばということだけど、
3度の結婚、この暮れに長男を出産と、濃ゆいです。

アメリカ大統領選とくればこの人。バラク・オバマ。
オバマは「変革」「再出発」のフレッシュな象徴として、
非常にアメリカ好みの人物だと思う。
「アメリカは嫌な国で大統領選も関心がなかったが、彼は違う」
と言うのはモロッコから移住して20年のアメリカ在住男性。
マイノリティもそうだが、IT長者などの若き富裕層にオバマ支持者は多い。
スーパーチューズデイ、どうなりますか。

そして、「恋人切り裂く騒音食事」。
王貞治氏の長女、理恵さんから結婚延期を言い渡された男性、
理由のひとつが「音をたててそばをすすること」。
そばに関しては音をたてて食べる文化があると思うのだが、
どうなんでしょうね、音にも品のある音とそうでないのがあるし、
「そばを食べるのに音をたてるななんて、わかってない」
と単純に言ってしまうのもどうなのかってとこですね。
男女の事情に関しては、外からでは絶対にわからないものがある。
by shinobu_kaki | 2008-02-05 08:21 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(2)

BOOK PARADISE

明日は言わずと知れたクリスマスイブ。
しかも満月だという。でも今日の月も相当に丸くシャープで、
まるで随分と近くにあるようにも感じられたのだけどね。

ほとんど引きこもりな一日、
図書館に行って本とCDを借りて来たのと、
夕食の買い出しにちょっと出たくらい。
あとは部屋で読書やネットをしながら静かに過ごした。
日照を遮っていた雨雲も午後には晴れて、
幾分すっきりとした空気の横溢した夕方となり、
おかげで綺麗な月も見られたわけだ。
今日借りて来たCDはケルト系のオーケストラ音楽、
世界の国歌集、レミオロメン「HORIZON」。
なんだかむちゃくちゃな取り合わせではある。

本やら雑誌やらは毎日何がしか読んではいるが、
前ほどここで紹介していないだけである。
というわけで読んだ本がちょっと溜まっているので、
ここでメモ的に短くコメントを寄せてみよう。


同級生で読む日本史・世界史(楠木誠一郎/光文社新書)
言っちゃ悪いがシンプルな企画の本である。
「日本史と世界史上の人物を、同級生という区切りでまとめてみる」
たったそれだけの話なのだが、これはまとめるの大変だよね。
古くは1394年生まれから、新しくは1929年生まれの歴史上の有名人を、
見開き1年としてひたすら羅列して行くという本である。
ちなみに1394年は足利義教に一休宗純、航海王子エンリケにグーテンベルク。
1929年はアンネ・フランクにヘップバーン、グレース・ケリーにアラファト、
フランキー堺に藤山寛美に村田英雄に黛敏郎に大木金太郎が同級生である。


プチ修行(小栗佐多里/幻冬社文庫)
「ダーリンは外国人」で好評を博した小栗佐多里の体験ルポ漫画&エッセイ。
瞑想、写経、座禅、滝、断食、お遍路などの「修行モノ」を、
まあほんの少しだけ体験してみるという企画。
僕はこの中では座禅だけやったことあります。ちょっとだけど。


大阪豆ゴハン(サラ・イネス/講談社漫画文庫)
現在モーニングで「誰も寝てはならぬ」連載中の作家の、
まあ出世作というかなんというかの完結巻。
基本的には「他愛も無い」一話完結のエピソードからなる本作、
最後の〆として次女・美奈子と大清水さんのラブ・ストーリー(?)が、
数話に渡ってじわじわ展開される。これがなんかココロを打つのであった。
各キャラが当時のレーサーをモデルに描かれていたのは有名だが、
本巻ではあとがき的漫画で、どのキャラが誰をモデルにしたかが公開されます。
ちなみに松林はゲルハルト・ベルガーであった。


