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正月はお雑煮を。

全国お雑煮MAPだそうです。

うちの実家はなんというかいい加減で、
「年越しそば」といいながら「天玉うどん」を食べたりするし、
料理を作らないで済むようにおせちを作っておきながら、
普通に元日から「焼肉」食べちゃうし。
しかも「お雑煮」ってあんまり食べなかったような気がする。

正月を満喫してない感ビシバシです。
どうよ。

でも僕が小さい頃の思い出で、みんなで餅つきをしたことが。
ちゃんと大きなウスと杵で。懐かしいですね。
製材所従業員の「男衆」がえいやっぺったんと。
つきたての餅を食べたものです。

お雑煮食べたいですね。
 
by shinobu_kaki | 2004-12-29 16:36 | 最初の一皿、最後の一杯 | Trackback(1) | Comments(28)

SNOWING.



雪が降ってきましたね。 

 
by shinobu_kaki | 2004-12-29 08:50 | ライフ イズ | Trackback(6) | Comments(27)

新宿小判鮫

電話が鳴ったのは23時を過ぎてからだった。
シャチョーからだ。「おう、元気か。飲みに行くか」
口調から、すでにシャチョーはシタタカ飲んで酔っぱらっていたようだった。
もう帰り支度を始めていた私は「いいですよ」と返事をし、
同じようにちょうど帰るところだったもう1人と一緒に会社を出た。
時間も時間だし、明日も仕事がある。
近場で小一時間ほど飲むのは差し支えないだろう。
忘年会は先週やったが、大勢はどうも好きじゃない。
久しぶりに少人数で飲むのは悪くない。
「で、シャチョー、どこへ?」

「ん、歌舞伎町

…遠いじゃん!

「歌舞伎町のね、濃ゆ〜いトコ

…ナニ、その濃ゆいトコって!
計ったかのように通りがかったタクシーを即座に捕まえると、
我々は午前零時の青山から新宿へと向かった。


新宿の裏手、怪しきネオン街、歌舞伎町。
いわゆる「アジアの恥部」。原色のネオンが暗闇に光る。
使い古された言葉を使うことが許されるのなら、まさに不夜城である。
バッティングセンターの前でタクシーを降りた。
新宿のバッティングセンターか。久しぶりだ。
一度だけ来たことがある。ここは朝4時までやっており、
ドラマなどでもよく使われる場所だ。
シャチョーが言い放った。
「おう、ちょっと打ってくか」

300円で30球。
なぜかシャチョーの中では「左打ち」がマイブームだそうで、
全員左打ちを強いられる。
シャチョーと私は右利きだが、
もう1人の彼はもともと純正の左利き。
しかしシャチョーは知らない。
私はバッティングに関してのみ、矯正した左打ちなのだった!(ドーン)

なお、矯正した理由は「カッコイイから」である。


夜のバッティングセンターは難しい。
ナイターの場合、球が速く見えるからだ。
しかも久しぶりのバッティング。
最初はもう1人の彼が打つ。
背の高い彼はどちらかというとバスケ向きで、
あまり野球は得意ではないようだ。
バットに当たるのだが、前に飛ばない。ほとんど振り遅れる。
結局まともに前に飛んだ打球は1球も無かった。
次はシャチョーだ。
言い出しっぺだけあってなかなかイイ当たりを連発する。
酒も飲んでいるワリにしっかりしたスイングだ。
※良い子は酔っぱらってバッティングセンターに行かないようにNE!
最後に私である。
むしろ得意の左打ち、スイングはサマになっているハズだ。
しかし、空振りを連発。ブン。当たらない。ブン。かすらない。
カキーン。まともに当たった。
数回空振り、1回ジャストミート。このペースである。
結局ミートしたのは30球中5球足らず。

ちなみにこのゲージの球速は70km/hである。

悔しいので、もっかいチャレンジする。
今度はよく当たった。久しぶりにバットを振って、軽く汗をかいた。
思わぬところで爽快な気分だ。
私は体を動かすことが案外と好きなのだった。
ちなみにもう1人の彼の再チャレンジは同じようなものだった。
野球に向いていないのかもしれないネ♪


