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今日の晩御飯。
フライパン一杯に作った、カツの卵とじ。
これをご飯に乗せると、カツ丼です。
by shinobu_kaki | 2009-08-30 20:37 | 基本はウチめし。 | Trackback | Comments(6)

くらむぼん。


急に秋になった。


集中すればするほど視野狭窄になる、
というのは避けられないパラドクスのひとつである。
例えばどんな社会的ポジションも、
その人がたまさか流れ着いたものと仮定すれば、
現状に固執するというのは必ずしも正しい選択ではない。

水は流れる。空気も流れる。
関係だってそうかもしれない。
ある日突然生まれた関係性は、
(突然でない関係性の生まれ方などあるだろうか?)
始まりがそうであったように、
ある日突然終わりがやってくる。

泡のように浮かんで消える。それだけのこと。

今まで動いてきたように、これからも動いて行くといい。




あ、いえ、家庭は円満ですよ?(笑)
そーゆーんじゃなくて、別の話ね。


ちなみに結婚がすごいのは、それが「約束」だからでしょ。
こんなに何もかもが不確かな世の中で、
相手という1人の他人のために約束するわけだ。
それは行為として非常に健気だし、美しいよね。

時間というか、大げさに言えば人生はスライスだと思う。
長い年月というのは言わば結果にすぎなくて、
本質はその瞬間瞬間のプロセスにある。
それは明日にもどうなるかわからないという可能性、リスクがあるから。
あと30年生きるとか誰かに保証されているわけじゃない。
だから長いスパンで考えるのは本来はおかしい話だと思ってしまう。

でもやっかいなのは、
それなりに長期で考えないと上手く行かないのだよね。
難しいもんである。
by shinobu_kaki | 2009-08-28 12:11 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(2)

ア・バオア・クー

一番探したのが最後のほうに出てくるメカや要塞の名前でもあるんですね。
ア・バオア・クーについては、ボルヘスの「幻獣図鑑」を見つけた時に、
絶対にこの中にある!と直感しました。そこでこの言葉を見つけたわけです。
(略)フィクションとしてのリアリズムを完結していくためには、
そういう異質な名前を入れていかなれけば絶対にダメなんだという認識ですね。
富野喜幸(由悠季)「思考としてのガンダム」より

ア・バオ・ア・クゥー(A Bao A Qu)とは、
インド・ラジャスターン地方にいると伝えられている幻獣である。(wikipedia)


僕も小学生の時にガンダムを観ていた世代で、
3部作あった映画も、ラストの1本は映画館に観に行った。
最初に作ったプラモデルはシャア専用ザクだった。
つまり、まあ「ガンダム世代」といった部類に属していると言っていいと思う。

ガンダムが画期的だったのは、それまでの勧善懲悪アニメとは一線を画し、
相対的な立場までも表現した人間ドラマだったからである。
その後「ヤマト」「エヴァンゲリオン」へと連なって行くこの系譜は、
「ガンダム」によって突然この世に生み出された。
しかし当時の子供相手に少々難しかったのも事実のようで、
テレビシリーズのガンダムというのは実は打ち切られたものだったらしい。
(全52話の予定が全43話に短縮)。

ちょっと話がそれたが、名前の話。
ガンダムにおけるネーミングの奇妙なリアリティというのは、
僕も当時から惹きつけられ、ぐっときていた。
前述の「ア・バオア・クー」もそうだし、戦艦「グレートブリテン」、
金平糖と呼ばれた「ソロモン」、ジオン軍の中枢たるザビ家の一族、
そしてシャルル・ゲンズブールから連想したというシャア=アズナブル…。
どれもとても味わい深い。

そして鈍重でクラシックなジオン軍のネーミングが、
全体的に濁音で支配されているのはなんだかそれらしい。
ザク、グフ、ドム、ズゴック、ゲルググ、ビグザム、ガルマ=ザビ、ドズル=ザビ…
思えばほとんどが濁音だ。濁音は屈強さ、邪悪さを感じさせる。
敵キャラながら圧倒的な人気を誇った「シャア」という名前も、
その造形と一匹狼のエースというしなやかさを感じさせて良いと思う。
物語の終盤に突然登場するインド系のニュータイプの女性、
「ララァ」はふわっとした神々しさを感じさせるし、
何より富野喜幸がもっとも苦労したという主人公の「アムロ」という名前が絶妙だ。
アムロという名前には、未熟だが、未来と可能性を感じさせる、
ニュートラルな若者らしさがあるからだ。

