<   2009年 06月 ( 30 )   > この月の画像一覧

カプレーゼ。


最近とみに好きになったメニューに、
カプレーゼがある。
要するにトマトとモッツァレラチーズのサラダである。

もともとトマトが凄く好き、というわけではない。
チーズだって美味しいものは美味しいと思うけど…そんなレベルだ。
だがこの2つが合わさったとき、
その絶妙なカップリングに瞬時に魅了される。
1+1が2ではなく4、5、6、そんな典型のような料理である。
つまり、食材の相性がとてつもなく良いのだ。

なにしろ作り方がシンプルなだけに、
カプレーゼは素材勝負というところがある。
トマトが美味しく、モッツァレラチーズが美味しければ、
そのカプレーゼはまず美味しいということになる。
あとはバジルとオリーブオイル、これだけで完成だ。

チーズの白、トマトの赤、そしてバジルの緑が、
奇しくもイタリアの国旗の色と美しくシンクロしているのも意味深でいい。

ところでこの間、家でカプレーゼを食べていて、
「そうか、トマトとチーズのカップルだからカプレーゼと言うのか!」
とひらめき、一人で「なるほどねえ」と納得していたのだが、
それはまったくの間違いで、
「カプリ風の」という意味でのカプレーゼであった。
カプリ島のカプリである。「青の洞窟」が有名だ。
映画「イル・ポスティーノ」で、
チリの詩人パブロ・ネルーダが身を寄せたのがカプリ島だし、
漫画「ジョジョの奇妙な冒険」第5部で、
ブチャラティご一行様がポルポの隠し財産を取りに行くのが、
やはりカプリ島である。
ジョジョと言えば第4部の中のエピソード、
「イタリア料理を食べに行こう」でカプレーゼが登場する。


とまあ、観光ガイドか漫画ガイドみたいになっちゃったけど、
今度は近くにある産地直送の野菜販売所から新鮮なトマトを買って、
カプレーゼを作ってみようと思っている。
写真もアップしたかったけど、
トマトって端っこを切るの難しくありません?
どうしても一部が崩れてしまって美しくならないので撮影してないのだ。
by shinobu_kaki | 2009-06-29 12:41 | 基本はウチめし。 | Trackback | Comments(4)

ネット接続受難。


もう、ネットがないとどうにもならん。
それくらいにネット環境が当たり前の生活である。
しかしこの週末は、この「ネット接続」においてホトホトひどい目に会った。

ことの始まりは引越しである。
引越し自体は非常に機敏で滞りもなく、満足の行く形で終了したのだが、
終わってみるとどうやら見当たらないものがある。
ルーターのアダプターである。
ルーター本体はあるのだ。アダプターだけがない。
引越し屋がなくしたとは考えづらい。
彼らは荷物をAからBへ運んだだけだ。
引越し業務上の義務として、最後に荷物の確認もした。
まさに引っ越す直前まで使っていたネットだから、
ルーターも最後まで残っており、もちろんアダプターもしかりだ。
つまりどこかの箱に最後の最後にしまったのだろうが、
同時にしまったはずのルーター本体だけはあるのだ。
アダプターだけがない、というのはどう考えたらいいのかわからない。

新居はネット環境とプロバイダーが変わる。
すでに引越しの事前に申し込んでおいたものだ。
土曜日、モデムを支給されたネットの業者に電話をし、
一応確認をした。ハブではなくてルーターで繋ぐタイプですよね?
「いえ、ハブで大丈夫です」
「えっ、そうなんですか?」(←念押し)
「はい」
「LANコードのジャックの数も1つみたいですけど、本当にハブだけで?」
「大丈夫です」
というわけでこの週末、駅前に出向いてハブを買って来たのだが、
同時に2台を繋げるとどちらかが繋がらない。
おかしいと思い、電話をしたネット業者のホームページで、
あらためて商品情報を確認すると、
「ハブは不可。ルーターを使用のこと」とある。
じゃあ、あの電話は僕の幻聴か?
自分で調べられる限りを調べておけばという後悔はあるが、
ああまで自信たっぷりに言い切られたら信じてしまう。
その後の業者との話は割愛するとして、
雨の中もっかい駅前へ。今度はルーターを買って来た。

さすがに今度は大丈夫。
セットアップの作業をする(してもらう)が、
なんだか知らないが指示通りの画面が出てこない。
数時間格闘。何度やってもだめである。
あきらめて娘の相手を本格的に始めた頃、なぜか繋がった。
設定も何もかもを通り越して、
セットアップしていた妻のパソコン「だけが」繋がったのである。
やれやれ、よくわからないけどこれで決着か。
あとは僕のMacのネット接続を確認すればこの騒動も終了…

…繋がらない。
何度やっても、待てど暮らせどMacが繋がらない。
妻のパソコンが繋がったのも不可解だが、
じゃあなぜMacが繋がらない?