店に行く。シャチョー行きつけのスナックだが、
シャチョー自身ここに来るのは夏以来だそうだ。

なんというか純正のスナックも久しぶりだ。

純正とはいわゆる、雑居ビルにあって、ソファ席とカウンターがあって、
カラオケがあって中年サラリーマンの客がいて、
派手な格好の女性が数人とママさんがいて、
「あ〜ら○○ちゃん、ご無沙汰じゃな〜い」というアレだ。
私はどんな場所に行ってもあまり驚いたりはしないけれど、

多少人見知りクラブなところがあり、初めての場所では大人しい。

我々をシャチョーが紹介する。
シャチョーの紹介が「ウチの若いの」ではなく、
「ウチの○○様です」というものであったため、
お店の女性および、隣の客達数人にも「おー、○○様」と呼ばれて過ごす。
おかげで「97」だったペ・カウンターはうやむやのうちに100を軽く突破し、
この夜のうちに「105」になってしまった。
ちなみに100人目は僕の横に座った女性だったのだが、

まさかいきなり「あなたが100人目です」とも言えない。

それにしても年内100人という大台を本当にクリアーしてしまった。
恐ろしい話である。


スナックは独特の雰囲気がある。

それはオヤジ・アトモスフィアとも言うべきもので、

なんというかベタなダジャレ的笑いである。
これについていくのはパワーがいる。ノリの世界なのだ。
ビールのグラスを一斉に一息で空け、焼酎の水割りを飲む。
店は小さく、4組も入ればイッパイになる。
隣の客との垣根も低い。カラオケなどは、一緒に歌う感じである。
すすめられて、数曲歌う。
いちいち焼酎の水割りを一気させられる。
テンションを下げてはいけないのだ。
みんな次々に、何杯も何杯も一気するが、
焼酎の水割りは薄いためにそれほど酔っぱらうことはない。
気がついたら2時の閉店をとっくにまわっていた。
「近場で小一時間」どころではない。
シャチョーはかなり赤くなって上機嫌だ。


店を出たシャチョーが無言でバッティングセンターへ向かったので、

私は1人で帰ることにした。もう1人の彼はシャチョーについていった。
打ち足りなかったのだろう。若いって素晴らしい。
私はフラフラと不慣れな歌舞伎町を泳いでいく。
だいたいの方向は分かる。だが道筋がわからない。
まあ、大通りに出てタクシーを拾えばそれでいい。それで帰れる。
時間は3時をまわっていた。帰ろう。帰って泥のように眠ろう。

気がつくと私はラーメン二郎 歌舞伎町店にいた。

なぜかはよくわからない。
私の目の前には「野菜・にんにく入りラーメン」がドカンとあった。
まるで濃い霧の中を彷徨っているようだ。
手を伸ばしたその先すら白く溶けて見えないホワイト・アウトのように。
見えない、なにもかもがわからない。

まるでホラー映画を観ているようだ。

あるいは「あしたのジョー」において、
水を欲するあまりに無意識の状態で水道の蛇口をひねろうとする、

減量中の力石徹にも似た心境である。


ほかにも客はちらほらといる。
真夜中の歌舞伎町、午前3時のラーメン二郎。
私はこんなところでいったい、何をしているのであろうか。
その時、携帯電話がなった。シャチョーからだ。
「おう、お前、いまどこにいるんだ」
バッティングセンターの前で黙って分かれてきてしまったから、
心配してコールしてきたのだろう。
「ラーメンを、食べてます」
私はゆっくりと噛みしめるように答えた。
「ナニ?ラーメン?場所はどこなんだ」

そう、ここはどこだろう。私はいったいどこにいるのだろう。
私はどこでもない場所のいつでもない時間に、
自分の意志とはかけはなれた何か大きな力によってここにいた。
電話の声が遠くに聞こえる。
なにもかもが謎に思えた。
私はどこでもない場所の真ん中でラーメンを食べていた。


