カテゴリ:人生は映画とともに( 56 )

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ヤクザによる民事介入暴力に毅然と立ち向かう、
とあるホテルとそこで働く人々の物語。
1992年の映画とあって、さすがにディテールに時代を感じる。
それは女性の髪型であったり、人物の衣服であったりとかね。
特に中尾彬、柳葉敏郎が若い。
この映画の公開後、伊丹監督は暴漢5人に襲われたわけだが、
監督もやばいところに手を出したよなあという感じである。

行動力と少しの智慧、そして何より勇気があれば、
人間は理不尽な困難にも立ち向かって生きて行けるという映画。
by shinobu_kaki | 2008-04-06 09:55 | 人生は映画とともに | Trackback | Comments(0)
今週から通勤経路が変わって、毎日が新鮮なのですよ。

朝、新居からは自転車で。駅前の無料駐輪場まで5分ちょい。
今までに比べると明らかに「駅前」ってな感じのエリアを通り、
今までよりも混み具合の緩やかなのが嬉しい電車に乗る。
ただし、前よりは遠くなったけどね。
読書なり音楽なり瞑想(?)なり、通勤時間のイカした使い方を考えよう。


伊坂幸太郎「死神の精度」が映画になるらしい。
主演は金城武と小西真奈美だ。
映画版のタイトルは「Sweet Rain 死神の精度」という。
「Sweet Rain」がくっついているというわけ。
これって何かに似ているなあと思ったらあれだ、「ALWAYS〜三丁目の夕日」だ。

西岸良平のマンガは今もビッグコミックオリジナルに連載中。
「ALWAYS」というのはもともと原作のマンガのタイトルにはついてない。
(原作の正式なタイトルは「夕焼けの詩」であり「三丁目の夕日」は副題である)。
ノスタルジーを標榜する作品とはいえ21世紀の映画であるから、
タイトルが「三丁目の夕日」だけだとどうなのだろう、と思われたのかもしれない。
日本には相変わらず外国語コンプレックスというか、
ポップソングのタイトルやサビにしてからがそうだが、
ここ、という部分で外国語単語の力を借りる傾向が見え隠れする。
確かに日本語単語よりも外国語単語のほうがおさまりが良いというか、
日本語だけのタイトルだと妙に「和風」になってしまう違和感があるのだ。

それしてもおかしな話である。日本が和風で何が悪いのか。

これはきっと、以前にも書いたが、
「和風は現代日本風ではない」というところから来ているのではないか。
明治期以降、極端に欧化(後に米化)していったことで、
一種の文化的混血状態になっているのが現代日本のスタンダードなのだ。
流行り歌も会社名も、プロ野球チームやサッカー日本代表ですら、
「外国テイスト」が多少交じってちょうど良く感じる、
という感覚にもはやなっているのである。

「Sweet Rain 死神の精度」の話だった。
このタイトルを見てもう一つ思い出すのはやっぱり、
「Forrest Gump(フォレスト・ガンプ)/一期一会」である。
原題にはもちろん「一期一会」などついていない。
タイトルを翻訳する時に日本の会社がつけたという話がある。
これについてはいろんな意見があるようだが、
個人的な感覚で言うと「蛇足」だと思ってしまう。
例えばこの映画の話をする時に、タイトルをフルで読み上げると、
ちょっと恥ずかしい(まあ、そんなことはしないが)。
さらに日本語の部分だけを拾って話す人も今まで見たことがない。
「そういえばさ、『一期一会』って観た?」などと言われても困ってしまう。
なんの映画のことだかきっとわからないであろう。
そういった意味からも個人的にこの言葉は蛇足と言わざるを得ない。

しかし、この「一期一会」というタイトルをつけることで、
この映画を初めて観る人にとっては、
「なんか、ちょっと感動系の映画」であることが分かるのだ。
「フォレスト・ガンプ」というタイトルだけでは日本人には少なくとも、
映画の主人公の名前であるという想像は湧きづらい。
アクション映画かもしれないし、ホラー映画かもしれない。
「フォレスト」は英語で「森」だから、
消えゆく森を守ろう系のドラマに思えなくもない。
時代を駆け抜けたスポーツ選手の話かもしれない(これはある意味正解だが)。
あるいはトム・ハンクス主演のAVかもわからないのである。
つまりこの「一期一会」という蛇足に見える一言は、
そういった「つまらない誤解」を回避するためのインテリジェンスなのであろう。