ということでまだ、
2台同時接続に成功していない我が家のネット環境なのである。
誰か助けてー。


※ちなみに、モデムにどちらかのLANコードを直接繋ぐと繋がります。当たり前だが。
ということはLANコード自体がイカれているとかではない。
by shinobu_kaki | 2009-06-29 07:21 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

新聞4コマ総集編。

a0022014_8401414.jpg

…とまあ、こんなのばっかり載ってるサイトです。


新聞の4コマって、つまんないけどついつい見ちゃうよね。
(ネタちゃんねる)


新聞の4コマって、破綻がないのが特徴だ。
何しろ毎日の清涼剤程度のポジションのものだし、
新聞というのはあらゆる人が読むであろう公器なのだから、
面白過ぎてはいけないのがサガである。
サザエさんに性や暴力の匂いがしないのも同じような理由だよね。
国民的作品というのは突っ込みどころがないように、
「いい子」でなければならないのだ。

だからこそこんな風にコラージュしたりして、
楽しむ余地があるというものでしょう。
ちなみに上に貼った見本は板垣恵介の「バキ」が元ネタである。
この「コボちゃん」の絵はそもそも、
とぼけた味わいがあってシュールに見えなくもないしね。


ところで話はぜんぜん違うんだけど、
僕の使っているMacのバージョンは、OSX 10.3.9である。
これだと最新のフラッシュプレイヤーが使えないなど、
色んな不具合があるようだ。
というか実は僕は未だにパソコンに疎いので、
システム的なところがよくわかっていない。
フラッシュの件にしても、本当にそうなのかとかね。
調べてみてもどうも確信が持てない。
知らずに損をしていることがたくさんありそうで困る。
by shinobu_kaki | 2009-06-28 08:48 | エウレーカ! | Trackback | Comments(0)

出逢うこと。

つまるところ、人が何かをするのは、
「出逢い」を求めているのだと言っていい。

美味しい食事をしに行くのも
ある種の「感激」に出逢いたいからだし、
言ってみれば本を買うのも、
今まで自分になかった新しい価値観に出逢いたいからだ。

転職などはその最たるものだろう。
自分の過ごす「場所」を変えて真新しい人間関係を再構築したい、
仕事自体を変えることで新しく自分の可能性と出逢いたい。

そういった出逢いの先には何があるのか?
それは「自分が変わるかもしれない」という希望だと思う。

今の自分に100%満足している人はあまりいない。
自分に満足していないということは、
自分をとりまく人間関係に満足していないということだ。
前にも書いたが、人は周りに恵まれればそれで大体OKというところがある。
人間は文字通り「人の間」にしか生きていけないものであり、
幸せか不幸せかというのは人間関係によるところが大きいのである。

状況を、人生を変える瞬間にはいつでも「出逢い」がある。
人でもモノでもいい。一節の文章が人生を変えることだってある。
思えば僕も(特に若い頃)、そういった幾ばくかの想いとともに、
ドキドキしながら本屋に通っていたように思う。
新しく蒙を啓かれる瞬間を待ちこがれていたのである。

もちろん空振りもあるだろう。
しかし、思わぬ場所での思わぬ出逢いが、
その後の長い期間に渡って自分の支えとなってくれたこともある。
それは引きこもっていては出逢えないものだったのは確かだ。
外に出れば、そりゃあ傷も負うし恥もかく。
だがトータルで見た時にきちんとバックはあるものなのだ。
要は、やらなければチャンスすらないということなのである。

すべてはそんなことの繰り返し、のような気がする。
そんな率の悪い投資のようなものを「悪くない」と思えればしめたものだ。
by shinobu_kaki | 2009-06-27 08:31 | 言葉は踊る。 | Trackback(1) | Comments(6)

delete it.


桜のように終わる。
もたもたしないで散れ、みたいなね。

死んだようにやっているのが一番だめだ。
精神の奴隷状態。
メリハリなんてもう当たり前で、
ぼんやりしないでちゃんと目に見えるものをちゃんと見る。
感情ごと捕われない。
いいこと/悪いことなんて、
太陽と月のように相対的なものだ。


いつでも散るを考える。
見事さというのはそういうこと。


…という自意識も何もかも、梅雨空のように鬱陶しい。
I wanna delete it!



