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大つごもりに。

なにより結婚をはじめ、
個人的に本当に色んなことがあった2007年が、
いよいよ暮れて行きます。

僕はこの後アッキタへ帰省、
実家で年を越して、
明けて2日の夜には帰ってきます。

今日の東京は冬独特の透明感のある青空、
しかし日本海側はどうやら大雪の趣き。

それでは皆様、
どうか良いお年をお迎えください。
by shinobu_kaki | 2007-12-31 10:05 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

年末狂想曲。

世のブログに続々と、仕事納め報告的エントリが上がっているので僕も。

28日。
仕事はこの日が最終日。例によってちょっとした駆け込み案件が発生、
年明けの週にプレゼンしたいという話を受けて、
3人でブレスト1時間、2方向各10案ずつその場で固め、
年末年始の宿題ということでアイデア出しの追加をメンバーに課す。
後は動きもあまりないので大掃除をしながらという例年よりは静かな年の瀬。
夜7時半から有楽町のタイスキの店へ移動して忘年会。
社長以下14名ほど、長いテーブルでわいわいと。
ここで社長は「軍資金」を社員に渡すとどこかへ去って行った。
我々は青山へ戻り居酒屋の個室で「若い衆」だけで飲む。
僕は終電で退散。しかし彼らは朝5時までひたすら飲んでいたそうである。
まあ、そういうもんだよね。

29日。
この日は大掃除、ということで朝10時に集合ということになっていた。
掃除はちゃちゃっと終わらせて社長の振る舞う寿司でも食べて、
遅くとも夕方には解散しよう、そんな予定の一日だった。
僕が10時に会社に行くとそこはいわゆる野戦病院状態で、
前日の朝までたっぷりと闘い疲れた勇士たちの屍が、
「プシュ〜〜…」と煙を上げて横たわっているような錯覚を憶えた。
各部屋に一人ずつ頭から毛布をかぶって寝ている姿はまさに死屍累々、
僕がやって来たのにも気づかず静かに寝息を立てている。
そのうちじわじわと起きだし大掃除に一人ずつ参加しはじめた。
でも年末から少しずつ掃除はすすめていたのでそんなにやることもないのだった。
だから昼過ぎには社長手作りのみそ汁でみんなで寿司を食べることができた。
本当は軽くビールなど出てくる予定だったと思うのだが、
「朝まで組」の彼らの疲弊っぷりを見て、とてもビールは飲めないであろう、
という社長の判断だったのかもしれない。まあ、正しいジャッジだと思う。
「ビールッスか?…ちょっと無理ッスわ…」とか言ってたし。
そんな社長自身があのあと朝3時まで飲んでたという噂もある。
みんな肝臓がホントに元気でなによりです。

そして30日。
今日から本当の正月休みである。
明日の夕方帰省、でも年明け早々には東京に戻り、
6日までの冬休みをのんびり過ごすよ。

しかし「じゃぱねっとたかた」の高田社長、
とても59歳には見えないね…若く見えるにしてもほどがある。
by shinobu_kaki | 2007-12-30 07:24 | ライフ イズ | Trackback | Comments(2)

新しい均衡。

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僕はもともと、靴をそれほどたくさん買うほうじゃない。
本当は数足併用していったほうが靴も長持ちするって分かってるんだけど、
そこは僕のマメとはいえない性質のせいだろう、
ひとつの靴を履きつぶすような靴とのつきあい方をしている。

そして、よく歩く。
今は前よりも行動範囲も狭くなったような気がするけれど、
先々週などは中目黒から代官山、渋谷を越えて原宿まで歩いた。
まあこの距離がそれほど長いかどうかは別として、
普段から僕はトコトコと街を歩くのが好きなのである。

先週、原宿のショップで「ニューバランス」の靴を買った。
スニーカースニーカーしたのは個人的には似合わないと思っているので、
(つまり「スポーツが似合わない」)、店内のディスプレイを見回して、
気に入ったデザイン優先でもって選んだわけである。
試着(というのか?)の時に店員さんが色々と教えてくれたのだが、
もともとニューバランスは矯正靴や扁平足を直すインソールの製造メーカーだった。
「餅は餅屋」というのか、人間工学的に疲れない靴ならまかせろというわけだ。

