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雑文2012


(たとえ過去の話と言えど)
8年以上もブログを続けておいてなんだが、
あまりコンスタントに器用に何かを続けられるタイプではなく、
人間関係もまたしかりである。
何かに強烈に向かっていく時期があるとして、
同時にそれまでの物事や関係性をマメにキープ出来るタイプと、
どうしてもおろそかに、
また手薄にしてしまうタイプがあるとすれば、
おそらく自分は後者なのである。
まあ卑近なたとえをするならば
「彼女ができると友達と疎遠になるタイプ」である。
世の中にはそういった状態に陥った人間を指すいい言葉がある。
不義理。


話は変わるが、痕跡の件である。
人は生まれたからには大地に爪痕を残すべしと言われる。
何か生きた証を世に残せというわけである。
その痕跡が何か具体的な形となり、
多数者に受け入れられ価値を認められた時、
人はその痕跡に基づいた肩書きで呼ばれたりする。
画家や作家、音楽家といった
文化的第一次産業とでも言うべきものに限らず、
営業やライター、デザイナーやコンサルタントなども含めた
あらゆる職業がそうである。
生き方はある程度意志によって決定されるが、
それだけではない場合が多い気がする。
なりゆきをかっこつけて言うと運命になるわけだが、
運命はそれほど自選的ではない。
人生は不本意の連続だと思う。
それについての解釈があるだけだ。
ポジティブもネガティブも、本当はない。


「立って半畳寝て一畳」とは良くいったもので、
人間の存在するスペースとしてはせいぜいそのくらいだ。
だが人は、より多くの可処分所得を求めるように、
より広いパーソナルスペースのありようを求める。
平たく言うと広い家に住みたがる。
生きるためのスペースとしてそれほどが必要ではないはずなのに、なぜか?
それは先に書いた可処分所得の例えに答えがある気がする。
まあ、そういうものだ。


生きるにあたって最優先すべきは
「時間」であることは疑いようがないのだが、
何しろ人は時間の外には出られない。
本当の意味で時間をコントロールはできないのだから
(やりくりはできたとしても)、
時間そのものについて考えることに
果たして意味はあるのだろうかと思ってしまう。
宇宙について考えることに似ている。
大きすぎるテーマは考えた気になることができるが、
イシュー的な観点からすると、
もともと答えの出しようのないテーマに思索を巡らせても、
それは考えたとは言えないだろう。
単なる妄想である。
もちろん妄想自体は悪くない。
呼び方が違うというだけの話である。


思いついた考え、いや妄想を書いた。
雑文である。
コメントは不要。
by shinobu_kaki | 2012-09-10 11:14 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

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