カテゴリ:なぜ、どうして。( 29 )

Wisper Shout.

「こちらは」「不要品の」「回収車です」

ふと、外を通る車の声がする。
静かな住宅街に時々現れる、廃品回収の小さなトラックだ。

「古新聞」「古雑誌」「エアコン」「ラジカセ」…

アナウンスは女性の声。
いかにも録音されたものを流しているという音声だ。
けっこう大きなボリュームの声が、
ドップラー効果(懐かしいですね)を伴い、
ゆっくりと遠くへ行ってしまった。

思ったのだが、
この音はボリューム調整してあの大きさなわけである。
当然、録音した時の音はもっと小さかったはずだ。
でも、こうして聞く廃品回収のアナウンスは、
それなりに大きな声を出してしっかりと話しているように聞こえる。
ということは「そういう話し方」で録音されているということだ。
ゆっくりと、大声で話すように。

ではこれを、小さくぼそぼそと囁くように録音して、
無理矢理大きなボリュームで音を流して歩いたらどうだろうか。
きっとものすごく違和感があるのではないだろーか。

ウィスパーボイス。
でも大声。
一度聞いてみたいね、そういうの。


とまあ、こんなどうでもいい話題で一週間は始まる。
今週は忙しそうだなあ。
by shinobu_kaki | 2009-05-25 11:04 | なぜ、どうして。 | Trackback | Comments(0)

顔写真付き身分証明。

顔写真付きの身分証明が必要なケースがあって、
その時の身分証明書に当たるものは、
ほぼ「運転免許証」か「パスポート」とイコールである。

でも免許を持っている人ばかりじゃないし、
パスポートの期限がたまたま切れている人だっているだろう。
そう、両方とも僕のことだ。

こういう人向けに他の方法での手続きが用意されてはいるわけだが、
制度としてちょっと不便過ぎやしないかと思ったわけ。

かといって、唯一無二のIDカードを作って常に携帯しろというのも、
なんだか危なっかしいよね。
認証方法をもっと増やすとかいろいろあるかもしれないが、
なんだかんだとやっていけてる状態のうちは、現状維持でという事なのだろう。
まあ、その気持ちはわかる。
何かを入れ替えたり、制度を大きく変更する事は、
それなりのコストがかかるものだからである。
by shinobu_kaki | 2009-04-14 11:25 | なぜ、どうして。 | Trackback | Comments(0)

山、もしくはだだっぴろい平原よりも、
海のほうが「ステキ度」が高いのはどうしてだろう?

「家の窓から海が見える」というのと、
「家の窓から山が見える」というのはちょっと意味が違うよね。
「家の周りが視界360度の原っぱだ」というのも、
ステキと言うより寂しい感が先に立つ気がする。

街のイメージとしても、港町など、
海の近くの街というのはどこかプラスアルファのステキさがある。
これってなぜだろう、と思うわけだ。

文明、つまり古来から人の住む場所というのは、
だいたいが水の近くにできるものだ。
人間の生活に水が絶対に必要なものだからだが、
そういうことも関係あるのだろうか?(ないのかな?)

あと、海の持つイメージとして「外に開かれている」というのがある。
島国である日本にとって、他者は海よりやってくる。
また、外の世界へ行こうとすれば海を渡って行くしかない。
その玄関口となるのが海の近くの街である。
必定「外からやってくる新しいもの」は港町から流通し、
そこから内地に展開するという順番である。
もちろん今は海路・陸路以外の情報網が無数にあるわけだから当てはまらないが、
港町はもともとそういったポジションの存在であったと考えられる。

そういったアレコレをふまえ、人は海の近くに憧れるのではないか。
なんて思うのだけれど、どうでしょうね。



今日は暖かい日。明日からまた天気は下り坂だそうだが、
僕の体調の回復とともに、落ち着いた気分にさせてくれる気候である。
ものを考えるのにいい日かもね。
by shinobu_kaki | 2009-03-05 11:25 | なぜ、どうして。 | Trackback | Comments(0)

とあるストックフォトのライブラリーで、
「請求書」で画像検索したら、
なぜだかオバマ大統領候補の写真が多数Hits!