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実際、土踏まずにフィットする感じで歩いていてラクである。
僕の認識している自分のサイズは27だったのだが、
以前、27でもキツイ靴があり、それに買ってから気付いたという苦い経験を元に、
ちょっと慎重にサイズを試してみたところ、
ニューバランスにおける僕の適性な足のサイズは27.5であった。
「通常のサイズだとキツイ、という方がわりかし多いんです」と店員さん。
実にその通りだった。

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この穴は足の内側、実際に小さい穴が開いている。
ムレ防止だろうか?(違っていたらスミマセン)。
これだと水が入るかな、とも思ったが、よく考えてみると、
ここからドワッと水が流れ込むような場所を歩くこともおそらくないのだった。
ああ、雪道はちょっと苦手ということかな。

ちなみに会社の同僚はニューバランスファンだそうで、
「靴ッスか!?ニューンバランスがベストッスよ」とか言っていた。
親孝行の彼は、今回のクリスマスで、
母親にニューバランスのスニーカーをプレゼントしたそうだ。
歩いても疲れにくいから、というのがその理由である。

「“年をとったらニューバランス”ッス」
うん、でもちょっと微妙なコピーだね、それ。
by shinobu_kaki | 2007-12-27 16:21 | エウレーカ! | Trackback | Comments(0)

六本木でクリスマス。

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クリスマスは六本木にいました。

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日比谷線の出口は六本木ヒルズ。
今年は赤いイルミネーション、それにしても寒かった。
箱を積み上げたような、可愛いツリー?

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食事の後はミッドタウンまで少し歩く。やっぱり寒い。
しかし人が多いね。
これは中央の「プラザ」をデコレートしていた装飾。
派手だなー。

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ガレリアの中を通って、檜町公園のほうへ。
なんかツリー状のイルミに人が群がっていた。
僕たちも行ってみたけれど、結局なんだかよく分からなかった。

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並木が彩られる。綺麗だねー。

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一面に敷き詰められたLED。これは使い方として上手い。
あんまり見たことのない光景を作ることに成功している。

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中庭が望める、シックなレストラン。いいね。

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どこからかベルの音。見ると、学生らしき女性達がずらりと並んで、
クリスマス・ソングを見事に演奏していた。でも、寒そう!

ディナーは中華でした。
by shinobu_kaki | 2007-12-26 02:06 | 最初の一皿、最後の一杯 | Trackback | Comments(2)

アッキタ・ヴィレッジ

最近話題のMyMiniCityで、
こしらえてみました「アッキタ・ヴィレッジ」。


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ようこそ!AKKITA village(←ココをクリック)


本当はロシアとかの寒い地域にしてみたかったのだけど(笑)、
まあ日本でいいじゃないかと。

MyMiniCityの作り方については、
このページがすごく詳しかったですね。
と言っても、詳細な解説が必要ないくらいシンプルなのですが。

これって、リンクをクリックしてもらうごとに街が発展するようだけど、
つまりクリックしてもらえそうな場所に、
常にリンクを貼っておかないといかんということかな?
by shinobu_kaki | 2007-12-25 12:11 | こしらえたもの | Trackback | Comments(0)

BOOK PARADISE

明日は言わずと知れたクリスマスイブ。
しかも満月だという。でも今日の月も相当に丸くシャープで、
まるで随分と近くにあるようにも感じられたのだけどね。

ほとんど引きこもりな一日、
図書館に行って本とCDを借りて来たのと、
夕食の買い出しにちょっと出たくらい。
あとは部屋で読書やネットをしながら静かに過ごした。
日照を遮っていた雨雲も午後には晴れて、
幾分すっきりとした空気の横溢した夕方となり、
おかげで綺麗な月も見られたわけだ。
今日借りて来たCDはケルト系のオーケストラ音楽、
世界の国歌集、レミオロメン「HORIZON」。
なんだかむちゃくちゃな取り合わせではある。

本やら雑誌やらは毎日何がしか読んではいるが、
前ほどここで紹介していないだけである。
というわけで読んだ本がちょっと溜まっているので、
ここでメモ的に短くコメントを寄せてみよう。


同級生で読む日本史・世界史(楠木誠一郎/光文社新書)
言っちゃ悪いがシンプルな企画の本である。
「日本史と世界史上の人物を、同級生という区切りでまとめてみる」
たったそれだけの話なのだが、これはまとめるの大変だよね。
古くは1394年生まれから、新しくは1929年生まれの歴史上の有名人を、
見開き1年としてひたすら羅列して行くという本である。
ちなみに1394年は足利義教に一休宗純、航海王子エンリケにグーテンベルク。
1929年はアンネ・フランクにヘップバーン、グレース・ケリーにアラファト、
フランキー堺に藤山寛美に村田英雄に黛敏郎に大木金太郎が同級生である。


