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三色問題。

四色問題というものがあるが、
最近あらためて「三色問題」について考えている。
「三色問題」は僕の勝手な造語だが、
要するに人間には最低3つの面が必要だろうという考えである。

わかりやすい身近な例でいうと、
「新世紀エヴァンゲリオン」に出てきたスーパーコンピュータ「マギ」である。
「マギ」とは新約聖書における「東方の三賢者」のことで、それぞれ
メルキオール(Melchior-黄金-王権の象徴、青年の姿の賢者)
バルタザール(Balthasar-乳香-神性の象徴、壮年の姿の賢者)
カスパー(Casper-没薬-将来の受難である死の象徴、老人の姿の賢者)
の3人とされる。
「エヴァンゲリオン」ではこの3つのスーパーコンピュータに、
システム制作者の赤木博士自身の人格を移植し、
それぞれ科学者としての自分、母としての自分、女としての自分が投影されている。
この3つの、あえて相容れないペルソナによる合議制を採ることで、
常に矛盾を内包せざるを得ない「決断」というものに、
複雑性をもって対応するのである。

3という数字はいかにも座りがよい。3つで完結するものが世には多いのだ。
三原色。三位一体。御三家。三種の神器。三国志。天・地・人…。
国家における三権分立のシステムなどはまさにそれで、
3つあることでお互いを牽制することができる。
2つでは決断が極端になる。4つでは話がまとまらない。
だが3つだと均衡する。それがいいのだろう。

「マギ」の科学者、母、女というそれぞれのペルソナは、
言ってみれば「社会性、愛、欲望」といった感じの切り分けだろうか。
社会性は広い関係性の中での自己確立であり、
愛は家族を含む他者への本能的貢献欲求であり、
女はより根源的な原初的欲動であると思う。
ちょっとこのへんは僕も知識がまったくないので、
独特の言い方になってるかもだけど、とにかくそのように思うのである。

おそらくだが、人は日常的に3つの顔がないとつらいのだ。
仕事人として、親として、友人として。
あるいは親として、友達として、男(女)として。
もちろん有限で制約の多い時間の中、すべてを満たせる人ばかりではないが、
気持ちを3つの方向に向けるというのはとても大切なことだと思う。
それは精神的な安定という意味でもポイントになるのだ。
「鼎(かなえ)」という言葉があるように、
4つよりも3つの足のほうが安定性があるのである。
それは国という単位においても個人においても変わらない。

これが、ここでいう「三色問題」である。
by shinobu_kaki | 2009-07-31 08:24 | ライフ イズ | Trackback | Comments(6)
フォロワーってんじゃなくて、
ある漫画家の元アシスタントが師匠の作風を色濃く引き継ぐ、
というパターンがあるでしょう。
ちばあきおに対する高橋広(「イレブン」)がそうだし、
青木雄二に対する東風孝広(「カバチタレ!」「極悪がんぼ」)がそう。
つまり、一見して系譜がわかるタイプの漫画家さんね。
もちろんまったく同じ筆致というわけではなくて、
例えば上の2人については構図の取り方に変化をつけたりして、
師匠の作品よりも読みやすくなるよう工夫してるように見える。
ただ、どうしたって「キャプテン」「プレイボール」にはかなわないし、
歴史に残るのは「ナニワ金融道」のほうなのである。
正当継承者と思われる作家が、師匠を越えるパターンは見ない気がする。
でも考えてみればこれは当然のことで、
要するに「真似」からスタートしてその範囲内で勝負しているわけだから、
オリジナルよりも上の評価をもらうほうがおかしいってもんなのだ。

そういう意味でも、最近あらためて荒木飛呂彦はすごいと思っている。
ほとんど「ジョジョの奇妙な冒険」1作の人と言ってもいいくらいだが、
(他に短いのはいくつか描いてるけどね。「バオー」とか「ビーティー」とか)
ケレン味ありまくりの筆致は他に真似できる人がいない。
そして週刊ペースの連載のくせにその描き込みは非常に細かく、
真っ黒になってしまいがちな紙面を余白の効いたコマ割りでカバーしている。
こういうのは非常に大事なテクニックだ。
さらに扉絵の一枚絵としての完成度も高く、アイテムもゴージャスで、
読む側にある種の贅沢さを感じさせてくれる。
時々セリフの日本語がおかしい時があるが、その無国籍な作風と相まって、
まるで翻訳文体のマンガを読んだようで許せるのである。