〈了〉
by shinobu_kaki | 2004-12-28 13:37 | ライフ イズ | Trackback(1) | Comments(32)
マンガが好きである。
僕は小さいころから藤子不二雄で育った子供だったし、
キャラクターの似顔絵もよく描いた。
「少年ジャンプ」等を書店に行ってはいそいそと買い、
そのうちにいわゆる「箱モノ」を卒業して、
(※箱モノ…ジャンプやマガジンなど、背が分厚く閉じられているもの)
「ヤング○○」の青年誌へと移行した。
今はマンガ喫茶という便利で快適なものがあるので、
ちょっとした街歩きの休憩的に、小一時間利用したりしてる。
出没頻度としてはやっぱり恵比寿の漫喫が多いけれど、
この近辺では渋谷センター街のHMVの上の「BAGUS」が快適さでは群を抜くため、
渋谷に行った時などはちょくちょくマンガを読みに行く。
ちなみに最近お気に入りは「ヒカルの碁」。
思いっきり少年ジャンプだやね。

マンガは記号だ。
そのすぐれた伝達性ゆえに文章に比べても理解が容易であるため、
若年層つーか子供にも広く受け入れられやすい。
そのせいか「マンガは子供の読み物」という通念が、
世間一般の常識とされてきた。
いわゆる「電車でマンガを読む大人はハズカシイ」というやつだ。
確かにスーツ姿の部長然とした紳士が、
例えば「ヤングサンデー」あたりをニヤケながら読んでいたら。
ヤングサンデーならまだしも、
それが「コロコロコミック」だとしたら。
ややもすれば「なんか、ヤバイ人」として忌避されてしまうかもしれない。
目撃した人から、ていうか僕のようなやつに、
翌日のブログに記事として書かれてしまう可能性もある。
対象年齢が明らかに小学生といった漫画誌は避けたほうが無難であろう。
さて、僕はいったい何の話をしていたのでしょう。

……!(´∇`)

思いだしたので話を戻す。
マンガは子供が読むもの、という理解は正確ではない。
大人が読んでも面白い。マンガを作っているのは他でもない大人なのだ。
その制作者側は、理解力に乏しい子供を想定して作ってはいない。
そこには大人の読者の目に耐えうる作画であるとか、
映画顔負けの練られたストーリーであるとかを志向する、
レベルの高い、戦略的なオトナの仕事現場がある。
映画顔負けの、と書いたが、
マンガが映画の焼き直し的なメディアだとは思わない。
マンガにはマンガの、長い年月をかけて積み上げられた方法論があり、
マンガにしかできない表現技法もまた存在する。
映画が全てにおいてマンガに勝っているのなら、
マンガの原作に映画化した作品は、すべてマンガを超えてしかるべきなのだ。
しかしそれはなかなか上手くいかないばかりか、
原作のマンガ作品をおよそ超えられない事例ばかりが目立つ。
マンガ家というのは巨大な、素晴らしい才能なのだ。
映画化の上手くいかないケースというのは、
映画制作者が、そのマンガ家の才能に遠く及ばないことが多いからではないか。
例えば今回の「デビルマン」のようにだ。

とはいっても現代はマンガ家ひとりではなく、
編集サイドも一丸となってストーリーを、マンガを組み立てる時代だ。
大ヒットとなった「金田一少年の事件簿」や「名探偵コナン」などにおいて、
ストーリーが多数の編集者&原案者によって練られていたことは有名である。
しかしこれは、今に始まったことというわけではない。

…長くなっちゃった。どうしよう。
本題はこれからなのだが…。

まいっか。

マンガ家であり、マンガ評論家として活躍している夏目房之介氏。
夏目漱石の孫にあたり、「BSマンガ夜話」などにも出演している氏であるが、
彼の著書、彼の視点がめっぽう面白い。
最近上梓された「マンガの深読み、大人読み」
コンテンツは後ほど列挙するが、
白眉と呼んでさしつかえないのがやはり第2部、
「『あしたのジョー』&『巨人の星』徹底分析」。
作画の川崎のぼる氏は当然として、
当時の編集者、アシスタントなど周辺を攻めたインタビュー。
作家本人だけではわからない、多角的な意見がむちゃくちゃ面白い。
そう、マンガはたったひとりで作られているわけではないのだ。

