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prototype1000




「グッズのアイデア提案サイト prototype1000」だそうです。

prototype18の植林、
prototype19の火山、
prototype28の野菜電池、
prototype41の清掃員、
prototype52の弓矢ピン、

このへんがいいなと思ったかな。

でもこういうのってアイデアもさることながら、
魅力的なネーミングをつけることで、ぐっと良くなるというのもある。
そういう意味では今はまだストレートな商品が多いですね。
by shinobu_kaki | 2009-09-28 17:49 | エウレーカ! | Trackback | Comments(2)

秋休みの写真日記。

シルバーウイークは、近場でお出かけ。

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府中郷土の森の水遊び池。
子供たちがたくさん遊んでいました。涼しそう。

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郷土の森、というだけあってこういった文化財的な建物がそこかしこに。

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中に入ると、土間にカマド。
こんな感じで食事作ってたんだね。

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これは別の日、というか今日。
初めての高尾山に行ってきました。

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リフト乗り場の辺りから。天気もなかなかで、やっぱり山はいいですね。
胸に娘をだっこしながら登ります。

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頂上まで舗装された道は、登山というより巡礼という感じ。
ベビーカーで登っている猛者もいたなあ。
頂上が頂上らしくないのだけがちょっと残念だったけど、
あとはなかなか気持ちのいい行程でした。

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帰りは違う道を通る。途中に吊り橋があっていい感じ。
行きと同様、リフトで山を下る。
夕方という時間ながら登り客と何人もすれ違ったのだけど、
みんなビアマウントに行くのかな?
でも小さい子供もいるし、どうなのだろう。

そんなこんなで秋の連休も終了。
ちなみにこれらの写真は、どれも妻のデジカメを借りて撮ったもの。
僕のデジカメときたら、郷土の森に行った時にどうやらまた壊れてしまったみたい。
前にホノルルに行った時のような、画面にノイズの出る状態になったのだ。
プレッシャーに弱い愛機である。また修理に出さないとなあ。
by shinobu_kaki | 2009-09-23 23:06 | チープ・トリップ | Trackback | Comments(6)

ぶつぶつ。


企業もそうだが、世間に謝罪する時って、誰に謝っているんだろう?

変わらない態度で接する、というのは優しさ。それもかなり上等な。

中吊りでは必殺仕事人の「連休も仕事だ!」が良かったな。
クスリとするレトリック。

焼肉屋が発する肉の匂いに時々酔いそうになる。

太陽の位置がまだ低い。絶妙に影の差した地球の朝。
わが家の窓から見える景色がとても好きだね。

毎日毎日、顔を洗って髭を剃っている。
継続は力というからには、ものすごく上手くなっていてもいい気もするが、
あまり変わらない。きっと上手くなろうとしてないからだろう。

空の色を表現するにはブルーだけではだめで、
ブラックを少し混ぜないと空らしくはならない。

人を褒めるということは、
その他の人を貶めることになる可能性があるので気をつける。

例えば綺麗な部屋は汚しにくいもの。
日本も中欧くらい綺麗な街並みだったら、
広告や何やらでこんなに汚れずに済んだだろうか。

遠慮しているうちは力を出せない。
環境とかそのジャンルに対して傲慢なくらいじゃないとだめ。
だから性格は生意気なほうが力を出しやすいという。

たくさんしゃべると頭が冴えてくるね。書くのもそうだけど。

言う言わないは別として、自分としてはぴったりくる比喩が
瞬時に浮かぶのがクリアな頭の状態。

美容師をランク分けしている美容院。
個人的にしっくりこないので行かないことにしてる。
腕もキャリアも違うのに料金一律はおかしいという事なのは分かるけど、
やっぱりしっくりこない。

多少デザインのクオリティが高いからといって、
ルーズさが許されるとは思わない。
というか、それはクオリティが低いんだよ。

「自分のためって、やらなきゃダメって、わかっていても、やりゃあしない。
それでこそ、人間でございます。」ナイスコピー。

オーソドックスって「普通」ってことじゃないよ。

10代の頃は「尊敬する人はいない」なんてイキがっていたけど、
尊敬する人のいない人生なんて貧しすぎる。
今では逆に、尊敬する人が多いと思えるほうが絶対にいいと思う。
他人を尊敬できない人は自分を誇れないはず。