なぜだろう。
なぜですか。>オバマさん



…請求書?
by shinobu_kaki | 2008-10-15 12:55 | なぜ、どうして。 | Trackback | Comments(0)

音楽の不思議。


しゃべれば雑音、
叩けば騒音、
ものをこすれば不快音。

原則的には同じはずなのに、
「音楽」というのは、
どうしてこんなに心地よく聴こえるんだろうね?
by shinobu_kaki | 2008-08-12 13:11 | なぜ、どうして。 | Trackback | Comments(0)

花粉症かと思った。

先週あたり風邪でもないのに鼻水が止まらなかったので、
この春から花粉症になったのかと思ったらそうでもなかった。
花粉症めいた症状で1日のティッシュ消費量がのきなみ上がったのも、
限定されたその数日間だけで今ではなんともないのである。

どうやら僕は花粉症になったのではないと結論づけてみる。

もともと僕に関して言えば鼻炎的アレルギィはすでに持っており、
それはいわゆるハウスダスト・アレルギィであるのだが、
例えば先月の引っ越しであるとか引っ越してすぐの大掃除であるとかの、
埃の舞い立つシチュエイションにおいても別段辛くなるではなかった。
鼻水も出なかったし、くしゃみが頻発するでもなかったのだ。
僕のハウスダスト・アレルギィはどこかへ行ってしまったのだろうか。

もしこれがハウスダスト・アレルギィも依然として健在であって、
さらに昨年の3倍とも噂される花粉の凄さにアレルギィの門戸を開いていたなら、
家の中ではハウスダスト、家の外ではスギ花粉からくるそれということで、
畢竟、僕の鼻的健康においてはまったく逃げ場がなくなってしまうところであった。

今は両方のアレルギィを感じない。けれどももちろん安心はできまい。
アレルギィは思わぬところからやってこぬとも限らないからである。
そしてこの世の中にまだ見ぬアレルギィが息を潜めて虎視眈々としており、
まさに背後から襲いかかるようにしてやってきたなら我々は、
それらに対してさほど多くの対抗する術を持たないのである。

例えば「美味しい揚げたてのとんかつアレルギィ」だったりとか、
「風呂上がりにキンキンに冷やしたビールアレルギィ」だったりとかね。
ああ、考えるほどに恐ろしいったらありゃしないのである。
by shinobu_kaki | 2008-04-08 17:51 | なぜ、どうして。 | Trackback | Comments(2)

ダイヤ改正。


電車の中吊り、大々的にダイヤ改正の告知。

正直、あまり生活に関係がない。
そんなに大っぴらに告知しなくとも、という感じ。

思ったこと。
ダイヤって「改正」なんだ。
正しくする。
「改定」でも「改編」でも「改変」でもない。



週末に休みの無かった週は、
あきらかに身体が疲れている感じ。
身体はごまかせないんだね。
by shinobu_kaki | 2008-02-21 15:56 | なぜ、どうして。 | Trackback | Comments(2)
例えば今なら野球の北京五輪予選とかの、
いわゆる旬のネタについて書くとちょっとだけどアクセスが伸びるんだよね。
これってどういうからくりなんでしょう。検索で来るの?
でも、旬のネタってニュースサイトでも取り上げられ、
しかも誰もがブログに書きそうな話題だから埋もれそうなのにね。
よく、わからない。

人気のワードを書くとぐっと伸びるのか?



朝青龍


山田洋行


宝くじ


鹿島アントラーズ


カカ


MacOSX Leopard


ロナウジーニョ(チェルシー入りの報道!?)