ちなみに映画「フォレスト・ガンプ」は2回ほど観たが、
「ALWAYS」は観ていないし小説「死神の精度」も読んでない僕がお送りしました。
工工エエエエ(´Д`)エエエエ工工
by shinobu_kaki | 2008-03-19 15:20 | 人生は映画とともに | Trackback | Comments(4)

伊丹十三「マルサの女」

さっきまでさんざん降っていた雪も、もう止んだ。

久しぶりに観た、映画マルサの女
描かれている世界観、洒脱な場面転換、
そのキャラクター造形から主題歌に至るまで、
個人的、というか生理的にとても好きな映画なのだ。

出色なのは、足の不自由な「敵役」権藤を演じる山崎努。
綺麗な目をしたロマンティストの悪人、というのは妙なリアリティがある。
昔見た時の記憶では、権藤はもっと権謀術数に長けた
いわゆるマキャベリストのイメージがあったのだが、
あらためて見るとそんなことはなかった。
むしろ経営者の2大特質と言われる「情緒性と白痴性」を持った人物像で、
どこか引きつけられるものがあったね。
ある種類の女性からすると「かわいい」という感じなのではないだろうか。
あと津川雅彦のスーパーサラリーマン的キャラクターもいいし、
何より宮本信子演じる板倉亮子が魅力的。
そばかすだらけで寝グセ髪、でも宮本信子って元が綺麗なんだよね。

今日は休日ながら色々と事が進んだ日であった。
明日も雪かな?

電車の中で読んだ「文藝春秋」、
芥川賞受賞は川上未映子「乳と卵」。
この人、前回の「わたくし率イン歯ー、または世界」に続く、
独特のグルーヴあふれる流麗な、しかしとっても読みづらい文章。
平野啓一郎と違った意味で読むのがけっこう大変である。
審査員役の作家たちによる寸評はいつも面白い。
前回の「アサッテの人」に対してもそうだったが石原慎太郎、
どうにもこの新人たちの潮流に理解できないというか我慢がならないようで、
憤懣やるかたなさを隠さない、不快感の表明的文章がおかしかった。
「この作品(「乳と卵」)を評価しなかったということで、
私が将来慚愧することは恐らくあり得まい」とか、慎ちゃん感情的。

夜になって、クリームシチューをこしらえてみた。
野菜や肉を切り、大きな鍋でぐつぐつと調理をする休日。
冷やしたビールを飲みながら、シチューをおかわりした。
雪の日にシチュー、だなんてちょっとハマり過ぎかもしれないね。
by shinobu_kaki | 2008-02-09 23:19 | 人生は映画とともに | Trackback | Comments(0)
ああ、こういう映画だったんだ。
これを「いちばん好きな映画」とする人は多いだろうなあ。

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北欧フィンランドはヘルシンキの薄曇りの空、
かもめ食堂の店内の水色に塗られた壁、
小林聡美演じる「サチエ」の芯の強そうな凛としたスタンス、
片桐はいり演じる「ミドリ」の不器用そうな個性、
もたいまさこ演じる「マサコ」のまとう独特の空気、
プールの水音、おにぎりを握る手、とんかつを揚げるジューッという音、
焼きたてのシナモンロールとコーヒー、
フィンランド人のシャイな佇まい、近藤達郎の音楽すべて、
そして井上陽水の歌うエンディング(「クレイジーラブ」!)、
何もかもが全部いいね。

特に小林聡美が素晴らしい。
原作者の群ようこ曰く「何もかも捨てて来た強さを持つ女性」サチエは、
他人との距離のとり方を心得つつ、しかし孤高に陥ることもなく、
あくまで自然な「自立した姿勢」を獲得している。
それが「美しい」と感じるのだ。
片桐はいり、もたいまさこも効いている。
特にもたいまさこの存在感は異様なほどで、ちょっと凄いね。
(まさか、あの片桐はいりが食われるとは…!)
この設定にこのキャストを揃えた時点で、
映画の成功はほとんど約束されていたのではないだろうか。

僕にしてからが、この週末ですでに2回観てしまった。
なんというか、そういう映画。
画面を、この空気を、そして人物たちの静かなやりとりを、
ずうっと観ていたいと思わせるタイプの映画なのだ。
観ている最中、なんだかほっこりと笑ってしまう。
別に「泣かせ」があるわけではないのに、
エンディングではなぜかじわっと来てしまう。
そして観終わった後はなんとなく、元気になる。
こういうのは「いい映画」だと思うよね。