今週最大のびっくり。
唐沢俊一と唐沢なをきって兄弟だったのね!知らなかった。
というか正直いつも混同して、どっちだかわかんなくなってましたw

「くたびれた」って「草臥れた」って書くんだね。
草の上にばったりと倒れ込む情景が浮かぶ。

12月公開の映画「マラドーナ」、監督はなんとクストリッツァだって。

フラジャイル(fragile)は弱さ、壊れやすさ。
ジュブナイル(juvenile)は少年期という意味で、
音も似ているがどこか意味も繋がっているような気がする。

マスゲームって見てると気持ちいいよね。なんでだろうと思ったけど、
デザインでも、ある意志のもとに統制が取れているものを美しいと感じるから、
「揃ったもの=美しい」というコードがあるのだろう。

「シルバー」を高齢者ニュアンスで使ったのは誰が最初なんだろう?

伊藤英明と言えば、ファン・ニステルローイ。よく似ている。

トーゴ代表、マンチェスターシティ所属のアデバヨールは
「端正なルックスの持ち主」であるらしい。
日本人的美意識からは理解が困難と言えるかもだが、
確かに整っていると言えば整っている。キムタクがそうだが、
シンメトリーかどうかがひとつの基準。

弘兼憲史の「加治隆介の儀」はなかなか面白かったし、
「課長島耕作」はとても良かった。部長編以降はアレだけど。
この2作がどうして面白かったんだろうと思ったが、
それは人間の欲望をきっちり描いていたからじゃないか。
で、主人公は私欲を基準には動かないタイプで(島も加治もそう)、
まわりが欲かいて自滅していくというのがパターン。

いつの日か「昔は学歴っていう本当に公平な選考基準があったんだよ。
身分に関係なく学力があれば出世できて、
『天皇と言えども東大には入れず』なんて言われたんだ。」
と語られる時代が来るのだろうか?

娘と録画したNHK教育番組を見ている。
人気キャラクターの「ワンワン」、
ヒネリのまったくないこの名前はどうかと思っていたが、
このくらいシンプルなほうが子供にとってはいいのかもと思えてきた。

この、頭にマラカス2本刺したウータンというキャラは、なんだ?
でも本体がマラカスのような形だから、
フラクタルを形成していると言えなくもない。深いな。

しかし本当に気持ちのいい天気だね。5月に匹敵する。
ネーミングセンスはともかく、シルバーウイークは伊達じゃない。

別荘、という言葉は昭和的セレブリティの匂いを醸し出す。
自分の中ではヨットとかお手伝いさんとかと同列の概念。

「直す」という言葉にゲシュタルト崩壊。直する、直にする…だから「直す」。
状態を縮めただけの可愛い言葉に思えてきた。「なめす」みたいな。

多指症、つまり指が6本あった人の記録は意外に多い。
秀吉、サリンジャー、アン・ブーリン、江青、メジャーのピッチャーにもいたし、
映画でもレクター博士、レスリー・チャン演じた蝶衣もそう。

…and more.
by shinobu_kaki | 2009-09-22 17:52 | 言葉は踊る。 | Trackback | Comments(2)

娘と将棋番組。

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年の割に趣味が渋いね。
by shinobu_kaki | 2009-09-20 11:10 | パパなのだ。 | Trackback | Comments(0)

「芸術の予言!!」

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タイトルに「!」が2つである。
造本・デザイン自体が非常にポップで、
60年代、70年代にはこういう凝り方をした本が多かった。
奥付を見ると、初版2009年というのに驚く。
装丁は佐々木暁氏。
サブタイトルが「60年代ラディカル・カルチュアの軌跡」とあるため、
その時代のテイストをふんだんに盛り込んだ造本になっている。
身近なところでいうと、奥村靫正らが手がけた
村上龍「POST〜ポップアートのある部屋」と似た方向性のデザイン。
つまりそれが「時代の気分」というやつだ。

コンテンツ自体は古いものだ。
1973年〜1974年当時の「季刊フィルム」という雑誌の内容が主で、
登場するのは寺山修司、赤瀬川原平、アラーキー、横尾忠則、
大島渚、武満徹、高橋悠治、杉浦康平といった面々。
なぜ今?
しかし書籍の刊行にはすべて意味がある。
これを出すことは、
今という時代を相対化して照らす試みなのではないかと邪推する。
だからタイトルに「予言」の文字が踊っているのだろう。