年賀状


…やめた、アホらし。

話題を変える。
シンガポール料理のラクサ、昨日初めて食べたけど美味しい。
トムヤムクンっぽいちょい辛のスープにココナッツミルク、
それにライスヌードルというか、いわゆるフォーっぽいのが入っている。
フォーというかビーフンなのかな。つるつる。
後味はあくまでサッパリと清涼。
マーライオンビールも飲んでみたが、あくまで後味爽やかで、
いわゆる麦的なコクは感じられない。
ちょっと物足りない、とする向きもあるかもね。

ここ数年で「がっつくように食べた」のは、最近ではハワイだね。
結婚式&新婚旅行で行ったワイキキで食べたベトナム大衆料理。
スパムおむすびだとかビーフステーキだとかクラムチャウダーだとか、
いわゆるアメリカンな食事に飽きたらそこへ行った。
もうね、まるで細胞に食べ物がみるみる吸収されるかってくらいに、
身体がアジアの味を欲していたのがわかった。
ものすごく美味かった。あれはなんだったんだろう。

今、村上春樹「東京奇譚集」の文庫を読み始めた。
色々な人の話を聞くというスタイルは、
かつての「回転木馬のデッドヒート」を思い出させる。
まだ第一話を今朝読んだばかり。
一つの話がページ数にして40ページほど、
朝の通勤電車の乗り換えまでに(15分くらい?)ちょうど読み終わる感じ。
読み終わったら感想書けるかな。
あと、こないだの「フラガール」の感想も書きたいのだが、
なかなか書けないでしまっているなあ。
by shinobu_kaki | 2007-12-05 18:47 | なぜ、どうして。 | Trackback | Comments(0)
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※画像はイメージです。


満員電車、

という絶望的な現象の理由は色々あると思うけど、
「都心の人口が多すぎるから」なんていう、
にわかにはどうすることもできない理由の他に、
次のような要因が考えられる。それは、
「混んでいても、鉄道会社がムリヤリ客を乗せてしまうから」
というものだ。

例えば秋田新幹線「こまち」のように全席指定ではないが、
この車両の最大乗車人数は何人までと決めてしまう、というのはどうか。
その時にはもちろん全員が座れなくても構わないが、
少なくともそれぞれのセーフティゾーンを侵食しない程度の、
ある程度の快適さを保つことのできる乗客数設定とする。
それ以上の人は、何がどうあろうとも入れない。
実際には入ろうとする人をとどめることは難しいだろうから、
エレベーターのように人数オーバーの瞬間にブザーが鳴り、
ブザーが鳴っているうちは電車が発車できないしくみにしてしまう。

慣れない最初のうちは、急いでいる人などが
「どうして乗れるのに乗れないんだ」
みたいな不思議な日本語でクレームをつけてくるかもしれない。
とりわけ混んでいる駅の乗車シーンにおいては、
乗るかそるか、じゃなかった乗るか乗らないかで一触即発、
実に殺伐としたアトモスフィアが漂うに違いないであろう。
第一ダイヤが乱れてしょうがないかもしれない。

終電なんかもっとたいへんである。
なにしろこの最後の電車を逃すわけにはいかないのだから、
少なくとも優雅に余裕をもった譲り合い精神を発揮して、
「いえいえ、わたくしは乗らなくてもよいのでございます」
などと言っている場合ではない。
どっちかつうと「どけよォ」「オラオラァ」って感じだ。

それでも鉄道会社はそれ以上客を乗せてはいけない。
ルーズな垂れ流し的精神による満員電車生成状態には、
どこかで誰かが歯止めをかけないといけないのだ。
そしてそれは徹底して行われることで、文化として定着していく。
すなわち人々の認識の奥深い部分で、
「電車というのは一定数以上は乗車できないもの」
という気持ちがカタチづくられればしめたものだ。
そうなれば人々は自ずから、電車のスケジュールに合わせて
行動するようになるに違いないからである。
だって飛行機に乗るのだって、
搭乗手続きにあれこれかかると知っているから、
みんなずいぶん早めに空港入りするでしょう?
それと同じだよね。
そういうもんだ、と思わせればいいのである。