フューチャリスト宣言(梅田望夫・茂木健一郎/ちくま新書)
密度の濃い対談本。面白かったと思う。
僕も機械音痴といいながら、すっかりコンピュータというか、
インターネットなしでは生きて行けない身体になってしまった感がある。
そんなウェブ世界において「検索」というのはすごく大きい概念だし、
こういうブログやSNSのようなツールでいろいろとやりとりを行なうことなど、
世界との関わり方が10年前とはまったく違っていると本当に思うね。


日本の有名一族(小谷野敦/幻冬社新書)
サブタイトルに「近代的エスタブリッシュメントの系図集」とある。
いわゆる「本物の」血統の家系が67、家系図付きで紹介されるのであるが、
読み終わって思った。これ、買うこと無いよ。
なぜなら本書の帯の裏表紙側に、ポイントがほとんど書かれちまっているからだ。
「大久保利通の孫娘の婿が吉田茂、その孫が麻生太郎/
小沢征爾の父は政治家開作、甥が小沢健二/夏目漱石の孫が房ノ介/
森鴎外の妹の孫が星新一/大江健三郎の義兄が伊丹十三/…」
ね、ポイントがほぼ要約されているのだ。


夢を食った男たち(阿久悠/文春文庫)
これもすごく面白かった。特に前半が良い。
怪物番組「スター誕生」を通じてデビューした芸能人は数知れず。
そこには恐るべき「原石」たちが続々と集まっていた。
会場にいる人間すべての手を止めてしまった13歳の森昌子の歌、
当時ひとりだけ光に包まれて見えたという桜田淳子の特別なオーラ、
山口百恵の特別な神話、企画から生まれたピンクレディーという「怪物」、
グループサウンズという時代と沢田研二の妖艶な色気…。
阿久悠はまさに一時代を築いた巨人と言いえる。2007年8月逝去。


スタバではグランデを買え!(吉本佳生/ダイヤモンド社)
経済学者が上梓した「コスト」の話。装丁やタイトルの付け方は上手いと思う。
帯に「値段から社会のしくみが見えてくる!」とあり、要するにそういう本。
テレビやデジカメの価格がだんだん安くなるのはなぜか?
携帯電話の料金はなぜ、やたらに複雑なのか?
スターバックスではどのサイズのコーヒーを買うべきか?
100円ショップの安さの秘密は何か?など、コスト意識を高めてくれる一冊。


秘すれば花(渡辺淳一/サンマーク出版)
タイトル通り、世阿弥の「風姿花伝」に関する本である。
能は今のところ観たことが無いし関心も正直無いのだが、
天才としての世阿弥個人については非常に興味をそそられる。


伊丹十三の映画(「考える人」編集部編/新潮社)
ついこないだも書いた気がするが、伊丹映画が好きだ。
「お葬式」、「たんぽぽ」、「マルサの女」、「マルタイの女」…。
もちろん映画そのものも良いが、伊丹監督自身にインテリジェンスがあったよね。
古い気障というか、ああいうスノッブな人というのはいいですよ。
洒脱で頽廃、頑迷でシニカル…なんて書くとまるで漱石のようじゃないか。


…と、疲れたのでこのへんにしときます。
僕は、明日の夜は夜から某所へ食事へ行く予定。
みなさま、どうか良いクリスマスイブをお過ごしください。

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ちなみにこちらは今日のディナー。
野菜と肉のチーズカツ、自家製ポテサラ、炊き込みゴハンを添えて。
by shinobu_kaki | 2007-12-23 23:15 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(0)
中島らも、チチ松村「らもチチ わたしの半生(中年編)」より、
鬱病によって中島らもが体験した迫り来る死のイメージ。
スリリングです。こういうの弱い人は読まない方がいいかも。
(対談形式のものをちょこっと編集してあります)