この本を読み終わって、「あしたのジョー」が読みたくなった。
僕はまだこの名作を読んでいなかったのである。
というわけで本題がえらく短くなってしまったが、
マンガ読みにはとてもオススメの一冊。
もちろん夏目氏独特の、作画の変遷からの作品分析も冴え渡る。

最後にコンテンツを列記して終わろうと思う。


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「マンガの深読み、大人読み」(イースト・プレス) 夏目房之介

[目次]
1部 マンガ読みの快楽
手塚治虫は生きている
鳥山明『DRAGON BALL』試論 「強さ」とはなにか?
ねこぢるのうつろな目
僕はチャーリーと同世代
浦沢直樹は若い頃から「大人」
『クレヨンしんちゃん』は正統派だ マンガにおけるませガキ論
いしいひさいちの極意
永井豪 大ゴマ使いの形而上学
マンガの未来都市 その希望と絶望
マンガと科学?
黄表紙をマンガから見る

2部『あしたのジョー』&『巨人の星』徹底分析
『巨人の星』論
『巨人の星』関係者に聞く
川崎のぼるさん(マンガ家)
高森篤子さん(原作者・梶原一騎夫人)
宮原照夫さん(連載当時「週刊少年マガジン」副編集長)
根岸勲さん/山田啓志郎さん/阿久津勝さん(担当編集者)
かざま鋭二さん(マンガ家/川崎のぼる元アシスタント)
『あしたのジョー』論
『あしたのジョー』関係者に聞く
ちばてつやさん(マンガ家)
宮原照夫さん(連載当時「週刊少年マガジン」副編集長)
古屋信吾さん/栗原良幸さん(担当編集者)

3部 海の向こうから読むマンガ
日本マンガは世界を制したか
東アジアのコミック事情と可能性 貸本マンガのルーツを求めて
日本マンガという文化
長い自註 まとめとしての「日本マンガ文化論」自評
by shinobu_kaki | 2004-12-27 20:40 | shinoBOOKS | Trackback(1) | Comments(16)

恵比寿「Pizzeria Doro」

たまにはパスタランチ。

家の近く、明治通り沿いのPizzeria Doro

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キャペツのペペロンチーノと、
ベーコンとくるみのクリームソースパスタ。
シーザーズサラダを1品追加して、まとめてシェア。
もちろんランチビール付き。

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つるつるとしたパスタに、香ばしいオリーブオイルと
大好きなにんにくの香りが食欲を刺激するペペロンチーノ。
ときどき猛烈に食べたくなるんだよね。
あとキャベツも大好きなので、これはポイント高し。

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パスタではクリームソース系が一番好きだったりする。
フォークでくるくると、クリームソースをパスタに絡める。
かりっとしたぺーコンとくるみの甘さがアクセントに。

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シーザーズサラダはもはや定番。
名前の由来はジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)、
からではないらしい。

パスタってけっこうボリュームがあるよね。
満腹です。満足です。
by shinobu_kaki | 2004-12-27 11:01 | 最初の一皿、最後の一杯 | Trackback | Comments(2)

Merry Chiristmas Song. 

それはクリスマスの 静かな夜のこと
おくりものを 楽しみにして サンタクロースの夢を見た
白いおひげのサンタは ママのおともだちね
二人で何か笑っているの うれしそうなママ

それはクリスマスの 静かな夜のこと
おくりものを 楽しみにして サンタクロースの夢を見た
やさしいパパのおかおに よく似たサンタさん
ママにやさしくキッスした でもそのサンタはパパ

白いおひげのサンタは ママのおともだちね
二人で何か笑っているの うれしそうなママ
そのサンタはパパ

「ママがサンタにキスをした」訳詞:漣健児 作曲:Tommie Conner



なぜか昔からとても好きな曲。かわいい歌詞も、メロディも。
たぶん小さいころに、好きで歌ったりしてたんだと思う。
よく歌う子だったみたいだから。

でもこの歌詞、ちょっとネタバレです(笑)
by shinobu_kaki | 2004-12-24 16:35 | ライフ イズ | Trackback(1) | Comments(6)