ひとつ例を出す。
「複写時代の仕事」という鼎談では、
印刷による複写が可能になったことでオリジナルの概念を考えざるを得ない、
という話なのだが、これは実に今の時代にこそあてはまることである。
情報がデータ化されて何が変わったかと言って、
コピーが容易になったということが大きいと思うのだ。
テクノロジーが変われば思想も変わる。
これは今も昔も当てはまる真理だと思う。
by shinobu_kaki | 2009-09-18 06:48 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(0)

夢二十一夜。


夢を見た。

今の家から車で30分ほどの場所。
それは山あいの小さな集落で、
用も無いのに足を踏み入れる人は皆無だった。

僕に何の用があってそんな集落に向かったのかはわからない。
山道を走る軽トラックの助手席に座った僕は、
運転席に座る糸井重里に声をかけた。
「ねえ、目的地まであとどのくらいでしたっけ?」
「うん、もうちょっとだよ」
糸井氏は「トトロ」の父親を演じた時のようなあの低い声で、
やわらかくそう返してきた。
八王子には「ほぼ日刊イトイ新聞」の新しい事務所がある。

目的地に着いて糸井氏に別れを告げると、
僕は車の通れないほどの細い道をどんどん歩き始めた。
道の左右は見晴らしこそ良いが何もない草っぱらで、
ところどころに納屋があったり民家があったりしている。
小学校。客の誰もいない田舎の駄菓子屋。

どれくらい歩いただろう、行き止まりがあった。
正確には、道は続いているのだが立入禁止の立て札がある。
僕はかまわずにもっと奥へ行こうとしたが、
なんとなく嫌な予感がしてやめてみた。
もともと僕はルールは守るたちなのだ。
こういうのは自分らしくない。

家に戻って調べると、
そこはオカルト好きな連中には有名な場所で、
あまり縁起の良いエリアではないらしかった。
そうだ、奥まで行かなかったのは正解だったのだ。
by shinobu_kaki | 2009-09-17 15:21 | 夢十夜 | Trackback | Comments(0)

娘は歩く。

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歩く 歩くよ 西日の中を
by shinobu_kaki | 2009-09-13 17:56 | パパなのだ。 | Trackback | Comments(4)

デザイナー料理人論。


デザイナーという仕事は色々なものに例えられるが、
やっぱり僕が一番しっくりくるのは料理人だね。

基本的にオーダーが入って仕事が始まり、
細かい部分についてはある程度おまかせで、
お客様に満足してもらうのが仕事。
もちろん、広告の場合は売れるとかいった成果目標があるけど、
そこまで含めると完全になぞらえるのが難しくなるので割愛。

繁盛店のキッチンは忙しい。
同時にいくつものお客様から注文が入っているからだ。
こんなところも非常に似ている。
デザイナーは忙しい。
横文字職業だが、優雅というよりも肉体労働的、ガテン系とすら言える。

特に料理人と求められる心性が似ていると思うのは、
「自分が食べたいものじゃなく、お客が食べたいものを作る」
という点だ。

まだ若く野心的なデザイナーだと、
仕事を作品と考え、自分の好みに走ったものを作りがちである。
それが世間的にも評価されていて(つまり「才能」が認められていて)、
「先生の作品ならばなんでもいいんです。お願いします」
というノリで始まった仕事ならばそれでいいのだが、
まだ若く野心的なデザイナーは勘違いを犯しやすいので、
イタリアンが食べたいといったオーダーをしばしば無視して、
「自分が作りたいのは中華」という思いが先行して中華を作ってしまう。
または、作った事もないくせに実験的に材料を混ぜ合わせた、
「自分ヌーヴォー」な料理をお客に出そうとすることがしばしばある。
これは怖い。
上長かディレクターか、誰かが止める必要がある。

もうひとつの怖いケースは、
連絡を取り持つ人が「わかっていない」場合だ。
お客様、つまりクライアントのオーダーを曲解して、
望まれてもいないオーダーの料理を料理人に発注することがあるのだ。
料理人はそれを信じるしかないから、一生懸命作るのだが、
オーダーの内容がずれて伝わっているので違うものが出来てしまう。
こういう人は代理店などにけっこうな数、いる。

