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夢二十六夜。


夢を見た。


東宮御所は初めてだった。
現代日本とは思えないほど広大な敷地と、
その古式ゆかしい規律。
さすが皇族ゆかりの場所だけあった。

御所は神聖な場所だ。
本当ならば僕などは、足を踏み入れる事などかなわない。
だがたまたま、知り合いのつきそいでここを訪れる事になったのだ。
持つべきものはセレブの知り合いである。

知り合いはかなりの要人だったらしく、
立ち入りの禁止された奥の間で皇族にじかに謁見するらしい。
僕もついて行きたかったがさすがにそうはいかない。
怒られない範囲で中庭をぶらぶらして、
時間をつぶすのが関の山だった。

ふと、門の外側にサッカーボールが落ちているのを見つけた。
ボールを拾って、へたくそなリフティングをして遊ぶ。
思えばこれが間違いの始まりだったのだが、
その時はもちろん気づかない。

リフティングなんて、素人はそんな何十回もできるものではない。
だができる人は永遠に続けていられるらしい。大したものだ。
しかし何年ぶりだろうサッカーボールなんて、
と思いながら無心に蹴り続けていると、
手元ならぬ足元が狂って、ボールは側溝に落ちてしまった。
外に繋がる狭い側溝には水が流れている。

門の外は広々として何もない。
奈良時代のようなぽかんとした風景の中に御所はある。
そういう風につくられたのだ。

さて、側溝に落ちたボールに手を伸ばす。
見ると、見知らぬ女の子が同じようにボールを落とし、
ゆるゆるとこちらに流れるそれを追いかけてくる姿があった。
僕は自分のボールを拾うより先に、彼女のボールをつかみ、渡してあげた。
「どうもありがとうございます」
「いえいえ」
「…あっ!ボールが…」
「えっ?」
女の子とほんの少し挨拶を交わしているうちに、
放置していた僕のボールは気づくと遠くに流れてしまっていた。
側溝は御所の中へと繋がっている。
しかも途中からどんどん流れは速まっているのだ。
これはまずい。
ボールは無常に奥へ進む。
僕は追って走った。

水の流れは予想外に速く、
走ってもなかなかボールに追いつけなかった。
どんどん走って中へいく。
御所の中の水路は複雑に入り組んでいて、
奥へ行くほどに迷路のようになっているかのようだった。
そして立ち入り禁止の表示に気づかない僕は、
ボールを追ってさらに奥へと入って行った。

屋根があり、薄暗いせいだろうか、
空気がどことなくひんやりしている。
柱や手すりなどのしつらえは赤で統一されている。
沖縄に行った時に訪れた首里城のようだな、と思った。
ボールは見失ってしまったが、水路はひとつしかない。
そしてまだボールが見当たらないという事は、
この先に絶対ボールはあるはずだ。

ふと、足元を流れる水路の深さが変わった。
下に深くなったわけではなく、
歩く自分の目の高さまである流れる水槽に変わったと言うべきか。
水槽の壁面は透明で、流れる水が見える。
そして自分を追い越すように何かが流れてきた。

流れてきたのは、犬の死体だった。

おそらくは死体なのだろう、口を開けて微動だにせず、
あまりにも完全に透明な水の中を音も無く流れている。
一匹、二匹、三匹…。
どんどん犬は流れてくる。
外傷のないそのままの姿で、一瞬で凍りついたような格好で。

この御所では何が行なわれているのだろう?
だが一般人に過ぎない僕には本当のことを教えてくれるはずもない。
何しろここは皇族のお屋敷なのだ。
普通の場所ではないのだ。

僕はボールのことをすっかり忘れ、
次々と流れる犬の死体をぼんやりと見つめ続けていた。
by shinobu_kaki | 2013-03-24 14:39 | 夢十夜 | Trackback | Comments(0)

仕事という病。


最近、仕事における作業フェーズがつらい。
オペレーションというやつである。
作業自体がつらいのだったら、
デザイナーなんてできないのではないかと思ってしまう。

ただ、仕事は面白いと思う。
仕事で考えることが面白い。何か思いつくことは楽しい。
複数の問題があって「こうすれば解決じゃね?」というのはやりがいがある。
ただ手作業がつらい。