映画の終わり方について。
「かもめ食堂」のエンドロールへの入り方は個人的にとても好きなタイプ。
最後のシーン、最後の一言とともにスパッと切れるように終わるのは、
トラン・アン・ユンの「夏至」や、是枝裕和の「ワンダフルライフ」を思わせる。
これは言わば「そして日常は続いていく」というような表現になっていて、
とてもスマートな処理だと個人的には思っている。
そして「たかぶり」の基本的にないこの静かな映画の中で、
最後の最後に陽水の湿り気たっぷりの歌声が感情を解放するのである。

「あした世界が終わってしまうとしたら、…美味しいものを食べたいですよね」
映画の中にこんなセリフが出てくるが、
観ながら考えていて、確かに僕もそう思った。
なんというか、考えつめるとそれしかないのである。
好きな人と、美味しいものを食べる。
それはとても個人的なことであり、しかしそれが最後にくる、
これしかないという「幸せ」なのだ。
つまり最後は一人一人だということなのである。
そして「あした世界が終わるとしたら何をしたいか」というセリフは、
サチエの凛とした生き方をとてもよく象徴しているように見える。
by shinobu_kaki | 2008-01-12 17:43 | 人生は映画とともに | Trackback | Comments(4)

黒澤明「羅生門」

誰もが観ているであろう超メジャー、という映画たちの中で、
僕がまだ観ていない作品というのはたくさんある。
思いつくのは「ゴッドファーザー」シリーズがそうだし、「第三の男」などもそう。
「ディアハンター」「真夜中のカーボーイ」なども未見である。

でも古い映画の中でも、名作と言われるものはやっぱり良くできていて、
「市民ケーン」は若きオーソン・ウェルズにしびれたし、
「アラビアのロレンス」は完全版DVDを買ってしまうほど良かったし、
こないだ観たチャップリンの「街の灯」は表現者チャップリンの凄みを感じた。
20代の初め、グリフィスの伝記を読んでは「イントレランス」のビデオを買い、
現代の感覚とは全く違う無声映画の大作を部屋でひとり観ていたりもした。
かように僕は時々古い映画を観ようと思い立つことがあるんだよね。

話がそれたが、そんな「まだ観ぬ名作」の中に黒澤明作品がある。
恥ずかしながら僕は黒澤映画をほとんどカバーしていない。
やはり20代の初め頃に「夢」という作品を観たくらいで、
決して多作とは言えない世界の巨匠の映画をまったく観ていないというのは、
日本人としていかがなものかという思いがちょっとだけある。

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というわけでつい先ほどだが、黒澤映画「羅生門」を観た。
「羅生門」は芥川龍之介の同名の短編が有名で、これは僕も何度も読んだ。
だから映画を観終わった感想のひとつとしてあったのは、
「『羅生門』ってこういう話だっけ?」というものだった。
ウェブで色々と調べると、この映画は芥川は芥川でも、
「薮の中」という小説から作中のエピソードのモチーフを得ており、
そのエピソードを語る「今」の場として、雨の羅生門があるのであった。
というわけで印象が違って当然なのである。
だから映画には死体の髪を抜くあの老婆も出てこない。

それにしても三船敏郎は顔がいいね。あの濃さはちょっと凄い。
この映画の白眉は京マチ子、まさに鬼気迫る迫力、なんだろう、眼力がすごい。
そして「羅生門」は虚実入り乱れる構成のため、当時の大映社長がオフィシャルで、
「この映画はわけがわからん」と発言したというのもまあ分からんでもない。
とはいえ、現代の感覚からするとディテールは実にはっきりとしていて、
映画そのものは分かりづらくはないんだけれどね。

TSUTAYA DISCUSから届いたもう1枚のDVDは、やはり黒澤明の「乱」である。
そう、ちょっと「クロサワ」をまとめて観てみようと思っている次第。
僕はあと小津安二郎も押さえてないので、こちらもじきにと思っている。

古い日本映画と言えば、今日渋谷を歩いていて見つけたのだが、
「たばこと塩の博物館」で川島雄三の「幕末太陽傳」の特別上映があった。
観て行こうかとも思ったけれど、「幕末太陽傳」はもう何度か観ていたし、
(かつてDVDで持っていたのだ。友達にあげてしまったけれど)、
ちょっと買い物もあったので今回は見送ったのだった。
代わりに、というほどじゃないけれど、代々木公園近くのオープンスタジオで、
いまや時の人、東国原英夫宮崎県知事を見かけた。
道路に面した中の見えるスタジオで、サイバーエージェント藤田晋氏と話しており、
やっぱり人気なんだね、そこそこの人だかりができていた。


wikipedia「羅生門」(映画)
wikipedia「羅生門」(小説)
芥川龍之介「羅生門」全文
wikipedia黒澤明
by shinobu_kaki | 2007-12-22 22:57 | 人生は映画とともに | Trackback | Comments(2)