【追記】
とか書いてたら、マイケル・ジャクソン死亡のニュース。
朝から驚愕。享年50歳。
類を見ないほどにガラス張りでメディアにさらされた人生。
しかしその才能は疑いようがなかった。
哀しいけれど、人の死はいつでもあっけない。
by shinobu_kaki | 2009-06-26 08:28 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(4)

想像ストレス。


占いなどそれほど信憑しているわけではないけれど、
魚座の人間はおおむね、
自分自身があまりに「変」なことを考えているのを知っているので、
言い出せずに大人しくなってしまう傾向が多いようである。

まあ、僕も例外じゃないんですけどね。
考えている事で、人にも言えないしここにも書けない、
なんていうことはいっぱいある(別なブラックな内容じゃなく)。
でもそんなの、誰もがそれなりに持っているのかもしれない。
要は程度の問題という事ですね。

僕が時々おちいる心理状態として、
「ストレスを勝手に自分で生み出してしまう」というのがある。
これは本当に不毛だと思うが、そうなってしまうのである。

具体的には、
「悪口やひどい仕打ちを受けることを想像して、
(想像の中で)自分に対してひどいことを言った・した人に対し、
なんか怒りを募らせる」というものである。
どう?不毛でしょ。(←「どう?」じゃない)

かといってその怒りを現実に持ち込むわけじゃない。
想像は想像である。勝手な想像にもとづいて
「ちょっと、あんなコト言うなんてあんまりじゃないですか!」
などと怒鳴り込まれても、その人だって困ってしまう。

もしかしたら潜在的にその人に対してストレスを感じていて、
その人にいつか怒りをぶつけたいと思っているがために、
怒る「理由」を自分で補完しているのではないだろうか。

それにしても、こういうのはなんとかならないかとは思うね。
ただでさえ日常のストレスをなんとかしたいと思っているのに、
わざわざ自分でこしらえることもないだろうにね。
by shinobu_kaki | 2009-06-25 11:38 | ライフ イズ | Trackback | Comments(2)

大声。




大声は、暴力だね。
by shinobu_kaki | 2009-06-24 16:05 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(2)

ひとりごちる。


あやしゅうこそものぐるほしけれ。

More
by shinobu_kaki | 2009-06-23 21:42 | ライフ イズ | Trackback | Comments(1)
村上春樹氏のエッセイ「村上ラヂオ」を読んでいたら、
「ドーナツの穴はいつ誰が発明したか」という一説があった。

それによると、1847年のアメリカのメイン州の町で、
ベイカリーの見習いとして働いていた、
ハンソン・グレゴリーという15歳の少年が発明者だそうだ。
そこでは揚げパンを毎日たくさん作っていたのだが、
中心に火が通るのに時間がかかって効率が悪かったのだ。
ある日ハンソン少年が、パンの真ん中に穴をあければ、
熱のまわりがずっと早くなるんじゃないかと思って実行してみた。
すると揚がる時間も確かに早くなり、
しかも穴のあいた「それ」は形は奇妙だけどむしろ食べやすかった。

そんな話である。これは「ちゃんとした本に載っていた話」として、
村上氏本人も「本当の話みたいだ」としている。

でもって、ネットで一応調べてみると、
同じくハンソン・グレゴリーという人物は登場するものの、
彼は少年ではなく立派な「船長」であり、
しかもその発想のきっかけも、
「操舵輪を握っているあいだ、舵輪のスポークにひっかけるため」
というものが多く見られた。

さて、どっちなのであろうか。

ちなみに僕は甘いものはほとんど食べないたちだったのだが、
妻と駅前のミスタードーナツに何度か行くうち、
ドーナツがそれなりに好きになってしまった。
小さい子供連れに優しいのも行きやすい理由のひとつだが。
by shinobu_kaki | 2009-06-23 11:36 | エウレーカ! | Trackback | Comments(0)
a0022014_13354927.jpg

絵もデザインもgood。
元気でとてもいい。
今の時期の季節性(Seasonality)もあるしね。
駅の売店でもかなり目を引いた。

個人的には少年ジャンプという年代でもないので、
まったく読んでません。
単行本で「バクマン。」を読むくらい。
しかしあんなセリフの洪水の漫画がよく人気を博しているよね。
おそらく「デスノート」の成功がそれを許している。
なんだか漫画とは違うジャンルのものを読んだ気になっちゃうんだけど。
by shinobu_kaki | 2009-06-22 13:40 | デザイナーという病 | Trackback | Comments(0)

移動祝祭日


by Shinobu_kaki