かつて蓮実重彦が、村上龍の「五分後の世界」に出てくる、
「向現」というドラッグの名前を絶賛し、
あの小説の成功はこのネーミングの素晴らしさによるものだ、
と言ったことがあったが、ガンダムの成功要因のひとつには、
このネーミングの絶妙さがあると思って疑わない。

ネーミングについては昔、エントリを書いた。
音や言葉の持つイメージ喚起力というのは凄いから、
ネーミングがそのキャラクターの性格や言動を導きだす、
というのは、これはもう絶対にあるよね。

自分自身の名前が例えば「剛造」ではないだろうというのは、
もちろん今でも確信を持って言える。名前とは、本当に面白いもんである。
by shinobu_kaki | 2009-08-23 08:46 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(0)

衆議院選挙2009のマニフェストが比較できる、
「マニフェストマッチ」だそうです。


マニフェストマッチ


こういうのがあるといいね。分かりいい。

「比較.com」じゃないけど、
比較吟味するのってネットの特性の一つと思う。
情報が同じボリュームの文字列として、並列になる。


マニフェストマッチ、
時間がないので、あとでやろ。
by shinobu_kaki | 2009-08-18 19:02 | エウレーカ! | Trackback | Comments(2)

夏(休み)が終わる。

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たっぷり家族と過ごした夏休みが終わってゆく。

本の一冊も、映画の一本も満足に観られたわけではないけれど、
時間の過ごし方という意味ではとても有意義な時間だった。

しかし、明日から社会復帰できるかな…。
by shinobu_kaki | 2009-08-16 20:15 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

湘南、江ノ島へ。

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少しは夏休みらしくと、湘南方面へ行ってみました。

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江ノ島がドカンと。晴れて良かった。
もちろん娘は初の海。
波打ち際まで連れて行くと…怖がってたねw

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天気が崩れた時のことも想定し、
ここ江ノ島水族館もコースに入れてあったのでした。
娘はもちろん初の水族館。

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水を下から見上げる。ゆらゆらときれい。

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クラゲやヒトデみたいなのに食いつきが良かったかな。
娘は動きのないのが好きらしい。

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中央には大きな水槽が。
最近地震が多いけど、揺れて水槽がいっせいに割れたら…なんて、
余計な想像をしてしまうのは昔からの性分。

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2階に昇るとウッドデッキがあって、海を見下ろせる好シチュエーション。
海風と海水浴客の声。娘も機嫌がよく、僕らもご機嫌である。

夏休みはもう少しだけ続く。


追記として、こちらは独身時代の江ノ島探訪記。
江ノ島、カツ丼、捨てられた猫たち
やっぱり子供ができると、
行動範囲も動きの質も(ってサッカーみたいですが)変わるもので、
当時の異常なフットワークの軽さを思うと隔世の感があるなあ。
by shinobu_kaki | 2009-08-13 08:24 | チープ・トリップ | Trackback | Comments(0)

夏休みが始まりました。


今日から夏休みに入った。
ちょっと事前に色々あってストレスが凄かったけど、
何とか予定を死守できた感じ。

最近こちらの更新が滞りがちなのはtwitterを覗いてたからだけど、
数日前にtwitterが落ちて復帰したあたり以降から、
どうも上手く書き込めなくなる状態になっている。
2〜3文字ならすぐに反映されるのだが、それ以上だと上手くいかなかったりする。
こういうストレス状態になるとあまり何度もトライする気が起きなくなり、
TL(タイムライン)を見る事自体からも少し疎遠になってしまう。
でもtwitterのペースの早さは本当にすごいし、
そのリアルタイム性は「オープンなチャット」といった風情で魅力的だよね。
それか「匿名じゃない2ch」という言い方でもいいけど。