まあこうなってゆくことは何年も前からわかっていたことではある。

数年前、会社が一緒にやる人をつけてくれて、
それまでバラバラの個人でやってる体制だったのがゆるい複数体制になった。
自分にはこのスタイルが合っていると思ったし、
自分だけでなく、社内のデザイナーすべての「いずれの段階」として、
複数人のチームを持ってやるというのも未来があると思った。
それは自分がどうこうでなく文化として。

ただ、何人かが辞めた時に人を補充することをしなかった。
してくれなかった。これで元に戻ってしまった。
何度も「募集する」とは言うものの腰は重い。
そりゃあそうだよな。
人件費がもっともかかるコストなのだから、
経営上しかたないのだろう、そう思った。

そこから4人のところを2人で回すみたいな状況で、
それを可能にするメンバーは当然チカラはあるということになるが、
当然疲弊してゆくのと、あとフローとしての硬直性が見られた。
偉そうにな言い方をするならば、全体を見てあまり良くない状態だと思われた。
これじゃあ新しい人が入ったとしても、
怖さを感じて居着かないのではないかと。

昔のような誕生会イベントはさすがにやり過ぎと思ったが、
歓迎会や送別会のような決まりものとしてのイベントは、
コミュニケーションのけじめという意味でもちゃんとやったほうがいいと思う。
だが決定権のある人に向けてできるのは進言だけだ。
場というのは意思決定者のもので、
意思決定者のポリシーが文化として反映される。

そして「問題のありようはひとつではない」ということをよく思う。
一言に問題と言っても、長期的な問題と短期的な問題は
矛盾しながら平気で共存するし、
例えば経営者の悩みと従業員の悩みも矛盾しながら共存するものだ。
大事になのは、自分がどの立場で、
さらにその立場をいかに超えた上で考えられるかではないか。

自分が会社に要望する時に、かなりの割合で入ってくるのが
「こういう場にしたほうが、人も入りたいと思うかもしれませんよ」
「人数はそれほどいなくてもと思いますが、
ある程度の風通しはあったほうがいいですよ」といったニュアンスで、
余計なお世話と言われるかもだが、大事なことだと思う。
自分が帰属する場を良くしようと思う事は、
自分自身をどうにかするに近いのだ。

マンションがそうであるように、
人が入りたいと思う会社がいい会社ではないかと思う。
もうひとつ加えるならば離職率の低さだろう。
マンションだって退出者の少ないマンションは快適なのかなと思ってしまう。

「自分の子供を入社させたい会社かどうか」
というのは明確にして残酷な問いである。
実際、一部を除いて、そんな幸運なケースはあまりないのではないかな。

自分について言えば、少なくとも今はそういう感じではない。
まあそれで色々と考えるわけですが、上に書いたように、
「長期的な問題と短期的な問題は矛盾しながら平気で共存する」
ので難しい。
by shinobu_kaki | 2013-03-14 02:14 | デザイナーという病 | Trackback | Comments(0)
2013年3月7日、つまり今日だが、41歳になった。

40歳から41歳になるという感慨は、
39歳から40歳になった時のそれと比べるとさほどではない。
大台に乗るか乗らないかの違いということだろう。
同じ一年なのだが、時間はその中身によって伸び縮みする。
面白いものである。

同じ年齢で何かを為した偉人は誰がいるか、
と思う部分はどうしても気になるもので、
思いついたのは40歳で死んだジョン・レノンである。
だがこれは享年であって、彼は20代から既にレジェンドであった。
それに比すると自分は20代も40代の今も、
後世に名を為す素晴らしい仕事をしたとは言いがたい。
かといって誰かの人生の真似をしたい、
取って代わりたいという気持ちはこれっぽっちもない。
自分は自分の人生だけで足りている。

諦念のようなものに近いと思うのだが、
人が有名になるのも、財を為すのも、
そういったすべては適性ではないかと思うようになった。
スヌーピー的に言えば「配られたカード」の延長にあるということだ。
もちろん努力で夢を叶える人間はいる。
でもそれだってある種限られた、努力が有名性や蓄財性に結びつく、
「そういうカード」を持っていたということに行き着くのではないか。
例えば、
コンサルタントなどが実に多くの人々のケースに触れて、
そこに否定しがたい法則性を発見するように、
人生にもある程度のパターンがあって、誰もがその中のどれかである、
そういったことを感じざるを得ないのである。
まるで残酷な真実といった趣きで。