そのころ、玉造の寿司屋のあるビルのワンルームを
自分の仕事部屋にしてあったのね。そこで物書きしてたんやけど。
あるときちょっと離れたとこからタクシー降りて、
その部屋へ向かおうと思って、よたよた歩き出したわけ。
遠目にそのマンション見たときにね、
オレはここから生きて帰られへんなっていう想念が起こったの。
何やろ気持ち悪いなって思いながら、でも一歩ずつ歩いてって、
自分の部屋に入って、とりあえず酒飲もうって思うてさ、
ワイルドターキーっていうきついやつをね、一本買って、
それをグビグビ飲みだして、もうベロベロになるまで飲んだの。
そしたらな、昔のアニメなんかでね、主人公が真ん中にいて、
左側の脳のちょっと上ぐらいのところに悪魔がポヨヨンと出て来て、
右側に天使がポヨヨンと出てくるのあるじゃない。
で、お互いに誘い合ったりする。おまえは盗みを働けとかね、
そんなことしちゃいけないとかいうようなアニメってあるでしょ。
あれとまったく同じ状態が起こった。ほんで、オレの右側のポヨヨンは、
「この先、生きてても何にもええことなんかないんやから、死んでしまえ」
って言うわけ。で、オレの左側のポヨヨンは、
「何をばかなこと言ってるんや」ってね。
「おれは愛してる人もたくさんいるし、子供もいるし、
会社もやっていかなならんし、仕事も順調にやってるし、
何にも死ぬ理由なんかないやないか」って言うわけよ。
今度右側のポヨヨンがね、
「何言うてんねん、そんなこと言うたって明日になったら、
がんになって苦しんで死ぬだけやないか」って言うわけよ。
両方がずうっと言い争ってるわけ。その真ん中でオレはひたすら、
バーボンウイスキーをグビーッ、グビーッ飲んで、
これ、どないしたらええのやろって思ってな。
それで、そのうちにとうとうな、善のほうが疲れ負けしてきよってん。
そんで、悪の、死ね死ね言ってるほうが、勝っちゃったわけよ。
ほいで、オレは、「わかった。そこまで言うんやったらもう死ぬ」って思ったの。
どうやって死のうかって考えて、首くくりは汚いから嫌やし、痛いのも嫌やし、
やっぱりマンションから飛び降り自殺するのが一番いいなあって思ってね。
でもオレの住んでるマンションは五階建てのマンションやから
五階建てでは死ねないかもしれない。
そうだ、前住んでたマンションは十八階建てやった。
あそこまでタクシーで行って、あそこの十八階から飛び降りよう、
人のいないところ見計らって。そう思ったわけよ。決心したわけ。
ほんでね、よし、行こうって言って立ち上がったわけ。
立ち上がった途端にな、体中から冷や汗がどどどどどーっと出てきたの。
それで、一回座ったんかな、へとへとっとなって。
座ったその途端に、マンションの戸が開いて、わかぎえふが来たのよ。
「おっちゃん、何してんの」って聞いてきたわけ。オレは、
「警察でも救急病院でも何でもええから、精神科のある病院に放り込んでくれ」
って頼んだ。「オレ今、自殺念慮が起きてるから」って言って。
わかぎが、「わかった」って言って、すぐ病院へ連れて行ってくれた。
それで助かったんよ。ほんまやったら死んでたのよ、オレは。
だからね、伊丹十三さんのことをすごいよくわかるわけよ。
あの人、鬱病だよ。まちがいないよ。
周りに(助ける人が)いなかったんだよ、きっと。
だからこれも、一つの運と言えば運やね。
生きるように仕向けられてるんのかもわかんないね。


以上、引用である。
本当はチチ松村の相づちが入るのだがすべて割愛した。


渋谷に買い物に行き、ふらりと立ち寄った書店で本を物色。
対談に目のない僕だが、久しくそんなものも買ってないなあと思い、
たまたま手に取ったのがこれ。「中年編」を買ったのは、
「青年編」は中身がなんとなく想像できたのと、
こちらのほうが自分自身に近いシチュエーションだと思ったからだ。
そう、35歳というのはいわゆる「中年」の領域に入るんじゃないかと思う。
そしてそれは、なかなか悪くない感覚でもある。