セリフと言えば、小畑健である。
言わずと知れた「ヒカルの碁」「デスノート」「バクマン。」の作家だが、
セリフが異様に多いのは上のうちの後半2作、大場つぐみが原作についた時だ。
大場つぐみは公開されているネームを見ると、
「ラッキーマン」などを連載したガモウひろしに間違いないと思われるが、
この人のネームはちょっと常識ではありえないほどにセリフが多い。
「デスノート」と「バクマン。」は小畑の絵が固まった時期であるからなのか、
並べてみてもほとんど同じトーンで描かれている。
長期連載だった「ヒカルの碁」の途中から今の筆致になったようだ。
「ヒカルの碁」の初期はまったく別のマンガのように違う。

こういうのは連載が長いとよくあることで、
井上雄彦の「スラムダンク」も初期と後期ではずいぶんと印象が違うのである。
井上はこの後の「バガボンド」の中でもタッチの変遷が見られる。
大きく2度、画風をチェンジした作家と言える。
「スラムダンク」は、たまに通しでじっくり読んでみたくなる。
これはストーリーというよりも、魅力的なキャラクターが多いからだと思う。
by shinobu_kaki | 2009-07-28 11:02 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(2)

グリーン・タイカレー。

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暑かったこんな日には、辛いものがいいね。
グリーン・タイカレー。

具材は茄子とピーマンと挽肉とジャガイモ、それにエリンギ。
もちろん冷やしたビールを添えて。
by shinobu_kaki | 2009-07-26 21:16 | 基本はウチめし。 | Trackback | Comments(4)
早い時間に眠り、覚醒してしまった娘を寝かす意味で、
夜明けのほんの少し前の時間、散歩に出かけてみました。

マジックアワーとは本来、夕方から夜へと変わる瞬間の、
どちらでもない時間のことを指すらしいが、
この夜明け前の時間も同じような表情があると思う。

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マンションの上階からの風景。
肉眼ではまだ暗いけど、写真は空の青を拾って明るく見える。

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東の空はまだぼんやりしている。

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丘があり、高低差が特徴の街。

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東の空が明るくなってきた。

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朝焼けは晴れの予報。

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1枚目の構図、時間差の写真。
この時間は本当に光が刻一刻と変わる。

散歩の間、ずっと娘は元気に起きていたのだが…。
このエントリを書き終わった5時半頃、やっとパパダッコでご就寝。
by shinobu_kaki | 2009-07-26 05:29 | チープ・トリップ | Trackback | Comments(0)

No pain, no gain.


No pain, no gain(苦労なくして得られるものはない)

ということわざがあるそうだが、
なんかそんなのはイヤだな。分かるけどね。

自分自身の「実になった経験」を思い返すと、
確かに苦労という言い方もできなくはないけれど、
もっと夢中でやっていた感じかな。
大変だし面倒くさいんだけど、そういうのを忘れるくらい入り込んで、
言わば夢中になってやることで乗り越えられたことが多い。
そうして一段落がつき、気がつくと経験らしきものになっているというわけだ。
だからもうちょっと違う言い方がある気がする。

ちなみに、紆余曲折、この仕事に就いてから17年ほどになるわけだが、
同じことをもう一度やれと言われても絶対いやだけどね(笑)

まあ、そういう意味では確かに苦労ではあるかな。
by shinobu_kaki | 2009-07-25 18:09 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

土曜の朝。

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おはようございます。
なんてことのない朝。でもどこかすっきりしているような。

家のベランダから丘と空を眺める。

昨日の夜、古いゲーム機がどうやら死んで、
そろそろそういうのに時間を使うな、ということかなとこじつけ。


人が何に飢えているか、それはその時々で変わる。
逆に、時間が経つとなぜあの時あんなにも執着していたのだろうと思う。
ほとんどの人にとって目の前にあるものだけが世界の全てであり、
そしてそれはある意味で事実なのだが、
そんな余裕のない視野狭窄な状況を回避するためにも、
想像する、イメージするということが大事になってくる。
分母が小さければ分子の値も小さくにしかならないのである。


さて掃除をする前に、コーヒーでも入れるか。
by shinobu_kaki | 2009-07-25 08:16 | ライフ イズ | Trackback | Comments(2)