比べるとブログはスタティックなメディアである。
言ってみれば個人的に雑誌や記事を編集しているようなもので、
(実際にエントリのことを「記事」と呼ぶわけだしね)、
ページ、つまりエントリを記入するごとの定型(フォーマット)がある。
タイトルをつけて、その本文があるという構造的な定型もそうだし、
導入、核心、まとめといった文章的な定型もある程度必要になる。
もちろん散文のような書き方をしてもいいわけだけど、
まあ僕自身は少なくとも定型をある程度意識せざるを得ないと思っている。
順序立てて話さないと、人が話を聞いてくれないのと同じである。

twitterのつぶやきに関して思ったのは、
そのラリーのようなスピード感と140文字という制約によって、
文章を可能な限りシンプルにしようという気持ちが生まれるということ。
これは非常に本質的で、正しいと思ったね。
誰だってまわりくどい会話よりは、シンプルで核心的な語りのほうが良いはずだ。
すぐ上の文章で言えば「非常に」とかはいらないわけ(笑)
でもブログの場合はテキストも比較的長くできるし、
曲がりなりにも文章的リズムを考えるから、
僕は冗長になっても「つまり」とか「そういった」なんていう言葉を繋いでしまう。
これは書き言葉と話し言葉の違いでもある。
そしてtwitterは話し言葉のほうが向いている。

ところで上にも書いたtwitterの140文字という制限だけど、
理由はこんなことらしい。
短いのは最高―葉書はSMSを産みSMSはTwitterを産んだ
へえー、という感じである。
様々なものにはちゃんと理由が存在するのだなあと得心。


さて、夏休み。家族との時間を満喫しつつ、
本業についても、ちょっと真剣にあれこれ考えるタイミングとしよう。
時間は無限にあるわけじゃないのだ。
by shinobu_kaki | 2009-08-08 10:25 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)
資生堂の「ザ・コラーゲン」のCMが話題だ。
“100人ビキニ”の圧巻CMが完成 「SWIM!SWIM!SWIM!」篇
(livedoorニュース)

と同時に、
SMAPを起用したソフトバンクのCMも注目されている。
Come on! 「SMAP大移動編」(60秒バージョン)ソフトバンク公式サイト

どちらも共通するのは、人間を大勢使ったスケールのでかさだ。
「人間が100人いればそれだけでスペクタクルだ」と言われるが、
100人規模の人数が一斉に何かをしているというのは、見逃せない迫力がある。

こういうCMは世の中に常に一定数あるというわけではない。
エキストラを含めても人件費がかさむからである。贅沢なのだ。
それにしてもこの2つのCMがほぼ同時期にオンエアされたということは、
どちらかがどちらかにインスパイアされたとか真似したとかではなく、
ひとつのシンクロニシティと言えるのだと思う。
クリエイターがつかんだ「今の時代の気分」が、
この民族大移動的なスケール感だったということだろう。

こういうシンクロニシティは雑誌の特集などでも時々起こる。
みな、時代の気分を精緻にキャッチするがゆえの「かぶり」である。

ところでソフトバンクのほうは、ラストカットが秀逸だ。
アレが無ければ、ミュージカル調のゴージャスなだけの映像で終わる。
かの日本映画「幕末太陽伝」で川島雄三監督がやろうとした、
「最後のシーンで主人公が撮影所の外へ駆けていく」を彷彿とさせるが、
ソフトバンクはそういった「ネタばらしアイデア」ではなく、
その外側すらも巨大な作り込みのあるセットとして、スケール感を演出している。
最初にこのアイデアが出た時は多分みんなぎょっとしたはずである。
しかもメイキングによるとあれはCG合成ではなく一発撮りだそうだ。
まあ、CMのメッセージ自体は「みんな、ソフトバンクへCome on! わー!!」
という、非常にシンプルなもののようだが。
(他に何かあるのかな?あったら教えてください)

ちなみに、タレントキャスティングBLOG by COMIXさんで、
100人のエキストラを動員することの大変さを書かれていた。
100人CMの舞台裏を想像する
いやー、これは大変そうですよ。
スタッフのみなさんお疲れさまという感じである。
by shinobu_kaki | 2009-08-04 11:01 | デザイナーという病 | Trackback | Comments(2)

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by Shinobu_kaki
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