今よりもっと若い頃の僕は、年を取りたくてしょうがなかった。
早く年を取って、この鬱陶しい自意識過剰から少しでも解放されたかった。
中島らもほど激しくはないが、若い頃は何度も普通に自殺を考えていた。
今はそんなことはない。あれもまた自意識過剰のなせる業だったのだろう。
自分自身で、自らのストーリーを完結させたいとの思いがあったのではないか。
それはとりもなおさず自己愛、ナルシスティックな逃避でしかない。
今でももちろん分からないことのほうが多いが、
何と言うか、生きるということはもっとぐちゃぐちゃなものなのだ。
アンコントローラブルで、時として不愉快で、そして「とほほ」なのが普通なのだ。
昔はそんなふうには思えなかった。もっと自分の望み通りに生きたかった。
小さい視野で見えるもの全てが世界だと思いたがった。
だからずいぶん生きるのが苦しかった。
憤りと諦観と無力。妄想。逃避。矛盾。
そんな醜悪な季節を僕は長いこと一人で過ごしていた。
by shinobu_kaki | 2007-10-21 19:32 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(0)
「十五歳か、十六歳のときに、奇妙なことが発生しはじめた。
本を読んでいるさなかに文字が解体するのである。
(中略)文字は凝視に耐えられない。
文字はそこに一点たちどまって凝視してはならない。
それは一瞬、瞥見した瞬間になにごとかを感知し、
あとは眼をそむけなければならない。それとたわむれてはならない。
チューインガムのように噛みしめ、しゃぶりつくしてはならない。
初見の閃光や果汁をこそ味わうべきであって、
そのあとはそっとしておかなければならない」

開高健(「告白的文学論」『食後の花束』より引用)


開高自身はこれを「滅形の瞬間」としており、
ゲシュタルト崩壊というには少々ヘビーな病理の発露であったらしい。
精神科臨床上、離人症と言われる症状であった。
離人症とは、自己の身体や外界の事物に関する実在感の喪失、
さらに自己そのものの存在感の欠落、
あるいはもう1人のオルタナティブな自己が、
自己の姿を外部から眺めているような、
いわば対外離脱体験的な病態であるらしい。

仲間秀典の「開高健の憂鬱」という一冊は、
豪放磊落、博学多識、機知縦横、美味救真にして鯨飲馬食という、
まことに内部無きかのごとくポジティブな開高健氏のパブリックイメージに対し、
病跡学(パトグラフィ)的な見地から、その繊細さ危うさを綴ったものだ。
世界中を駆けた行動力も、釣りに熱中したその趣味人ぶりも、
自らによる一種のセラピー、「内なる鬱」に対する対症療法なのだという。

遺作となった「珠玉」を脱稿した2ヶ月後、
開高はがんとの戦いの末、肺炎を併発して死亡している。
平成元年12月9日のことだった。
がんの告知については悲しいエピソードがある。
夫人である牧羊子の不用意な発言により、
医者がひた隠しにしていたがんの症状を開高が知ってしまったのである。
以下、その状況を本書より引用する。

『11月19日、牧(夫人)特製の漢方スープを嫌がる開高に、
彼女が思わず「あんた、病院にだまされてるんや。
これ飲まな、ガン治りゃせんで!」と一喝してしまう。
「出てけ…」と病人は静かに言い、それからは闘病の意欲を失くしたらしい。
牧羊子の不用意な言葉に、谷沢永一は怒りを隠さない。
「私の知っている開高は、告知にふさわしい性格ではない。
誰に向かってであっても、私は、告知に、反対である。
ましてや、開高は、その気質は、じつのところ、繊弱、である。
かぼそく、もろく、よわい、のだ。彼は、豪傑、なんかではない。
見せかけ、山っけ、には、無縁である。生地を、さらして、きたのである。
その、いたわってやるべき男に、なんたることを」。
対して菊谷匡祐は、開高を救おうと努力した夫人を
責めることはできないとして、「悲しい話だ」とだけ書く。