一番怖いシーン。

一番怖いのってなんだろうね。

いろいろ考えられるけど、
やっぱり「人間の狂気」みたいなもんじゃないんだろうか。

そして「デビルマン」の牧村家襲撃時の群集心理のような状態も怖いけど、
藤子・F・不二雄SF短編「ミノタウロスの皿」的なのも怖い。
要は「価値観の絶望的な相違からくる無邪気な残虐性」みたいなもの。

人間はしばしば大義名分を得たときに残虐性を持つことがある。
儀式、もそのひとつだ。
これが両方合わさったのが魔女裁判とかになるわけだけど。
こういうのは中世に多かった。中世というのはつまりヨーロッパであり、
特にこの時期のヨーロッパは宗教の匂いが特に色濃いがゆえに、
「ちょっと不気味な儀式」というのがいろいろと見受けられるのである。

というわけでこんなサイトがありました(英語だけど)。


100 SCARIEST MOVIE SCENES


映画の怖いシーンベスト100を集めた動画サイト。
「シーン」でのランキングなので、「シャイニング」がいくつかランクインしてます。
その中で、一番上の「The Wicker Man」のが怖かったね。

「ウィッカーマン」とはガリア戦記に出てくる柳の枝で編まれた巨大な人型の檻で、
この中にドルイド教徒を入れて生け贄として燃やしたされる。
映画「The Wicker Man」の中では、夕暮れの丘、
燃え盛るウィッカーマン(と生け贄)を囲み、
人々が歌い踊るという美しくも不気味なシーンが描かれています。

これは怖い。

前述の藤子・F・不二雄「ミノタウロスの皿」に関しては、
絵がまんま「ドラえもん」(もしくは「21エモン」)なので一見怖くはない。
でも劇中で行なわれていることはまさに、
「価値観の絶望的な相違からくる無邪気な残虐性」と呼ぶにふさわしい。
「言葉は通じるのに話が通じないという……これは奇妙な恐ろしさだった」
(「ミノタウロスの皿」より)


でもね、個人的にはホラーはあんまり好きじゃないんです。
だって怖いじゃないですか(←そのまんまだけど)。


ウィッカーマン-Wikipedia
ミノタウロスの皿-Wikipedia
デビルマン-Wikipedia
by shinobu_kaki | 2007-12-15 10:08 | 人生は映画とともに | Trackback | Comments(0)

泣ける映画音楽。

「あの曲をピンポイントで聴きたい」と思ったら、
「(曲名) youtube」という検索で聴くことができてしまう最近である。

僕は、昔からサントラって好きなんです。
つまりここぞのシーンにつく音楽、
時には心象を表現したり、セリフよりも饒舌に気持ちを語ったりする、
エモーショナルな音楽が好きなわけです。
非常に良い意味での「風景」になるようなのがね。

これらのリンクはすべてyoutubeの映画音楽たちです。
名曲ぞろいだと思う。
ちょっと、一杯飲みながらでも、聴いて行ってみませんか。



CALLING YOU (バグダットカフェ) - Jevetta Steele
映画のあの枯れた砂漠の風景が思い浮かぶ。
人恋しくなる、すごい名曲。


Innocent when you dream(スモーク)-Tom Waits
ハーヴェイ・カイテルの切なさのある存在感ももちろんいいが、
ポール・オースター役を演じるウィリアム・ハートの笑顔も素晴らしい。
「スモーク」は思えばクリスマスの映画でもある。


Cinema Paradiso(ニュー・シネマ・パラダイス)-Ennio Morricone
モリコーネの音楽はちょっとした反則で、
人の琴線にいやおうなく響くようにできている。
もう亡くなってしまったけれど、フィリップ・ノワレは名優だった…。
「イル・ポスティーノ」の詩人も良かったしね。


Shape Of My Heart(レオン)-Backstreet Boys
ジャン=レノの日本人気を爆発させた「レオン」。
これもそうだし「フィフス・エレメント」もそうだが、リュック・ベッソンは
日本の「マンガ」を好きなことが映画からはっきり読み取れるよね。