プチ修行(小栗佐多里/幻冬社文庫)
「ダーリンは外国人」で好評を博した小栗佐多里の体験ルポ漫画&エッセイ。
瞑想、写経、座禅、滝、断食、お遍路などの「修行モノ」を、
まあほんの少しだけ体験してみるという企画。
僕はこの中では座禅だけやったことあります。ちょっとだけど。


大阪豆ゴハン(サラ・イネス/講談社漫画文庫)
現在モーニングで「誰も寝てはならぬ」連載中の作家の、
まあ出世作というかなんというかの完結巻。
基本的には「他愛も無い」一話完結のエピソードからなる本作、
最後の〆として次女・美奈子と大清水さんのラブ・ストーリー(?)が、
数話に渡ってじわじわ展開される。これがなんかココロを打つのであった。
各キャラが当時のレーサーをモデルに描かれていたのは有名だが、
本巻ではあとがき的漫画で、どのキャラが誰をモデルにしたかが公開されます。
ちなみに松林はゲルハルト・ベルガーであった。


フューチャリスト宣言(梅田望夫・茂木健一郎/ちくま新書)
密度の濃い対談本。面白かったと思う。
僕も機械音痴といいながら、すっかりコンピュータというか、
インターネットなしでは生きて行けない身体になってしまった感がある。
そんなウェブ世界において「検索」というのはすごく大きい概念だし、
こういうブログやSNSのようなツールでいろいろとやりとりを行なうことなど、
世界との関わり方が10年前とはまったく違っていると本当に思うね。


日本の有名一族(小谷野敦/幻冬社新書)
サブタイトルに「近代的エスタブリッシュメントの系図集」とある。
いわゆる「本物の」血統の家系が67、家系図付きで紹介されるのであるが、
読み終わって思った。これ、買うこと無いよ。
なぜなら本書の帯の裏表紙側に、ポイントがほとんど書かれちまっているからだ。
「大久保利通の孫娘の婿が吉田茂、その孫が麻生太郎/
小沢征爾の父は政治家開作、甥が小沢健二/夏目漱石の孫が房ノ介/
森鴎外の妹の孫が星新一/大江健三郎の義兄が伊丹十三/…」
ね、ポイントがほぼ要約されているのだ。


夢を食った男たち(阿久悠/文春文庫)
これもすごく面白かった。特に前半が良い。
怪物番組「スター誕生」を通じてデビューした芸能人は数知れず。
そこには恐るべき「原石」たちが続々と集まっていた。
会場にいる人間すべての手を止めてしまった13歳の森昌子の歌、
当時ひとりだけ光に包まれて見えたという桜田淳子の特別なオーラ、
山口百恵の特別な神話、企画から生まれたピンクレディーという「怪物」、
グループサウンズという時代と沢田研二の妖艶な色気…。
阿久悠はまさに一時代を築いた巨人と言いえる。2007年8月逝去。


スタバではグランデを買え!(吉本佳生/ダイヤモンド社)
経済学者が上梓した「コスト」の話。装丁やタイトルの付け方は上手いと思う。
帯に「値段から社会のしくみが見えてくる!」とあり、要するにそういう本。
テレビやデジカメの価格がだんだん安くなるのはなぜか?
携帯電話の料金はなぜ、やたらに複雑なのか?
スターバックスではどのサイズのコーヒーを買うべきか?
100円ショップの安さの秘密は何か?など、コスト意識を高めてくれる一冊。


秘すれば花(渡辺淳一/サンマーク出版)
タイトル通り、世阿弥の「風姿花伝」に関する本である。
能は今のところ観たことが無いし関心も正直無いのだが、
天才としての世阿弥個人については非常に興味をそそられる。


伊丹十三の映画(「考える人」編集部編/新潮社)
ついこないだも書いた気がするが、伊丹映画が好きだ。
「お葬式」、「たんぽぽ」、「マルサの女」、「マルタイの女」…。
もちろん映画そのものも良いが、伊丹監督自身にインテリジェンスがあったよね。
古い気障というか、ああいうスノッブな人というのはいいですよ。
洒脱で頽廃、頑迷でシニカル…なんて書くとまるで漱石のようじゃないか。