僕の年表。


自分の年表を作れるサービスがあったので、登録してみました。


NENPYO shinobu_kaki


「僕の年表」として、
ブログのRecommend websiteのとこに表示しておこう。
時間を見つけて、随時更新予定。
by shinobu_kaki | 2009-07-24 20:32 | Forget me not. | Trackback | Comments(2)

親バカ繁盛記。

昨日、帰宅してドアを開けると、
待っていたわけではないだろうが玄関の近くに娘が座っていた。
娘はいきなり現れたパパに驚いたようで、

「!」

という感じで、
座ったまま1cmほどピョコンと飛び上がったように見えた。
そしてコーフン気味に、

「◎◆×△♪◉■○〜!!!!」

と、なんか甲高い声で叫び出した。
妻曰く、
「パパが帰ってきて嬉しいんだね〜」
ということである。
そうかそうか。パパだって嬉しい。

そして荷物を置くより早く娘を両手で抱き上げると、
小さな手がぎゅっとこちらの腕をつかんでくる。
そして「パッパッパパパパパパ〜」とか言いながら、
僕の腕を叩くようにパンパンやっている。
嬉しくて興奮しているのだ、というのがわかる。
なんとも愛おしくて、思わずぎゅっと抱きしめてしまった。


でも娘よ、
パパの入浴中にお風呂に普通に侵入してくるのはどうかと思うぞ。
それに、眠っているママの目に指を突っ込むのはやめましょう。
パパのメガネも大事にしよう。メガネはパパのアイデンティティだからね。
あ、こらっ、パパのMacからへんなサイトにアクセスしない!
by shinobu_kaki | 2009-07-24 13:32 | パパなのだ。 | Trackback | Comments(2)

夏のグリーティングカードを兼ねた、
「引っ越しました」ハガキが金曜日に刷り上がってくる。楽しみ。
今回も街のオンデマンド印刷に頼んだんだけど、
入稿の時に窓口で応対してくれたおねーさんがデザイン見本を見るなり、
「ああっ!(はぁと)」と、心奪われておりました。
ええ、もちろん娘の写真がメインです。
さらに今回は個人的に好きな紙で印刷することができて、
それもまた楽しみなのである。

もうひと月もすれば娘は1歳。早いものだね。
「パパなのだ」カテゴリの記事一覧

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さて、最近の娘はさらに成長を見せております。
例えばこんなん。


●あれこれ指を指す
今、娘は指差しブーム。なにかってえと指を指します。
それは例えばTVのリモコンだったり、バスの降車ボタンだったり、
パパママを含む「人」が対象だったりします。
押して「ピーッ」とか電子音のするボタンだと余計に嬉しいみたい。

●こちらのご機嫌をうかがう
娘も小さいながら、人のご機嫌をうかがう素振りをみせます。
「これを触ると怒られるかな?」というモノを触る前に、
ちらっとこちらを見てから触ったりね。あるいは触らなかったり。
で、部屋にコンセントがあるじゃないですか。
娘はあれを指ではがそうとするんだけど(実際はがしたこともある)、
当然パパかママに怒られる事が分かっててやろうとする。
「ダメッ」って言うと「ニヤッ」と笑ってますからね、これはもう確信犯だ。

●パパのメガネで嫌がらせをする
いや、予想はしてたのよ。だからフレームの柔らかいのを事前に買ったわけで。
それしても見事にメガネに手を出す娘である。
僕の顔が手の届くところにあると、素早くパパの顔からメガネをかっさらい、
楽しそうにかじったり振り回したりしている。
で、メガネの「つる(耳にかけるとこ)」を両手で持って、
八の字に「ぐいいいーっ」と広げるんです!
さすがに慌てて止めるんだけど、その時の娘は必ずいたずらっぽく笑っている。
もう完全にわかってやってる。

●うんちがくちゃい
あの、親バカと言われるかもしれませんが、
ぶっちゃけ子供、ホントーに可愛いです。メロメロだと思います。
ちっちゃいカラダで「パーパ、パーパ」なんて来られると、
なんでか知らないけど涙さえ出そうになる、それくらい可愛いです。
正直、天使なくらいに思ってます。
でも、こんな可愛い娘でも、最近うんちがくちゃいんです。
おっぱいばかり飲んでいた頃とは違い、
確かに離乳食をしっかり食べるようになってはいます。
それにしても最近の娘のうんちはくちゃい!
なんかこう、匂いが可視化されちゃうくらいのイメージ。
生ゴミの日とか必死ですよ、捨て損ねたら大惨事ですからね。
そんな「ゴミおむつ袋」と、目の前のこの可愛い娘の笑顔とのギャップ…。
なんだか不思議な気持ちになってしまいます。