I don't want to miss a thing(アルマゲドン)-Aerosmith
もう随分前の仙台の映画館で観た。
その日は仙台在住の友達夫婦の家に泊めてもらう約束で、
待ち合わせの時間よりもずいぶん早く仙台に着いた僕は、
映画を観て時間つぶしをしようとしたのだった。
その時の一本がこれ。映画本編はアレだが、曲はいいと思う。


I Don't Want To Wait(シティ・オブ・エンジェル)Paula Cole
これ、勘違いしていた。好きな曲だったんだけど、
アラニス・モリセットの曲だとずっと思っていた。道理で見つからないはずだ。
歌っているのはポーラ・コール。
ドラマの映像とセリフがかぶってくるのはご容赦。


Stand By Me(スタンド・バイ・ミー)Ben E King
この曲はあまたのアーティストがカバーしているわけだが、
オリジナルのBen E Kingのものが一番いいと思う。
あのジョン・レノンのですら及ばない。


以上、映画音楽はいいねという記事でした。
by shinobu_kaki | 2007-11-25 21:40 | 人生は映画とともに | Trackback | Comments(0)
さっきDVD「嫌われ松子の一生」を観終わった。
前言撤回。
ごめん、すごい面白かった(笑)

この映画を「一直線な(愛すべき)バカ女の話」と評した人がいたが、
まさにそんな感じだね。
ちょっと前の映画だし(2006年5月公開)、
ここにあらすじを延々書くのはどうかなので割愛。
朝から2回ほどホロリ泣きしてしまいました。
1回目は車の中で妹の死を聞かされて松子が泣くシーン、
2回目は完全に引き蘢りになった松子がゴミだらけの部屋でひとり、
想像の中で今は亡き妹の髪を短くカットしてあげるシーン。
どちらも妹がらみだなあと思ったら、映画のラストも松子と妹のショットで、
全編通して(いや、途中まで?)ずっと愛情を求め続けた松子が、
一番心残りとしてひっかかっていたのが妹のことだったのかもしれない。
だから僕もそこにぐっと来たのかも、と思ったのだった。

そして、すべての映画には教訓を求めることができる。
教訓ではないが「嫌われ松子の一生」を観て思ったこと。

・人や、世の中との関わりをやめることは人生をダメにする。
・不器用とは、相手との間合いを計れぬ人のことをいう。
・誤解はなるべく解いておこう。
・人生を精一杯生きることだけが後悔から逃れる道である。
・身だしなみはコミュニケーションスキルの一部である。
・土屋アンナあれだけかよ!
・人からの愛情はその場にいると気づきにくい。
・BONNIE PINKが結構好きなんでどこに出るかと思ったら、
 なんとソープ嬢役でビックリ(脱がないけど)。
・柄本明は「偏屈な昭和の父」という役どころがやけにはまる。
・香川照之は「田舎にいる兄」の役がほんっとによく似合う。
・宮藤官九郎は「売れない作家志望」の役がほんっ(略)


オフィシャルサイトより、川尻松子クロニクル。
人の一生なんて15行で語れてしまう。

昭和22年 0歳。川尻家の長女として福岡県に生まれる。
昭和30年 7歳。幸せを夢見る明るい子供時代を過ごす。
昭和46年 23歳。担任を務める中学校で窃盗事件。教師を辞職。
昭和46年 23歳。作家志望の八女川と同棲。暴力にあう。
昭和46年 23歳。八女川、踏切自殺。
昭和47年 24歳。八女川の友人、岡野と不倫。妻にばれて破局。
昭和48年 25歳。中洲のソープ嬢になり、店のトップに。
昭和49年 26歳。同棲中のヒモ、小野寺に裏切られ殺害。自殺未遂。
昭和49年 26歳。上京。理髪店の島津と同棲中に逮捕される。
昭和49年〜刑務所に服役。8年後に出所。
昭和58年 36歳教え子、ヤクザの龍と再会。同棲。
昭和59年 36歳 龍、逮捕され刑務所へ。
昭和63年 40歳 出所した龍と再会。龍、再び逮捕され服役。
平成元年〜 一人暮らしの引きこもり生活。
平成13年 53歳 荒川の河川敷にて、死体で発見される。


悲惨な心象風景をいきなりミュージカル調にしてしまうのは、
ビョークの「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を思い出させる。
「嫌われ松子」も悲惨な物語なのだが、「ダンサー」ほど救いがないわけじゃない。
これは演出、というか語り口が悲惨さを緩和しているからで、
つまりここからもうひとつ教訓的なものを導くとすればこうなる。
「印象を支配するのは話の内容ではなく、その手法である」と。

あー、面白かった。
by shinobu_kaki | 2007-11-23 13:20 | 人生は映画とともに | Trackback(1) | Comments(0)

「嫌われ松子の一生」

昨日、帰って来てからTSUTAYA DISCASから届いてた、
DVD「嫌われ松子の一生」を観ていたんだけど、
開始30分くらいでもう「観ちゃいらんなく」なってしまって途中でやめた。

同じ中島哲也監督の「下妻物語」はあんなに好きだったのに、どうして?
主演の中谷美紀のせいか?