…と、疲れたのでこのへんにしときます。
僕は、明日の夜は夜から某所へ食事へ行く予定。
みなさま、どうか良いクリスマスイブをお過ごしください。

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ちなみにこちらは今日のディナー。
野菜と肉のチーズカツ、自家製ポテサラ、炊き込みゴハンを添えて。
by shinobu_kaki | 2007-12-23 23:15 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(0)

黒澤明「羅生門」

誰もが観ているであろう超メジャー、という映画たちの中で、
僕がまだ観ていない作品というのはたくさんある。
思いつくのは「ゴッドファーザー」シリーズがそうだし、「第三の男」などもそう。
「ディアハンター」「真夜中のカーボーイ」なども未見である。

でも古い映画の中でも、名作と言われるものはやっぱり良くできていて、
「市民ケーン」は若きオーソン・ウェルズにしびれたし、
「アラビアのロレンス」は完全版DVDを買ってしまうほど良かったし、
こないだ観たチャップリンの「街の灯」は表現者チャップリンの凄みを感じた。
20代の初め、グリフィスの伝記を読んでは「イントレランス」のビデオを買い、
現代の感覚とは全く違う無声映画の大作を部屋でひとり観ていたりもした。
かように僕は時々古い映画を観ようと思い立つことがあるんだよね。

話がそれたが、そんな「まだ観ぬ名作」の中に黒澤明作品がある。
恥ずかしながら僕は黒澤映画をほとんどカバーしていない。
やはり20代の初め頃に「夢」という作品を観たくらいで、
決して多作とは言えない世界の巨匠の映画をまったく観ていないというのは、
日本人としていかがなものかという思いがちょっとだけある。

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というわけでつい先ほどだが、黒澤映画「羅生門」を観た。
「羅生門」は芥川龍之介の同名の短編が有名で、これは僕も何度も読んだ。
だから映画を観終わった感想のひとつとしてあったのは、
「『羅生門』ってこういう話だっけ?」というものだった。
ウェブで色々と調べると、この映画は芥川は芥川でも、
「薮の中」という小説から作中のエピソードのモチーフを得ており、
そのエピソードを語る「今」の場として、雨の羅生門があるのであった。
というわけで印象が違って当然なのである。
だから映画には死体の髪を抜くあの老婆も出てこない。

それにしても三船敏郎は顔がいいね。あの濃さはちょっと凄い。
この映画の白眉は京マチ子、まさに鬼気迫る迫力、なんだろう、眼力がすごい。
そして「羅生門」は虚実入り乱れる構成のため、当時の大映社長がオフィシャルで、
「この映画はわけがわからん」と発言したというのもまあ分からんでもない。
とはいえ、現代の感覚からするとディテールは実にはっきりとしていて、
映画そのものは分かりづらくはないんだけれどね。

TSUTAYA DISCUSから届いたもう1枚のDVDは、やはり黒澤明の「乱」である。
そう、ちょっと「クロサワ」をまとめて観てみようと思っている次第。
僕はあと小津安二郎も押さえてないので、こちらもじきにと思っている。

古い日本映画と言えば、今日渋谷を歩いていて見つけたのだが、
「たばこと塩の博物館」で川島雄三の「幕末太陽傳」の特別上映があった。
観て行こうかとも思ったけれど、「幕末太陽傳」はもう何度か観ていたし、
(かつてDVDで持っていたのだ。友達にあげてしまったけれど)、
ちょっと買い物もあったので今回は見送ったのだった。
代わりに、というほどじゃないけれど、代々木公園近くのオープンスタジオで、
いまや時の人、東国原英夫宮崎県知事を見かけた。
道路に面した中の見えるスタジオで、サイバーエージェント藤田晋氏と話しており、
やっぱり人気なんだね、そこそこの人だかりができていた。


wikipedia「羅生門」(映画)
wikipedia「羅生門」(小説)
芥川龍之介「羅生門」全文
wikipedia黒澤明
by shinobu_kaki | 2007-12-22 22:57 | 人生は映画とともに | Trackback | Comments(2)

言葉さえあればいい。

情報というのは記号の集まりではなくて、
意味に変換される時に初めて情報となるわけだから、
変換率という意味では言葉というのはものすごく高いわけでしょ。
画像なんていうのは変換率が小さい、象徴度が弱いんだよ。
情報量の多い方から言うと、テキスト、音、画像になるわけね。
音も象徴度は結構高い。
映画の話をすると、常にあるのは、
映像というのは、イマジネイティヴじゃないじゃない。
それはイメージそのものだから、イマジネーションを喚起する力はない。
で、音にはある。言葉にはものすごくあるよね。
ものすごく少ないビット数で、
ものすごいイマジネーションを起こさせるという意味では、
その力は恐ろしいほどあって、こういうネット環境のなかで、
その力はますます強まってゆくよね。
言葉だけあればいいということになっちゃう。