あと「わかっていない」と起こりがちなのが、スケジュールの破綻である。
お客はちょっと待っても美味しいものが食べたいと思っているのに、
連絡を取り持った人が「すごく早く出さなければいけない」と思い込むと、
厨房に「5分でコース料理を出して。お客様が急いでいるので」と伝えたりする。
もちろん料理人は「それは無理だ」と応戦するが、
「生焼けでもなんでもいいからとにかく出せ」という返事がきたりする。
もちろん、生焼けの料理を食べたいお客などどこにもいない。
その人は自分が食べるのではないからそんなことが言えるのである。
しかも食中毒を出したらクビになるのは料理人だ。
こういう人は単純に害悪なので、いないほうがいいのである。

自分の場合で考えると、
特にスタッフがいて体制を組んでいる場合、
ボリューム感とスケジュールには特にナーバスになる。
デザイナーを殺すのは予算ではなく、
スケジュールであるケースが多いからだ。

だいたいデザイナーは、お金に無頓着な人が多い。
正直に言えば金額の根拠もあってないようなものなので、
「カツ丼780円」みたいにメニューがあっても、
その時々のお客様の予算で報酬が流動的になったりするのもざらである。
常軌を逸した時には調整するが、
「じゃあ今回は」という事になりがちなのである。

デザイナーが欲しいのは、もっと手応えの部分だろう。
作ったものでお客が喜んでくれたとか、イベントに凄く人が集まったとか、
そういった目に見えない部分で喜びを感じる健気な人種なのだ。

だからもっと世間は、業界は、デザイナーを大事にするべきだと思う。
本来なら人にできない特殊技術をもっている職人のようなもので、
尊敬とまでは言わないまでも、尊重してもいいのではといつも思っている。

あ、がんばってないデザイナーは別だけどね。
by shinobu_kaki | 2009-09-11 11:40 | デザイナーという病 | Trackback | Comments(4)


日本 0-3 オランダ

得点者:ファンペルシー、スナイデル、フンテラール


相手はあのオランダである。
どうあがいても勝ちのイメージできるマッチメイクではない。
もちろんそれは承知で組まれた試合ではあるはずだ。
だからこの結果は驚きではないし、
前半だけ見たら日本のほうが上手く試合を運んでいたようにすら見えた。
事実、日本は最初の60分間に関してはボールをよく回せていたし、
守備も悪くなかった。あのオランダがいらついていたからね。
いわゆる「プレスが効いている」という状態なわけだが、
それで90分間もつわけではない。どうしても最後のほうは足が止まり、
決定力のある相手には押し込まれてしまうことになる。
昨日のオランダしかり、ドイツW杯のオーストラリアしかりである。
ほとんどたて続けに3点ぶちこまれた。敗れ方まで非常に似ていた。

90分間もたないことについては、日本が特別に体力が低いわけではなく、
あんなに走り回ったら誰だって途中で疲れてしまう。
だからメリハリ、途中で出力を下げる時間帯を作るといったプランが必要になるが、
相手との力の差があったり、余裕がないとそれも難しい。
さらに、よしんば最後まで体力がもったとして、
サッカーは点を取らなければ絶対に勝てないのだから、
最後は決定力という話になってしまうのだが…こればっかりは個人の力だからな。

ちなみにオランダは伝統的に決定力の権化である。
正確には、世界トップレベルのクラブでエースを張れるストライカーが存在する。
ヨハン・クライフ、マルコ・ファンバステンのDNA。
今回点を取った3人もまさにそうで、
それぞれ「らしさ」が出た見事なゴールだったと思う。
ファンペルシーは左足の直線的で豪快なシュート、
スナイデルはテクニカルでコンパクトなスイングからの中距離シュート、
そしてフンテラールはGPSを搭載していると言われ、
ここぞという場所に絶妙のタイミングで合わせる嗅覚の選手である。
それぞれが持ち味を発揮したわけだ。

日本にはそれほどのフォワードは存在しないし、
そもそも世界トップランクのオランダと比べるのは酷だろう。
フォワードに関しては育てるのが難しいと言われる。
フォワード適性というのはある性格が必要で、
誰をさしおいても自分が…という、一種のエゴイズムが欠かせないからだ。
おそらく性格だけで言ったら、昨日の後半から出てきた本田圭佑は、
非常にフォワード向きなんじゃないかと思わせるけどね(MFだけど)。

その本田。試合後に岡田監督や中村が
「1つのピース」「後から入った選手」の話をしていたが、
中村俊輔「誰が(入ると)どうなるとか、
チームとしてはどうかというのは分かった。」