さあ、今日はちょっとだけ仕事。
雨ですね。ちょっとじめじめします。
by shinobu_kaki | 2007-10-08 14:10 | shinoBOOKS | Trackback(1) | Comments(0)
面白い本を買ったよ。
冷泉(れいぜい)彰彦「『関係の空気』『場の空気』」。

空気、とは、「お前空気読めよ」とかの空気である。
無色透明で、地球上では約8割が窒素、約2割が酸素で、
1cm²あたり中1kg重…というアレではない。

日本における人間関係の形成において、
「空気」というのはひとつのキーワードだ。

無宗教と言われる多くの日本人は、ココロの中に「主」を持たない。
では何を拠り所として決断、行動するのかと言うと、
まさにこの「空気」によってかなりの部分が左右される。
好むと好まざるとに関わらず、である。

本書は、なかなか言葉にするのは難しいこの「空気」のニュアンスを、
果敢に解き明かした一冊である。
中には「我が意を得たり」というテキストがいくつかあった。
ちょっと引用したい。


 まず、日本の会社ではやたらに忙しがることが「善」という空気がある。
 仕事のできる人間がサッサと帰宅する際に「お先に失礼します」と
 謝らなくてはならないように、労働時間の長さが忠誠心という妙な信仰がある。
 同じ理由で、プライベートの問題で「ソワソワと時間を気にする」人間を嫌う。
 そして、多くの人間が「忙しさ」を誇るとともに被害者意識を持っているから、
 出張や残業を一切「しない」人間のことは、一切認めないか、
 格下に見たがるのである。(第三章 場の空気〜「空気の研究」から三十年)

これ、ホントそうなんだよね…早く帰るのが罪悪みたいなさ。
まあ今は会社も変わってきているところもあるから、
こんな旧態依然とした空気ばかりじゃないだろうけれども。
あと、こんな話もある。オヤジのダジャレについて。


 大きな会議の席上、あるいは公式行事に伴う宴席のスピーチなどで、
 あるいは三、四人のなんということのない談笑の中ででも、
 ダジャレの許されるのは基本的にその場の最高権力者だけである。
 (中略)むしろ出来の悪いダジャレのほうが効果的という面もある (中略)
 下手なダジャレというのは、「自分は切れ者ではない」と
 スキを見せながらも、部下に「下らないシャレに笑って服従の姿勢を示す」
 ことを強要して組織をポリティクスがあるからである。
 (第四章 空気のメカニズムと日本語)

そうか、あの時の上司のあのダジャレは、
それなりにきちんとした深い思想に裏打ちされたものだったんだ、
と思うかどうかは別として、なるほどと言う感じですね。
というか、そう思ってはいたけれど、これだけ明快に書かれると気持ちがいい。

あと、本書では「コードスイッチ話法」についても触れられている。
ここでいう「コードスイッチ話法」とは、
「ですます」調と「だ、である」調をミックスする話し方で、
これはホントに僕もよく使う。というか、みんな多かれ少なかれ、
日常のシーンで細かく使い分けていると思うけれど。
ただこの「コードスイッチ話法」は意識的にやるとかなり使えるテクニックで、
それは相手との距離感、空気において作用する。
うまくやると本当に効果的なのである。

特に、これが上手い有名人はみのもんた。
ラジオ出身の彼は、この話法を巧みに使い、芸風としている。
「ちょっと、奥さんそうなんですヨ、でもね、聞いてよちょっと…」
政治家もよく使うよね。
「まああんなもんじゃないかなって感じですね。でも本当はもっと欲しいね」

コミュニケーションの達人は、話法によって関係性を支配する。
by shinobu_kaki | 2007-09-18 02:15 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(4)

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