だいたいさあ。
確かにぎゅうぎゅうに押し込めば、電車に人はけっこう入るよ。
でも乗客をそんな状態にしてまで、
普通に運賃をとって商売しようと言うのはどうだろうか。

もちろん(勝手に)乗るのは乗客のほうであり、
それを電車側が「乗るな」と断るのは難しいだろう。
だが、人が荷物のように扱われた状態で毎朝を過ごさねばならない、
それが日々の決まりごとのようになっている、
そんな乗客たちの存在を考えたら、
電車の利用のカタチを今一度、
鉄道会社のほうからも考え直してよいのではないだろうか。
けっこうマジでそう思うんだよね。

ところで満員電車と、
仕事を受けすぎてにボロボロになっている状態は似ている。
入ってくる仕事(人)を入ってくるままに引き受け、
すごく時間がなくなったり、考える余力が確保できなかったりして、
仕事(人)にとってかわいそうなことになってしまったりね。
や、あくまで一般論的な例えですけどね。


[満員電車リンク集]
戦え!満員電車
ラッシュ時の混雑度ランキング
法治国家つまみぐい「満員電車は違法か?」
pya!満員電車[画像]
by shinobu_kaki | 2007-10-10 18:44 | なぜ、どうして。 | Trackback | Comments(6)
まあワタクシ的には時期が時期なので、
ウェディング関係のものには目が止まってしまうわけですが、
今オンエアされているCMでウェディングネタがあった。

「海外ウェディングで怪我をしたら、せめて病室はオーシャンビュー」
みたいな、いいんだか悪いんだかなネタである。
その最後の映像で、救急車の後ろにカンカラというか、
空き缶をいくつもくっつけてガラガラ引きずって走るというアレが出てくる。

確かにウェディングのひとつの架空イメージとして、
「オープンカーに乗った新郎新婦が、カンカラを引きずって走る」
というのはあるよね。実際には見たことは無いですけど。

あれは、どこかで現実的に行われているのだろうか?
そして、カンカラを引きずるのはいったいどうしてだろうか?


…などと、どうでもよいことを疑問に思う日曜の朝です。
休日の朝はいつもコーヒーを入れて飲みます。インスタントだけどね。
暑くても寒くても、ホットコーヒーです。何杯かおかわりしてね。
日曜の朝はあらゆることが静かで、まさに一人の時間という感じ。

今日も仕事だから、午後から会社に出なければならない。
それまでしばしゆっくりしよう。
TSUTAYA DISCASから届いた「半落ち」「解夏」、いつ観よう。
先週図書館から借りてきた本は順調に消化している。
金子光晴「21世紀の日本人へ」、
村上春樹「意味が無ければスイングはない」、
曾野綾子「なぜ人は恐ろしいことをするのか」、
柄谷行人「近代文学の終わり」、
片山文彦「日本人はなぜ無宗教でいられるのか」。
この一週間でほとんど読了。

ちなみに村上春樹の「意味が無ければスイングはない」だが、
あとがきにおいて村上本人が、
「(この)タイトルはもちろん、デューク・エリントンの名曲
『スイングがなければ意味はない』のもじりである」と書いている。
でも一般的には「スイングしなけりゃ意味がない」と言われるフレーズ、
ちょっとの言葉の違いだが、ニュアンスがけっこう違う気がする。
ところで本書にはスタン・ゲッツやマルサリス、ブライアン・ウィルソン、
シューベルトなどと並んで、スガシカオについての文章が収録されています。
本当に村上春樹はスガシカオが好きなのだね。
by shinobu_kaki | 2007-07-29 09:31 | なぜ、どうして。 | Trackback | Comments(6)

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by Shinobu_kaki
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