とまあ、色々ありますが、娘は元気に育っています。
睡眠時間が短いのは相変わらずですが…。
by shinobu_kaki | 2009-07-23 13:19 | パパなのだ。 | Trackback | Comments(0)
松井は囲み取材はもちろん1対1で話を聞いてもなかなか本心がつかめない。
ただ、彼には誰にも話さない特別な使命感といったものを持っているような気がする。
それは野球でなにかなしとげるといったアスリート的なものなのかもしれないし、
もっと人生論的なものなのかもしれないが、
とにかくほかのひとにはないなにかを隠し持っているように思えてならない。

阿部珠樹のスポーツ観戦力向上講座
「松井秀喜サヨナラ弾、我慢強さに感心」より


松井秀喜は驚くほど地味だ。

星稜高校時代は1年から4番、甲子園では「怪物」の名を欲しいままにし、
ドラフトでは1位指名で4球団競合の末に巨人に入団、
数年後には巨人の不動の4番打者として十分な活躍を見せた。
入団からの10年間で332本塁打、シーズン平均33本強なのだから立派なものだ。
ニューヨーク・ヤンキースに入団してからは中距離打者といった風情だが、
マッチョ揃いのメジャーの猛者の中にあっては仕方がないだろう。
それでもあのヤンキースにおいて中軸を打ち続けているし、
それなりの成績を残してもいるのだ。素晴らしいキャリアと言わざるを得ない。

これほど華やかに見える松井秀喜の野球人生なのだが、
トータルに見える印象としてはどうしても地味なのである。

それは多分に、松井自身の落ち着いた佇まいにあるのだろうと思う。
どこかやんちゃで子供っぽく、
ストリートっぽいファッションにも違和感のないイチローとは好対照だ。
松井秀喜はあろうことかポロシャツが似合うのである。
しかも20代の前半の頃からそうだった。
チャラチャラしたところはなく「求道者」然としていた。
そう、松井は若い時からあの落ち着きを持った男だったのだ。

阿部珠樹の感じた「誰にも話さない特別な使命感」とは何だろうか。
もちろん正確にではないが、なんとなく分かる気はする。
松井の父は宗教法人の司教であり、その思想のもとで秀喜少年は育っている。

宗教とはロジックというかストーリーというか、「仮説」でもいいや、
ある仮説でもって世界を捉えているものだと僕は思っている。
それは「生」の迷いを払拭するためであり、安寧を獲得するためでもある。
僕なんかはそんな仮説の「ジャンプ率」にちょっと踏み込めないなと思う。
丹念に話を聞いていると、どこかで無理が生じているように感じられるのだ。
だが信仰というのはそういうものであろう。
言ってみれば「理屈じゃないのヨ」ということなのだ。
もし理屈、ロジックだけで積み上げられた信仰があるとするならば、
それはたちまち破綻を見せるだろう。
ロジックというのは「絶対的正解」などではない。
どんなものでも対立する概念というのは提示しうるし、
どんなものでも見方によっては綻びを指摘する事が可能だからだ。

まあ、この話はちょっと松井と離れてしまうのでここまでにするが、
なんだっけ、そうそう、
松井秀喜にはどこか「宗教者」にも似た信念を感じるのである。
人間一人が生きる事よりも大きなビジョンをイメージしながら生きると、
どうしてもああいう落ち着いた人になるんじゃないだろうか。
一種の諦観と覚悟とを持っている感じがするね。

あと、日々アフォリズムのような、
人生訓示を考えながら生きている人のような気もする。
こういう揺るぎのない人(またはそう見える人)は他人に安心感を与える。
野球選手じゃなかったら精神科医なんかいいかもしれないね。
自分の担当医がイチロータイプだったらちょっと微妙に思うかもだし。
by shinobu_kaki | 2009-07-22 14:41 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(8)

移動祝祭日


by Shinobu_kaki