カウントダウン。


昨夜は午前0時から、
kuroさん、豆さん、okadooらと東銀座のお店へ。

年も押し迫った夜。店内はかなりの混雑で。

僕はラムからワイン、そしてビールと逆流のオーダー。
「すみません、ビールおかわりね」
「はい、○○様ビールおかわり入ります!!」
「○○様ビールひとつー!」
「りょうかーい! ○○様ビール一丁!!」
連呼ヤメレ



そしてついにカウンターも、あと「3」。



秒読み体勢です。
いや、大台に乗ったからって何も出ませんし。
まあ、はるばる来たなあ、と。

4時過ぎまで飲みました。



ちなみにこないだ、石川県への旅行で初日に泊めてもらった、
某温泉在住の女将的友達からタレ込みがあり、

福島から上陸したと報じられた本物が、
その温泉に泊まりに来ていたそうです。お忍びで。

ニアミスでした。惜スイ!


ていうか「100人目は本人から」とかだとドラマチックでイイのだが…。

無理ですか。無理ですね。ハイ。
そもそも並べるとまるっきり似てないしね。

このネタ引っ張り過ぎですか?(笑)
引っ張り過ぎですね。ええ、すみません。

では、このへんで。



そうそう、業務連絡----------------------------------------------------

 今さらですが、hotmailアドレスを取りましたので、
 現在お伝えしてるなんか会社っぽいアドレスで登録されてる方、
 お手数ではありますが、こちらに変更していただけると嬉しいです。
 携帯は今まで通り、変わりません。

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by shinobu_kaki | 2004-12-23 10:34 | ライフ イズ | Trackback | Comments(10)

呼吸。

ゆっくり息を吸う。
そしてゆっくり吐いてみる。

少し、気持ちが落ち着くだろう。



呼吸はすべての基本だそうだ。

驚くべきことに我々はみんな、生まれてからずーっと、
たったの10分と息を止めたことがない。

吸って、吐く。
そんなことを毎日毎時間毎分毎秒、
休むことなく繰り返している。

驚くべきことに、誰もがそうなのだ。
地球に棲まうすべての人間が、休むことなく呼吸する。
もれなくスーハースーハーやっている。
なんか、凄い。

吸うことと、吐くこと。
どちらが大事かというと、圧倒的に「吐く」ことのほうだそうで、
例えばヨガなら7:3くらいのバランスで、
吐くことを重視するように言われるらしい。
なぜなら、意識しなくても人は息を吸うものだからだ。

会話を制するものは付き合いを制す。

人と交わる基本はまず、話すことだ。
話すときも呼吸が大事。
例えば、息も絶え絶えと思わせる、か細い声で話していては、
出るはずの声もきっと出ない。結果、相手に届かない。
相手に届かない声は、発しないのと変わらない。
これはかなりもったいない。

話す時には一息入れること。
自分の発する言葉を、もっと大事に放つこと。

そんなに急いで話さなくても、
相手はきっと待ってくれるよ。

自分のリズムで生きればいいさ。
by shinobu_kaki | 2004-12-22 20:47 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(4)

延長戦を生きること。

昨日のニュース。

元ロッテ投手を強盗殺人容疑で逮捕

容疑者の名前は、小川博。
知っている。僕は彼の名前を知っている。
1988年、仰木監督のもと、近鉄がリーグ優勝を賭けて望んだ、
ロッテ(当時)とのダブルヘッダー。
その大事な第1戦の先発が、彼だった。
サイドスロー気味のフォームから速球を投げ込む、
奪三振の多い、良い投手だった。

プロ野球選手という華やかな舞台で、
一度でも脚光を浴びたものであればこそ、
こういった悲痛な事件の印象は、コントラストの強いものとなる。
「光と影」であるとか「転落人生」であるとかの、
一種ありきたりな表現の見出しがメディアに踊る。
例えば田代まさしの逮捕劇なんかにしてからがそうだ。