でもあらためて、この映画はキャストがむちゃくちゃ「豪華」である。
「豪華」とカギカッコつきなのは、シネマ・キャスティング的な意味とは
また違った文脈で豪華だということですけどね。

まず松子役の中谷美紀はもとより、
瑛太、伊勢谷友介、香川照之(「ゆれる」と同様「兄の役」で笑った)、
市川実日子、柄本明、柴咲コウ、谷原章介、宮藤官九郎、
BONNIE PINK、武田真治、荒川良々、ゴリ(ガレッジセール)、
竹山隆範(カンニング)、劇団ひとり、土屋アンナ、山田花子、
片平なぎさ、本田博太郎(サスペンスドラマの犯人「本田博太郎」役w)、
あき竹城、角野卓造、木村カエラ…。

キャストを書き出していたら観たくなったりして。
もっかいチャレンジしてみます。

ちなみに借りているもう一本はチャプリンの「街の灯」。
TSUTAYA DISCASって借りたいリストの中からランダム的に届くから、
こういう訳の分からない取り合わせが時に起こる。
by shinobu_kaki | 2007-11-20 07:36 | 人生は映画とともに | Trackback(2) | Comments(2)

「トニー滝谷」

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映画「トニー滝谷(たきたに)」の監督は市川準だった。
市川準は「病院で死ぬということ」「トキワ荘の青春」などの、
非常に静謐な映画を撮る監督であり、
もともとはCMディレクターであった。
なるほど、各シーンへの入り方、研ぎすまされた映像、
この緊張感は確かにCM的かもしれない。

「トニー滝谷」の原作は村上春樹で、
音楽は坂本龍一で、
主演男優はイッセー尾形で、
主演女優は宮沢りえだ。
もう、これだけで一見の価値があるだろうというキャスト&スタッフである。
あと一般的には認知度は低いかもしれないが、
撮影はCMなどでも活躍している広川泰士、
印象的なデコラティブなロゴはデザイナーの柿木原政広。
要するに一本の「作品」を作るために、
純度の高い才能が結集された映画なのである。

一般に小説の映画化、というのは難しいと言われる。
それは一度小説を読んだ人にとって、すでにその映像は各人の頭に存在しており、
あらためて映画という形で提示されたものに対しては、
その頭の中の映像とのギャップという違和感が100%付与されるからである。
(そういった意味で、漫画の映画化はもっと難しい)。

そのハードルを超えるためには何がしかの「回答」が必要なのだが、
この「トニー滝谷」は、ナレーションとしての小説の朗読を使用することで、
原作の世界観を失わないというトライに成功していると思う。
西島秀俊の訥々としてつぶやくようなナレーションによって、
村上春樹の小説に横溢する「喪失感をともなった自分語り」のようなものが、
「ああ、村上春樹の作品って映像にするとこんな感じだよなあ」
という説得力をもって提示されるのである。

華美ではないそこそこのしかし十分な裕福さ、少なめの会話、穏やかな生活、
ボウル一杯のサラダ、ビール、ガラスの向こうにしとしとと降る雨…。
映画「トニー滝谷」の中の世界は、まぎれもなく村上春樹のそれである。

にぎやかな日常に疲れ、今と違う世界に行きたい時に観たくなるような。
耳をすませて、静かな世界に聞き入ってしまうような。
そしてこの一本の映画が、誰もいないがらんとした小さな部屋のような形で、
自分の中のどこかにずっと存在していくかのような。
静かで、綺麗で、寂しい、しっとりしたいい映画だと思う。

何度も観たい一本だね。すごく好きだなあ。
これ、ぴたっとくる人は多いと思うけどね。
あなたは、どうでしたか?


2004年の映画だけど、まだオフィシャルサイトが生きてた。
「トニー滝谷」オフィシャルサイト
by shinobu_kaki | 2007-08-26 07:59 | 人生は映画とともに | Trackback | Comments(2)

移動祝祭日


by Shinobu_kaki
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