これが本田についての話だとすればもう本田は呼ばれないということになるが…。
でも今回の試合は相手が強過ぎて決定的なテストにはなりづらいからね。
ただ言えるのは、本田のような「王様になりたい」タイプの選手は
結果を出さないと存在価値が低い、誰からも評価されづらいということ。

細かいことを言えば、前半のスナイデルのタックルはレッドのはずだから、
あの時間帯にオランダが一人少なくなればまた違っていたかもだね。
ま、テストという意味では目的からはずれてしまうけど。

個人的に、日本代表の中では中村憲剛が好きで、すごく評価している。
俊輔じゃなく、彼中心のチームを作って欲しいくらいに思っている。
長い正確なパスが蹴れて、一瞬で前へ飛び出すタイプ。
もちろん俊輔は現代表でもっとも技術と実績のある選手で外せないだろうが、
前へ出る力はあまりない。彼は良いフォワードと組むといいタイプと思う。
でも残念ながら、今の日本に「良いフォワード」がいないんだよな。

オランダと当たれば砕け散るのは分かっていた。
かつてのナイジェリアしかり、フランスしかり。
だがW杯本大会に出場が決まっている現在、
これから待っているのはそのレベルの相手との真剣勝負。
勝負だから勝たなければならない。
あきらめるのではなく、勝つ方法を探さなければならないのだ。
どうか僕を含めたファンたちに、子供たちに、
「日本のサッカーなんてもうダメじゃん」と絶望しないような、
そんな戦い方を望みます。たとえ無惨に敗れたとしても。
by shinobu_kaki | 2009-09-06 08:14 | さかー考 | Trackback | Comments(2)
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4000人に1人の倍率をくぐり抜けて、
ホワイトハウスのエグゼクティブ・シェフを務めた料理人の著書。
クリントンとブッシュの2代(3期)にわたって、
大統領の料理人を担当した時のエピソードが綴られる。

ちょっと面白いなと思ったのは、
「クリントン期」と「ブッシュ期」のコントラストだ。
もちろん大変なことも多いけれど、
基本的には明るくポジティブでユーモアに満ちたクリントンの時期に対して、
ブッシュがやってきた時期は例の911のせいもあるかもだが、
とたんに殺伐としてしまう。そう、まるで世界の色が変わったように。

これは当時の社会情勢の問題だけではない。
ファーストレディのヒラリーは、
それまでフレンチ一辺倒だったホワイトハウスの料理を、
アメリカの料理に刷新するという目標があった。
だから優秀なシェフを捜したのである。
(そしてこの本から類推するに、著者は料理人として非常に優秀である)
厨房の内装を一新するところから始め、
途方もない人数のパーティをイキイキと捌く様子や、
スタッフとの連帯に満ちた日々はちょっとした映画のようでもある。
実際、このまま映画にしてもかなり面白いのではないかと思われる。

しかしブッシュ大統領の時期には、
ファミリーの皆で豪華な食卓を囲むという事はほとんどなかった。
大統領はいつも食事はサンドイッチを1人でパクつく程度で、
しかもそのプアーな食事は15分ほどで終わってしまうのである。
これではシェフも腕の振るいようがないだろう。

しかもブッシュ夫人の秘書の女性、
リー・バーマンからされた仕打ちがひどいのである。
曲がりなりにもトップクラスのシェフである著者をつかまえて、
リー・バーマンはマーサ・スチュワートの料理本を彼に見せ、
(マーサ・スチュワートですよ!)
「まったくこの通りに作ってちょうだい」とのたまうのである!
これはひどいね。
まあ、我々の業界でも似たようなことがあるような気がするが、
こうした発言をしてしまう人というのは無知でアホなだけでなく、
そもそも相手に対しての敬意が足りないのである。
結局そんなこんなが重なり、著者はホワイトハウスを去って行った。

非常に面白く読んだ一冊。
一種のエンターテイメントとしても面白いし、筆致も軽やか。
そして「受注して、制作する」という部分では
料理人はデザイナーと近いものがある(と僕は思っている)。
そういった意味で教訓にも満ちていると思う。
何より筆者のプレッシャーをはねのける強靭な姿勢とスピード感は、
非常に見習うべきものが多いのではないだろうか。

ホワイトハウス内の人間関係も一部垣間見え、面白かった。
オススメ。
by shinobu_kaki | 2009-09-04 11:25 | shinoBOOKS | Trackback | Comments(5)

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by Shinobu_kaki
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