しかしながら、こういう言もある。
「世界を1とすると、人は必ず1以下で、1以上になろうとする動きがすべて」
つまり現実以上であろうとするのが人間というものの本質である、
自分はそういう風に受け取っている。

努力には目的がある。その目的は当然まだ世界のどこにもない。
だから人間には幻想が必要なのであって、
幻想を抱く、もう少し言うと人間の「夢を見る」能力を否定しては、
人間を人間たらしめることはできない。

人生は「配られたカード」によって規定される。
これを仮に真実としよう。
もちろんこれは経済力だけの話ではない。
性格や知力、家柄、地理的条件に至るまですべてについてだ。
そこには最初から1ペアの人もいる、2ペアの人もいる、
フォーカードのできている人だっている。
いわゆるブタの人だっているだろう。
誰もが「役」を作ろうとする。作らなければ上がれない。
それがゲームのルールだ。
もちろん降りることだってできる。
勝負にならない、勝てるわけがないと放棄する。
確かにフルハウスとワンペアでは勝負になるはずもない。

だが、ポーカーの場はひとつではない。
世界にはたくさんの場がある。
自分が勝てる場がたぶんどこかにあるのだ。
もしくはトップでの上がりでなかったとしても、
そこそこ戦える、ゲームを楽しめる場というものがどこかに。


話は戻るが、41歳で思い出すのは「バカボンパパ」である。
アニメ「天才バカボン」のエンディングで歌われていたアレだ。

♫41歳の春だから〜

この春、僕は41歳の春を迎える。
バカボン的に言えば一生に一度の春である。
そしてバカボンパパの名言と言えば「これで、いいのだ!」に尽きる。
深読みするとニーチェ的ともヘーゲル的とも、さらに仏教的とも言われる、
世界を切り裂くような一言なのだが、
冒頭でジョン・レノンを掲げた自分としては、
レノン・マッカートニーの「Let It Be」との意味的シンクロを提唱しつつ、
当エントリのまとめとしたいと思う。



終わりに。

お祝いのメッセージをいただいた方々、どうもありがとうございました。

上で夢の話に触れました。
自分にとりたてて大きな夢というものはありませんが、
なにしろ家族を大事にしていきつつ、
それなりにきちんと仕事をして稼いで、
日常に楽しみや面白みを見いだすことができればそれにまさる喜びはない、
そんな風に考えています。
今後とも寛容な目でおつきあいくださればと存じます。


ではでは。
by shinobu_kaki | 2013-03-07 12:19 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)
A.

端的に答えるなら「うどん派」です。
ただ原理主義ではありません。

自分の中では、うどんとそばのポジションというのはずいぶん違います。
どう違うかというと、
何より「うどん屋は食べ物屋だが、そば屋は飲み屋である」
これです。

ランチにうどんを食べるというのはわかるんです。
でも、そば屋に行ってそばだけ食べて帰ってくるといった行動には、
どうしようもなく欠落感を覚えてしまいます。
それは「そば屋で酒を飲まないなんてありえないから」です。
つまりそばは、杉浦日向子風に言うなら
「そば屋で憩う(酒つきで)」という行動とワンセットになっている。
ちなみに僕はそば屋で飲むという行為が大大大好きです。

さて最初の質問ですが、
なぜうどん派であると言えるのか。
自分でもちょっと考えてみたのですが、上記を理由としてふまえるとすると、
もしかしたらそばというのは、行動とワンセットであるが故に、
「それ単独では成立しない不完全なものである」
という意識が自分の中にあるのかもしれません。
その点、うどんはうどん単独で食事が完結します。
その一点で、自分はうどん派を名乗っているのかもしれません。

ちなみに、僕は駅のなんてことない立ち食いうどんが本当に大好きで、
そば屋で飲むのが好きという時と同じくらいのテンションで、
(いや少し下がるかな)、
「駅の立ち食いうどんが好き」と言える気がします。
自分の中の定番メニューは天玉うどん、これ一択です。
そして不思議なことに、駅の立ち食いでそばを頼む事ってほとんどないんです。
自分の中で「立ち食いはうどんに限る」といった
何らか強固な意識があるのでしょう。

余談になりますが、立ち食いうどんと言えばこのサイトがすごいです。
情熱という名の狂気すら感じます。
http://ashraf.web.fc2.com/00index2.html
by shinobu_kaki | 2013-03-02 19:26 | ライフ イズ | Trackback | Comments(0)

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