(坂本龍一)


例えば俳句のような定型句は、
五七五の限られたフォーマットの中に、
非常に映像的な言葉が練られている。
少ない量の表現が、イメージ的に貧弱なのではなく、
むしろ逆の要素を内包しているという構造。
それは「洗練」だと思う。

ただ、
みんながイマジネイティヴでありクリエイティブである受け取り手、
であればいいのだが、決してそうではないよね。
そういうのってやっぱり疲れるからさ。
人はしばしば怠惰に流れる。
部屋は散らかる。エントロピーは増大する。
何もしなくとも運ばれてくる具体的なイメージ「映像」に人は飛びつく。
ビジュアルがキャッチーだというのはそういうこと。
やっぱり目が行く。強いんだよね。
もちろん、情報自体に罪は無いのですけど。

ところで僕は、誤解の構造というのは、
伝え手のほうに常に責任の7〜8割があると思っている。
(10割、という人もいるがそれは言い過ぎだと思う)
要は説明不足というやつだ。
人は意外なほど自分で分かっていることを相手も分かっていると思いたがる。
大事な「そもそも」がしばしば抜け落ちたりする。
説明は基本的にメタ的でなくてはならない。
ただ「明日の午後までにこれ、お願いします」という話の2時間後に、
「すいません、コレいつまでですか?」と初めてのように返すような、
こういう「受け取り手が抜けている」というケースは論外だけどね。
by shinobu_kaki | 2007-12-21 08:26 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)
何やら巷で話題らしいスレッド。
確かに面白く、読みごたえがすごい。

かの「電車男」の系譜だけど、
こういう才能が新しく現れるのはすごいね。

たっぷりあるので、時間のある時にどうぞ。


ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない

第1部 その1

第1部 その2

第2部

第3部

第4部

第5部

完結編


ほんと読ませるなあ。なかなか見事です。
by shinobu_kaki | 2007-12-20 13:08 | エウレーカ! | Trackback | Comments(4)

リアル≠リアリティ

劇団ひとりの自伝的小説、
「陰日向に咲く」の映画版を岡田准一が主演するという。

同じようなケースとして、
「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の映画版、
リリー・フランキーをオダギリジョーが演じた。

かつて瀬戸内寂聴を宮沢りえが演じたこともあった。

どれも本人がご存命なのだから、
主演を本人にやらせればいいのにと思う向きもあろうが、
そうもいかない。俳優としての演技力はもとより、
スクリーンのおける「旬の華やかさ」というのが圧倒的に違うのである。
それは集客、つまり映画(ドラマ)の成功を左右する。

仮に、たっての希望があったりして、本人が「本人役」を演じたとしよう。
それはまったくリアルであるはずなのだが(それはそうだ、本人なのだから)、
おそらく映画として見た場合のリアリティを圧倒的に欠くのではないだろうか。

かのチャップリンがこっそりと「チャップリン物真似コンテスト」に出場したら、
2位になってしまったというウソのような逸話がある。

つまり、「リアルであること」と「リアリティ」は似て非なるものなのだ。


ところで冒頭のキャスティングに関しては、
もちろん別人ではあるのだが、なんとなく腑に落ちるところもあるだろう。
そう、皆どこか似ているのだ。
ある程度、同じラインにあるルックスと言っていいかも知れない。

劇団ひとりをうんとカッコよくすれば岡田准一「方向」へ向かうだろうし、
リリー・フランキーを清潔にして若くしてカッコよくすれば、
オダギリジョー「方向」へ向かわなくもないわけだ。
瀬戸内寂聴は…、瀬戸内寂聴は…よく、わかりません(笑)
宮沢りえは「西遊記」の玄奘三蔵を演じたことがあるし、
スキンヘッドの似合う女性つながりと言えなくもない。

今、瀬戸内寂聴の自伝のような本を読んでいます。
「晴美と寂聴のすべて」。
自伝というか、エッセイ・雑文集という感じだろうか。
やっぱり文章きれいだよねこの人。
by shinobu_kaki | 2007-12-19 16:57 | エウレーカ! | Trackback | Comments(4)

移動祝祭日


by Shinobu_kaki