高給取りであるはずのプロ野球選手にして、
その数年後に自己破産。当時の借金は1,000万だという。
想像の域を出ないが、やはり放蕩の日々を繰り返していたのだろうか。

もともと野球選手の引退後というのは難しいものもあり、
人によっては解説者や監督・コーチ業に就ける者もいるが、
それはほんの一握りにすぎない。
なので、飲食業を始めるものが非常に多いと言われる。
元手とちょっとしたノウハウがあれば、
比較的特殊な技術が必要ない部分が多いからだろう。
また名の知れた選手であれば、
そのネームバリューでお客を呼ぶということも望める。
彼はコーチの経験があるということは、
ある程度の野球理論と人望があったに違いない。
それは誰もが通れる道ではない。恵まれていたともいえる。


小川氏が現役の野球選手として世間の耳目を集めていた時期は、
それは充実していたに違いない。
人から注目され、存在として求められるというのは、
たまらなく魅力的であり、そして大事なことであることは間違いないと思う。

でも、それが本質ではない、とも思う。

不特定多数の他人、というのは実感のないものだ。
言ってみれば幻想のようなものかもしれない。
あたり前だが幻想とコミュニケーションを取ることは出来ない。
そこには一方通行的な関係があるだけだ。
関係とすら言えないかもしれない。
人間とは文字通り「人の間」、つまりコミュニケーションそのものの事で、
一方通行でしかないそれは、コミュニケーションとは言えないからだ。

少々、妄想的に脱線してしまった。


被害者は67歳の女性だそうだ。借金を断られての犯行だという。
強盗殺人は軽くても無期懲役、死刑もありうる重罪だ。
「殺してでもカネを奪おうと思った」と彼は話しており、
ハッキリと強盗殺人の意志があることがわかっている。
情状酌量の余地はないだろう。

僕は想像する。11月の夕方。外はもう暗いだろう。
行き詰まり、思い詰め、決意を秘めて会長宅を訪れた小川氏。
老女をその太い腕で突き飛ばし、あたり前のように金の入った封筒を奪い、
ぐったりと動かない彼女を乗せて荒川に向かう車を運転する彼は、
その時いったいどんな顔をしていたのだろうか。

彼は、目の前にいる身近な人との良い人間関係を築けていただろうか。
きちんとリアリティのある、現実的な愛情に触れられていただろうか。
犯罪者の「欠落」は、結局そこに起因する気がする。
自らには自戒という強さを。そして暖かくまっとうな愛情がまわりにあること。
それらの総称はきっと「優しさ」と呼んでさしつかえないはずだ。

こういった悲痛なニュースに触れるたび、
「平凡であることの凄さ」を感じずにはいられない。
実はそれがもっとも難しいことかもしれない、と思うのだ。
by shinobu_kaki | 2004-12-22 14:27 | エウレーカ! | Trackback(1) | Comments(23)

社外の人間と飲め。社内の人間とばかり飲んでるヤツはバカと思え。


毎日の巡回経路に入っているさとなお.comのコーナー、
コラム「オサニチ」の中の一節。

自分が特に最近、「社外」で飲むことが多いだけに、
(社内で飲まなさすぎとも言えるのだけど…苦笑)、
なんというかとても響くのだった。

広い視野を持つというか、違う部分を合わせ持つことが大事というか。

でも普通に会社勤めをして生活していたら、
そうそう「社外」の人と出会うチャンスも少ないに違いない。

そういう意味で、ネットは凄いよね。
単位が「共同体」ではなく「個人」ということを実現している。
想像もつかない分野の人と、ひょいと引きあわせてくれたりする。

大乗から小乗へ。
乗合バス的な社会から、小回りの利く軽自動車のような社会へ。
人間関係の「個」の洗練にともない、
ネットの普及というのは歴史の必然なのかもね。
by shinobu_kaki | 2004-12-21 11:19 | アフォリズム | Trackback | Comments(35)

移動祝祭日


by Shinobu_kaki